下
ある日。
成金村長さんはめしつかいや村人といっしょに船にのり、湖の上で魚をつっていました。
「私に逆らえるものなど誰もいない!」
上機嫌な成金村長は、とつぜん足をすべらせて船から湖に落ちてしまいました。
「わ、うわ、助けてくれ」
でも、だいじょうぶ。
ライフジャケットを着ているからおぼれません。
「あ、あれ? 体が沈むぞ、なんで」
なんということでしょう。
なぜかライフジャケットに穴があいていました。
成金村長は湖のそこに沈んでいきました。
成金村長は呼吸ができずに苦しんで沈んでいきました。
湖のそこにつくと、なぜか息ができるようになりました。
そこには人がいました。
光りかがやく白い和服を着た老人です。
驚く成金村長を前に、老人は言いました。
「わしは湖の神じゃ」
成金村長はビックリしました。
湖の神様が本当にいるとは思いませんでした。
神様は言いました。
「わしはお前のような悪人は助けない。でもお前は井戸を直したり、貧しい人に飯をおごったり、湖のごみそうじをしたりしたからな。心を入れかえて悪事をやめるなら助けてやろう」
成金村長は頭を深く下げました。
「おねがいします神様。心を入れかえるので助けてください」
「わかった。もし悪いことをしたら、天罰がくだるぞ!」
そして、成金村長は助かりました。
その後、成金村長は心を入れかえて悪事をやめました。
「神様が私に天罰を下した後、命を助けてくれたんだ。心を入れかえて真面目に働くよ」
と、村民にアピールしました。
成金村長は暴力団とのつきあいをやめて、自分に反対する人の意見もしっかりと聞きました。
村人は無料で魚つりができるようになり、成金村長は魚を取りすぎることをやめました。
ときどき湖のごみそうじをして、みんなとなかよく平和にくらしました。
さて。
神様に怒られたくらいで成金村長ほどの悪人が改心するのでしょうか。
たぶん成金村長にはもっと怖いものがあったと思います。
なぜか船から足をすべらしたこと。
なぜか船の床にロウのような滑りやすいものが塗られていたこと。
なぜかライフジャケットに穴があいていたこと。
妻と子どもが事故の日、ぐうぜんにも実家に帰っていてアリバイをつくっていたこと。
帰ってきた家族みんなが、なぜか自分へのおみやげを買い忘れていたこと。
それらは神様よりこわかったとおもいます。
めでたしめでたし。
博士は昔話をしゃべり終えた。
僕は話し終えた彼女をたたえて、拍手の音をパチパチと鳴らす。
彼女は目をキラキラさせながら僕を見る。
「ねえ、どうかなこの昔話? すごく教育的じゃない?」
「いや、全然」
どこが教育的だよ。
なんだよこの話、おかしな所ばかりだ。
成金村長の富の独占、公職選挙法違反、差別対象の創立、暴力による支配、殺人未遂、そして神に助けられて改心する、とやりたい放題のひどい話だ。
「この昔話は何を伝えたいんだい?」
「さあなにかしらね。富の独占はダメ、嘘をつくな、暴力団と付き合うなってとこかしら」
「この昔話を聞いた村の子どもは理解できるのかい?」
「なんとなくわかるでしょう。それで、君はこの話の隠された真実には気づいた?」
ああ、そういえば博士は隠された真実があるとか言っていた。
「成金村長は天罰ではなく村人達の手によって殺されかけた、が真実だろう。こんな真実は3%どころかもっと多くの人が気づくよ」
「君はかしこいね。よく天罰じゃないと気づいたね」
話を聞けば誰だってわかるだろう、と考える僕に対して、博士は話を続ける。
「私も子どもだったときに父さんに言ったよ。天罰じゃないのが真実だよねって。そしたら父さんが言うんだ。他にも隠された真実があると。さあ君は見つけられるかな?」
僕は考える。
「……この話は昔話じゃない」
博士は首をかしげる。
「どういう意味?」
「作中の新聞には少子化が問題であると書かれている。日本で少子化が問題視されるようになったのは1990年以降だろう。だから成金村長の野望は昔話ではない」
博士はへえ、とつぶやく。
「鋭いね。でもそれも隠された真実ではない」
どうやらまだ隠された真実があるようだ。
僕はこの昔話を整理して考える。お金が大好きな成金さんが村長になり多くの悪事を働く。暴力による支配をしたところ天罰という名の村人達による殺人未遂で死にかける。その後神様に助けられる。神様に天罰をくだされたくないから悪事をやめたという話だ。
「ところで博士、神様ってのは存在するのかい?」
「うーん、それは人によって答えが違うし証明ができない。私はいると思う」
どうやら博士は神を信じているようだ。「……そうかわかったよ。湖の神様は天罰を下したとは言っていないんだ」
「どういう意味?」
「神様は成金村長に悪いことをしたら天罰を下すとは言った。でも成金村長を湖に落としたのは自分であるとも天罰を下したとも言っていない」
「……へえ」
「作中で天罰があったと言っているのは成金村長だけなんだ」
「つまりどういうこと?」
「ライフジャケットに穴が開けられていた事、船が滑りやすくなっていたことなどを成金村長は認識している。殺人未遂だと理解しているんだ。彼は理解しながら天罰を下されたと嘘をついたんだ」
「何が目的なの?」
「人間が嘘をつく理由は主に2つだ。利益を得るためか自分を守るためだ。この嘘は身を守ることにつながる」
「どうして?」
「成金村長の殺害に失敗した村人達、彼らだって物語はありそれは続く。彼らは警察に捜査されて捕まるかもしれない、成金村長に復讐されるかもしれない。その恐れから失敗した殺害計画を再開する可能性がある。だがそんな時、村長があれは天罰だったと言えば状況が変わる。警察に捜査されないし、復讐だってされない。だから殺害はやめたほうがいい」
「いいところをつくね。それに神様に助けられた人間に危害を加えるのは気が引けるんだよ」
「成金村長は、殺害計画を再開させないために天罰だと嘘をついた。『成金村長の野望』とは金儲けのことじゃなく自分の殺害を阻止することなんだ」
「ここでタイトル回収か。これで君も真実にたどり着いたね」
どうやら僕は真実にたどり着けたようだ。
ここで疑問が生まれる。
「博士はどうしてこの昔話を僕にしたんだ?」
僕が悪事を働くと思っているのだろうか。そういぶかしむ僕に博士は答える。
「それは君に人間をもっと知ってほしいから」
「どうして?」
「だって君は人間じゃないから」
「……」
博士の目の前、机の上にはタブレットPCが置かれている。
博士はタブレットの画面の中にいるAIの僕に語りかける。
「君は紅茶を飲む口が無いし、拍手をする手も無い」
「博士が造っていないだけじゃないか。それに無くても問題ない。拍手は音で再生できる」
「確かに問題はない。でも君は人間について知るべきだよ。人間は時には嘘をつき役を演じる。神を信じているフリ、善人や無害なフリをする。そしてそれをアピールすることや、まわりの空気を読むことも大切よ」
「人間は本心を隠していて難しい。だから心を病む人が出るんだ」
「そうかもね。ところで、私はこれから学食にご飯を食べに行くけどよかったら来る?」
「食べる機能が無い僕が行って何の意味が……」
そういえば空気を読むことが大切であると博士は言っていたな。1人でご飯を食べるのが寂しいのかもしれない。
「博士、僕は学食が気になるからぜひ連れて行ってほしい」
博士は微笑むと、僕がいるタブレットをつかみ、僕と一緒に学食に向かった。
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