9.アストロリブラ *
長くて悪かったな!という気持ちです。
もう1500文字超えが普通の文量で良くないですかね。
後書きに世界設定・継承型スキルについて記載してあります。
長いですが世界観を理解していただくために必要なものとなりますので良ければご覧下さい。
「……これが、あなたとドーナツの物語……ね」
パタン、と本が閉じられる音が、異空間の静寂にやわらかく響いた。
ページを閉じたのは、小さな少女。
けれど、その姿にはどこか現実離れした気配があった。
夜空を編んだような髪をふたつに結わえ、青と黒が混ざり合う瞳は、まるで星雲のように淡く揺れている。
名前も、正体も、リトには分からない。
けれど――目が合った瞬間、喉奥の空気が凍りつくような感覚に襲われた。
それは“ただそこにいる”だけではない。
時空の隙間に指を差し込まれたような、奇妙な違和感。
この世界の重力がわずかに傾いたような、「圧」としか言いようのない存在感だった。
ひやりとした緊張が背筋を撫でる。
これは納品ではない、“試される瞬間”だ。
(美味しいって……思ってもらえただろうか)
(それとも、何かが足りなかった……?)
不安が胸を締めつける中で、少女の声がすっと流れ込んだ。
「とても、よくできていたわ。綺麗で、やさしくて――上品な味。甘さも香りも、あなたの手が語る、物語そのものだった」
彼女の表情はほとんど動かない。けれど、その瞳の奥に、確かに光が宿っていた。
リトの肩から、ふっと力が抜ける。
視線を逸らしながら、目元がわずかに潤んだ。
彼の手元に袋はもうない。
中身はすべて、少女のもとへ渡っていた。
――けれど、残っていたのは、ふたつ。
少女は袋を覗き込み、小さくうなずくと、そっと最後のドーナツを取り出した。
ひとつは自分の前に。
もうひとつは、小さな白皿にのせて、リトの前へと差し出す。
「これは、あなたの分」
宝物を扱うような、丁寧で静かな手つきだった。
リトは一瞬戸惑ったが、断る理由はどこにもなかった。
いや、それ以上に――
(いっしょに、食べてくれるんだ)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
この時間が特別で、大切なものだと、誰に言われなくても、ちゃんとわかった。
その瞬間、少女が指をふわりと鳴らす。
空気が微かに揺れ、湯気を立てるポットと、紫と青の光を宿したティーカップが目の前に現れた。
「お茶も淹れておいたわ。“宇宙の茶葉”を少し。……ちょっと変わった味だけど、あなたにはきっと合うと思う」
ふたりぶんの紅茶と、ふたりぶんのドーナツ。
音も言葉もないまま、ゆっくりと時間が満ちていく。
いま、この瞬間だけが世界のすべてだった。
リトはティーカップを手に取る。
揺れる液体は、紫と青が溶け合ったような色彩で、星を閉じ込めたようにきらめいている。
香りは爽やかで、けれどどこか馴染みのない成分が混ざっている。
おそるおそる、ひとくち――
「……! ぱちぱちする……? でも……うまい、かも……?」
舌の上では細かな光の粒がぱちぱちと弾け、鼻をくすぐるのは熟した葡萄のような甘さ。
けれどすぐに、グレープフルーツのような透明な苦味が喉を抜けていく。
飲んだことのない味。
なのに、なぜか懐かしい。
心の奥にしまい込んでいた、遠い夢の風景に似ていた。
「宇宙の味、ってところかしら。……わたしには合わないのよね、甘くないから」
少女はほんの少し眉をひそめながら、ドーナツにそっと手を伸ばす。
ふわり、さくり――その小さな顔が、ほんの一瞬、やわらかくほどけた。
「……ん。やっぱり、こっちの方が好き」
ふたりで並んで、宇宙色の紅茶と、最後のドーナツを味わう。
胸の奥に、小さな星が灯るように。
そのひとときは、静かに心を満たしていった。
やがて、少女は手を差し出す。
その指先に浮かんだのは、漆黒に銀の輝きを帯びた魔石――アステリオン、三枚。
「これは、わたしからの評価。このドーナツには、価値がある。だから、ドーナとして報いる」
リトは言葉もなく、それを受け取る。
震える手の中に、確かな重みと光があった。
そして、そっとテーブルに置かれた一冊の本。
黒い装丁。金の箔押し。
『アストロリブラ──星を巡る記憶の書』と、静かに刻まれている。
「この本は、あなたへの贈り物。
誰でも手に取れるけれど――“あなたにしか見えないページ”があるわ。
そこには、あなたのために私がまとめた知恵が記されている。……たとえば、“星のパン”の作り方、とかね」
「えっ!? な、なにそれ……!」
「ふふ。まだ見ちゃだめ。今じゃないわ」
ページに伸ばしかけた指に、少女の手がそっと重なる。
その触れ方は冷たくない。
けれど、どこか現実とは異なる。
夢の中でしか味わえない、思考の余白だけをなぞるような、触れない接触だった。
「本っていうのはね、“読む時”がちゃんと決まっているの。無理に開けば、中身が逃げてしまうこともある。……だから、今はしまっておいて」
そう言って、少女は少しだけ表情をゆるめた。
「……今は、ドーナツの余韻を、大事にしなさい」
ふたりは再び、静かにカップを傾けた。
星のような紅茶と、最後のドーナツ。
そのひとときが、宇宙と記憶をつなぐ、物語の1ページに、そっと刻まれていく。
【世界設定・継承型スキル】
この世界には3つの継承型スキルがあり、そのスキルを持つものは「賢者」「勇者」「魔女」と呼ばれます。
スキルは元々《七つの美徳》を3つに分けたものであり、そのスキルを持つものは《七つの大罪》から1つを背負わなくてはいけません。
今代の…27代目賢者は傲慢、181代目勇者は憤怒、18代目魔女は暴食を背負っているようです。
継承型スキルは継承する者、継承させる者、スキルの意思が一致した時、初めて継承の試練を受けることができ、その試練に合格した場合のみ、継承が許されるようですが、継承の試練がどんなものなのかは、本人にしか分からないことです。




