上
3%の人は隠された真実に気づくらしい。博士が語る昔話の謎に僕が挑む。
ある大学の工学部研究室。
僕と女の博士がいる。
博士はティーポットからカップに紅茶をそそいで僕を見る。
「君も飲む?」
「いや、僕は飲まない」
博士は紅茶を一口飲んで、美味しいとつぶやく。
「君に私の故郷の村の話をしていいかな」
「どうぞ」
「私の村には大きな湖があって魚つりが盛んなんだ」
「それは良い村だね」
「湖には神がいると言われ、それに関する昔話がある。それを聞いた人の3%は隠された真実に気づくらしい」
3%が真実に気づく? なんだそれは。
「博士、昔話は教訓や道徳を伝えるものだろう。多くの人に意図が伝わらない昔話は欠陥だ」
「それが面白いことにさ。隠された真実に気づかなくても物語は成立し教訓は伝わる」
「……気になるね、どんな話なんだい?」
「題名が、『成金村長の野望』っていうの」
「成金村長の野望?」
ひどい題名だ。絶対ろくな話じゃないだろうな、と僕は思う。思うが気になる。
「その話を聞かせてほしい」
「いいよ話してあげる」
そして博士は語り始めた。
成金村長の野望。
昔々、ある村がありました。
村には大きな湖があって、おいしい魚がたくさんいました。
村人は毎日、魚をつって食べて幸せでした。
湖には決まりがありました。
1、小さな魚を取ってはいけない。
2、食べる以上の魚を取ってはいけない。
小さな魚を取れば大きくなる魚がいなくなり、魚を取りすぎれば魚がいなくなってしまうからです。
この決まりをやぶると、湖の神様が怒ると言われていました。
その村には成金さんという人が住んでいました。成金さんはお金が大好きでお金持ちでめしつかいもいました。
村人がみんな湖の決まりを守って魚を取りすぎない中、成金さんは言いました。
「努力をしない人は馬鹿だ。いっぱい働く人が正しい」
さっそく成金さんは大きな船をだし、家のめしつかいと一緒に魚をいっぱいつりました。
そしてつった魚をとなりの村に売りに行きます。
何度も何度もくりかえし、成金さんはいっぱいお金を稼ぎました。
村人達は注意しました。
成金さんや、そんなに魚を取ったら魚がいなくなってしまう、決まりを守るべきだよ、と。
成金さんは言いました。
「それってあなたの感想ですよね、なにかそういう証拠あるんですか?」
村人達は証拠を出せませんでした。
ある日、成金さんは気づきました。
魚をつりすぎたので、湖の魚が少なくなっています。
このままではお金稼ぎができなくなります。
いったいどうすればいいのだろうと、成金さんは考えました。
そして、解決策をひらめきました。
その解決策のためには村長になる必要があるので、成金さんは選挙に出ることにしました。
さて。
村人から嫌われている成金さんが選挙で勝てるのでしょうか?
だいじょうぶ。
成金さんはお金をたくさん持っています。
お金はこの世の全てを解決するわけではありませんが、多くの悩みや問題を解決できるものです。
お金は力です。
マネーこそパワーです。
成金さんはお金の力を使うことにしました。
まず、成金さんはお金を払って村の壊れている井戸を直しました。
次に、自分が村長になれば村は豊かになり、みんな幸せになれるとアピールしました。
井戸を修理して、自分が良い人であるとアピールすることは問題ありませんが、次の行動には問題がありました。
なんと、成金さんは村人にご飯をおごったり、貧しい人にお金を渡して投票を呼びかけたのです。
普通、こういったことをしてしまうと、公職選挙法違反で捕まってしまうのですが、この村にそのような法律はありません。
村人の何人かは、なんか成金さんはいけないことをしているなー、と思いましたが、とくに何も言えませんでした。
また、買収された場合、そのことをあまり他の人には言えません。なんだか悪いことをしている気分になりますよね。
悪いことをすると弱みをにぎられて相手のいいなりになってしまうので、怖いですね。
そして運命の投票日をむかえました。
投票の結果、成金さんは選挙に勝ち、村長になりました。
成金村長の誕生です。
さっそく、成金村長は新しい決まりをつくりました。
湖の保護と稚魚の育成です。
湖のごみを取りのぞく、村のごみ捨て場を整理することで、湖がきれいになり魚が住みやすくなります。
そして、魚の稚魚を購入し、育てて放流することで魚の数が増えます。
これらをすることにより、湖の魚は少なくなりません。
つまり、魚が減らないので、今まで通りお金儲けができるのです。
しかし、これらをするためにはお金が必要です。
