第4話『黄色の残光、始まりの記憶』
世界が、止まって見えた。
ユイの視界には、すべてがスローモーションのように映っていた。
ナースステーションの時計が、一秒ごとに断片的に動いている。
廊下に浮いた塵が、空中で凍りついたまま落ちてこない。
「これが……“黄色”の力……?」
ユイは、自分の両手を見た。震えていた。
だがそれは恐怖ではない。内側から吹き上がるような熱、力の奔流に肉体が追いついていないのだ。
――ドクン、ドクン。
心臓の鼓動が異常な速さで鳴っている。
呼吸が浅く、汗がにじむ。全身の細胞が、加速と衝撃に悲鳴を上げている。
「一撃で、あの白眼の男を倒せるほどの……けど、これ……長くは……!」
「ユイ! 戻って!」
女医が駆け寄り、ユイの肩を掴んだ。
その声が届いた瞬間、時の流れが一気に元へと戻る。
ガクン、とユイの膝が折れた。
目の前が揺れる。頭痛。吐き気。思考が遅れ、耳鳴りが続く。
「やっぱり、まだ早すぎた……“黄色”は、高速思考と運動を同時に展開するぶん、神経への負荷がとんでもないの。下手をすれば……命に関わる」
ユイはかろうじて頷いた。
でも、あの時、あの一瞬――確かに、白の義眼を破壊できた。あの力は、本物だった。
「……あの人、どうなったの?」
「逃げたわ。義眼を砕かれたショックで、力は一時的に封じられたはず。
でも、また来る。“義眼狩り”は執拗よ。あなたが七色を全て覚醒させる前に、止めにくる」
ユイはベッドに戻り、深く息を吐いた。
体は痛む。でも、心の中は少しだけ、強くなっていた。
私は、もう逃げない。
この義眼がくれた力が、たとえ“呪い”だとしても――
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その夜、ユイは夢を見た。
子どもの頃の記憶。誰かが、優しく手を握ってくれていた。
「ユイ、お前は選ばれた器だ。
だから、どんなに苦しくても、目を逸らすなよ」
見知らぬ男の声だった。だが、どこか懐かしい。
彼の右目は、紫色に輝いていた――
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次回予告:第5話『紫の記録者』
新たな色、紫。その力は“記憶”に干渉し、過去を視る力。
そしてユイの出生にまつわる真実が、少しずつ姿を現していく