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「裁判官は性欲で判決を歪めている」という声が高まったので裁判前に性欲抑制剤を飲ませてみた

作者: 城下 清

高い効果を持ち、また副作用もない性欲抑制剤「ヘナチン-69」が開発された。


ヘナチン-69は元々はセックス依存症の患者の治療や性犯罪者の更正のために開発されたものだった。しかし、その効果の噂は瞬く間に世間に広がり、自分の性欲の強さに悩む独身者や、最近パートナーに相手にされず悶々としている既婚者なども、病院に相談をすれば処方してもらえるようになった。


そんな中、このような事を口にする者たちが現れた。


「ヘナチン-69を裁判官に飲ませるべきだ。」


なぜこのような事を言い出す人々がいるのか。それは、ここ最近世間の人々の間で、「どうも裁判官たちは、性欲で判決の判断を鈍らせているのではないか」という声が広まっていたからである。いわゆる司法不信である。


女性たちは「男性から女性への性犯罪の判決は軽すぎる。これは男性の裁判官が自らの性欲で加害者に同調しているからだ」と言い出すし、男性たちも「女性の犯罪全般に対する刑罰が軽すぎる。これは男性の裁判官が自らの性欲で女性の加害者に同情しているからだ」と言い出す始末であった。


ヘナチン-69は副作用がない薬としても有名である。だから、裁判の前に服用する事について裁判官の健康面に悪影響はない。なので、実際のところ実施したところで誰も損はしない。


だが、「裁判官は性欲で判断を鈍らせている」などと決めつけて、それを回避するために性欲抑制剤を飲ませるなど、話としてはバカげていると感じる人が多数である。なので当初は誰もこの意見を真面目に考える事はなかった。そもそもこの提案は最初、SNSで誰かが冗談半分で書いたものだったのである。


しかし、女子学生を強姦した疑いのある男子学生が「性的同意があった」として無罪になったり、男性たちから何億もの金をだまし取った女性が短い刑期で済むような判決が続き司法不信が更に高まって行くと、世間からは徐々に裁判官のヘナチン69の服用を望む声が広がっていくのであった


そして、ついに実施される日がやってきた。


人々はこの新しい規則を歓迎した。ちょうどそのころ、風俗店店員にストーカー行為をして殺害をした男性の裁判と、元恋人にストーカー行為を行い殺害をした女性の裁判が行われていた。どちらも裁判官は男性、もちろん裁判の前にヘナチン-69を飲むことが義務付けられている。人々はこれらの裁判に対して正しい判決が下されるであろうと期待した。


しかし、結果は予想外のものだった。どちらの裁判もこれまでの判決と同じく人々を納得させるものではなかった。人々の間では「新しい規則への抗議から裁判官はヘナチン-69を飲まなかったのではないか」との声も上がったが、もちろんそのようなことはなかった。


それ以外の裁判も結果は同じであった。男性の裁判官だからといって性欲を抑えたところで男性の性犯罪に甘かったり女性の犯罪全般に甘いということはなかったし、女性の裁判官もヘナマン-69(ヘナチン-69の成分を女性用に調整したもの)の服用が義務付けられていたのだが、こちらも服用が義務付けられる前と比べて有意な変化はなかったようだ。


調査グループによると統計はまだ分析している途中なので断言はできないとのことだったが、基本的には服用が義務付けられる前と比べて判決に違いは見られないようである。


結局、裁判官たちは司法の精神に則って正確な判決を下しているだけだったということがわかった。だとすれば、国民に納得のいかない判決が下される原因は裁判官の性欲なんてものとはまったくの無関係ということになる。


「判決に問題があるとすれば、それは司法制度そのものの歪みに原因がある」


そのように考える人が増え始めた。もちろん司法制度といっても完璧ではない。人々が互いに議論をして、誰もが納得できて社会を健全な方向へと導くものへと少しずつ近づけていくものなのだ。


人々は自分たちが「裁判官は性欲で判決をゆがめている」と決めつけたことを恥じた。一方、司法関係者からも「司法制度について国民の方々に十分な説明をできていない現状にも問題がある」との声が上がった。


このような結果になったので、裁判官のヘナチン-69(またはヘナマン-69)の服用の規則は廃止してよいのではとの声が上がるようなった。ヘナチン-69は最近では安価になってはいるものの、それでも裁判のたびに処方していては金もバカにならない。


「税金の無駄遣いにもなるし、判決に影響がないのなら廃止するしかないのでは」


そのような声が高まり続けたある日、統計を分析していた調査グループからヘナチン-69の服用による裁判の判決への調査報告が行われた。調査グループのリーダーは記者会見で次のような発表をした。その結果はとても意外なものだった。


「ヘナチン-69、ヘナマン-69の服用による裁判の判決について、大方の裁判では服用の義務化の前後で判決の内容に変化は見られませんでした。ですが男性の裁判官が女性…母親が我が子を虐待死させた事件の裁判に関してだけは、服用を義務化されてからは義務化前に比べ重い判決を下すという明らかな変化が見られました。今後も分析は続けていきますが、この結果についてはほぼ間違いとみられてよく…」

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