第17話『記録の回廊』
眩い光に包まれたあと、ユイが目を開けると、そこは見知らぬ空間だった。
空も地もなく、上下の感覚さえあやふやな場所。けれど、自分が立っている感触だけは確かにあった。
前方には、長く続く白亜の回廊。
その両側には数えきれないほどの扉が並び、ひとつひとつが、まるで呼吸するかのように脈動していた。
「ここが、“記録の回廊”……?」
ユイの問いに、隣に立つナギが頷く。
「そう。これは“始まりの記録”の中に存在する、記憶と真実の保管場所。
この世界に存在した、あらゆる継承者たちの記録が封じられている。
もちろん、君自身のものも――」
ユイは一歩踏み出し、扉の一つに目を留めた。
その扉は、他のものよりも微かに明るく光っていた。
中央には“ユイ”という名が、古代語で刻まれている。
「……これが、私の?」
ナギは静かに肯定する。
「だが、扉を開くには代償が必要だ。君の中に残された“現在の記憶”を、一部置いていかなければならない」
ユイは目を細めた。
「どうして……記憶ばかりが、代償になるの?」
「記憶とは存在の根幹。力を持つ者ほど、それを失うことで存在が曖昧になる。
けれどそれでも――君は、知りたいと望んだ」
ユイは、しばし沈黙したまま扉を見つめた。自分の知らない自分が、この先にある。
怖くないと言えば嘘になる。だが、それでも――
「開く。私は、自分で選ぶ」
そう言って手を伸ばした瞬間、扉が音もなく開いた。
まばゆい光が溢れ、ユイの意識は深く沈んでいく。
――そして、彼女は“かつての自分”の記憶へと足を踏み入れた。
そこは、炎に包まれた村だった。
泣き叫ぶ声。倒れる人々。そして、逃げ惑うひとりの少女。
「やめて……! やめてぇッ!!」
少女――それはまだ義眼を持たない、幼いユイ。
彼女の前で、何かが崩れ落ちた。
黒い影。異形の姿。咆哮。そして、“何か”を守るために命を落とした一人の青年の背中。
その光景に、現在のユイは思わず膝をついた。
「これは……私の、“最初の死”……?」
ナギの声が、どこからともなく届く。
「君は一度、すべてを失った。命も、記憶も。
だがその代わりに、“継承”された。七神のうち、“始まり”の力を……」
ユイの目に、涙が浮かんでいた。
痛みと、喪失と、そしてほんのわずかな希望。
「……私を選んだのは、この哀しみだったの……?」
そのとき、記憶の空間に、何かが侵入してきた。
黒い霧。見覚えのある、忌まわしい気配。
ナギの声が鋭く変わる。
「下がって、ユイ。それは――“神核を喰らうもの”、ナンナの残滓だ!」
ユイは涙を拭い、立ち上がった。
義眼の“白”が輝き、彼女の中に、何かが目覚めようとしていた。
「私は……この記録を守る。過去を知らずに未来は選べないから!」
“始まりの継承者”の戦いが、ここから始まる。
---
次回予告:第18話『白き目覚め』
記録の回廊に現れた影――ナンナの残滓との激突の中で、ユイの“白”が真に目覚める。
彼女の叫びが、失われた力と記憶を解き放つ。