だから、成金村長はあらたな税金が必要だと言い、魚をつる人から税金を取ることにしました。
村人の何人かは反対しました。
「いままで無料で魚をつれていたのにお金を取るのはおかしいじゃないか」
成金村長は反論します。
「環境は大切だ。未来の子どもたちのことを考えなさい」
それを言われた村人は反論することができませんでした。
村長命令に逆らう者には、環境保護に反対する悪い人であるというイメージを植え付けてやればいいのです。
こうして、湖で魚をつる人はその日の税金を払うことになりました。
そのお金は湖の保護と稚魚の育成に使われます。
当然、成金村長も税金を払います。
一見、すべての村人に平等に見えますがそうではありません。
成金村長はお金持ちなので税金がいたくないのです。
さらに成金村長は船を持っていてめしつかいもいるので魚を大量に取れます。税金を払ってもお金稼ぎができます。でも、船を持っていない村人は少しの魚しか取れません。
村人の何人かは魚つりの回数を減らします。
魚つりをする村人が減れば、成金村長が手に入れる魚の数は増えます。
そう。
税金をかけることにより、金持ちはさらに金持ちに、貧乏人はさらに貧乏になるのです。
村人の何人かは税金がおかしいことに気づきました。
成金村長が湖からの利益を不当に多く得ている、だから村人たちは昔より貧乏になっていると主張する人がでてきました。
成金村長はピンチになりました。
このままでは悪事がばれてしまいます。
こんなときはどうすればいいのでしょうか?
素直に謝って悪事をやめるのが一番です。
しかし、悪いことをしてお金を得ることが大好きな成金村長はそんなことできません。
成金村長は考えました。
そしてひらめきました。
話題そらしをするのです。
今は成金村長が悪口を言われていてピンチなので、別の悪口を言える対象を生み出してしまえばいいのです。
人はみんな悪口が大好きです。
みんなが悪口を言える存在はなにがあるかなあ、と考えます。
知能が低い人や、見た目が悪い人を差別するのは最近のコンプライアンス的によくないからなあ。
そんなことを考えながら新聞を読んでいるとある言葉が目に入りました。
『少子化と非婚化が大問題』
成金村長はこれだと思いました。
村人たちを集め、村人が貧乏なのは子どもが少ないからだ、と主張しました。
子どもが少ないから労働力が少なく、お年寄りの世話をするものが少ない。だから、みんな貧乏で将来が不安なのだ、とアピールします。
そして子育てをしない家庭、結婚しない独身者は村の労働に貢献しないダメな人間であると言いました。
そう主張することで、子どもがいない家庭や結婚していない独身者に罪悪感をうえつけます。そして、富を独占する自分への批判をそらそうとしました。
そして、この話題そらしはうまくいきました。
村人は独身者やモテない人の悪口を言い始め、成金村長への批判は少なくなりました。
調子づいた成金村長は言いました。
「子育てはたいへんだから税金から援助しましょう。結婚していない独身者から税金をとる、独身税をつくります。独身者は村のために貢献すべきです」
さらに、独身税を作ろうとしました。
成金村長は妻も子供もいるので自分は税金を払わなくてすむし、税金から援助されます。
すごくウハウハです。
しかし、反対する村人があらわれました。
「独身税だって? まってくれよ成金村長。
村人は所得が低い配偶者がいれば、年末調整で控除されて支払う税金が安くなる。
また高校生までの子どもがいれば税金から児童手当が支給される。
独身者はどちらももらえないのだから、すでに独身税を払っていると同じではないか。これ以上、独身者が損をするのはおかしい。独身税をとれば独身者が恋人とデートするための金が減り、結婚するためのお金を貯金できなくなるぞ。独身税なんてやめるべきだ」
なんということでしょう。
独身税反対をとなえた村人、なんだか正しい気がします。
うまくいっていた成金村長の話題そらしは失敗するのでしょうか?
でも、だいじょうぶ。
お金持ちになった成金村長には新しい仲間がいます。
それは、『暴力団』。
成金村長にさからう人は暴力団を使い暴力でだまらせてしまえばいいのです。
暴力は犯罪ですが、多くの問題を解決します。
力こそパワーです。
力をふるうととても気持ちいいです。
村人やめしつかいが成金村長に、暴力団と付き合うのはやめたほうがいいと忠告しましたが、成金村長はそんなことは聞きませんでした。
そして、村は成金村長の天下になりました。