03.変のトライアングル Ⅲ
足跡を辿ると、やはり山賊の拠点と思しき丸太小屋に辿り着いた。
物怖じせずその扉をドンドンと叩き、中で傷付いた体を休めているであろう山賊たちに表へ出るよう呼びかける。
「たのもー!!」
普段なら絶対にこんなことはしないのだが、冤罪と寝不足で気が立っていて、あたしは一時的に無敵の人と化していた。
外からでも小屋の中がどよめいているのが分かる。そのうちに山賊の一人が玄関戸を少しだけ開いて、おずおずと顔を出してきた。つい先程、逃げ出した下っ端だった、と思う。記憶が曖昧だが。
彼はこちらを目視すると、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、背後の仲間たちに目配せであたしたちの再来を伝える。その隙にマゾ男が扉に足を挟み込み、閉じられないようにしてから扉をこじ開けた。まるで前世の借金取りのようだ。
「この小屋、今晩だけ貸してくださいませんかね?」
そう。我々は―――というかあたしが、山賊の拠点を宿代わりにしようという考えたのだ。
指名手配されている以上、普通の宿には泊まれない。そこで思い出したのが、つい先程お世話になった彼らだった。
我ながらあまりに無謀な作戦だと思う。だが、今あたしのバックにはこの二人が居るのだ。成功する確率はかなり高い。
どうしても借りは作りたくないと言ったばかりではあったが、そもそもマゾ男が居なければ、宿屋で安眠して今頃は新しい街に発っていたはずなのだから、彼に限ってはこれくらいはしてもらわねば。
……まあ結局、賞金首の掲示を見て、似たような状況に陥っていたとは思うけど。細かいことは言いっこなしだ。
「二人からもお願いして」
「貸せ。エナの願いだ」
「む……? では、俺からも頼もう」
満面の笑みを浮かべ、二人をあたしの肩越しにちらつかせる。
既に満身創痍で、かつ二人の強さを身を以て知っている彼らを制圧するのには、数秒と掛からなかった。
「ま、まあ良いさ! ここはじきに捨てるつもりだったんだ! こんなボロ小屋くれてやるよ! いくぞ野郎どもー!!」
山賊のボスはいかにもな捨て台詞を全種類使って、手下と共にすごすごと退室していった。恐らく全員が退出したであろうところで、あたしは小屋の中へと突入する。
「やったぁー! やっと寝れるぅ―――」
小屋の柱に、明らかに山賊ではない二人の子供が縛り付けられていた。
眠気がピークに到達し、半狂乱になっていたあたしに怯えていたが、こちらに敵意がないようだと分かると、程なくして顔を明るくした。
「た、助けて下さったんですか…!?」
「……え?」
こうして我々は、意図せず二人の小さな命を救ってしまったのだった。
話を聞くと、子供たちは先程まであたしたちがいた町…ヴィルデックの出身で、隣町から帰る途中で山賊に攫われてしまったらしい。
あいつら、まさか人攫いまでしているとは……金品の強奪も充分に悪どいが、人身売買とはこれまた凶悪な。これなら、下手に容赦せず完膚なきまでに叩きのめしてもらったほうが良かったかもしれない。二人に。
さて、これから彼らを家に帰してやらねばならないのだが……
子供たちの心情を考えると途中まで付き添ってやりたいが、指名手配の件もあって、あたしは迂闊に町に近寄れない。となると、取れる手段はこれしかなかった。
「……二人とも、街まで送ってってくんない?」
指名手配の件が無くても、この体調で再びあの距離を歩いたら、物理的に彼らのお荷物になるという確信がある。二人だけに任せたほうが子供たちも安全だろう。
その願いにマゾ男は無言で頷き、ヤンデレ君は暗く淀んでいるのがデフォルトの瞳をぱあっと輝かせて、「エナのお願いなら喜んで!」とあたしの手を取った。
……店でストーカーをしていた頃から感じてはいたが、きっと彼は根は悪い人ではないのだろうな。若干良心が痛んだが、やはりこれ以上好かれたくはないので、特に言及せず、そのまま彼らを送り出すことにした。
かくして、ようやく二人から完全に離れることができたのだが、限界まで疲弊していて、今から逃げようという気にはとてもならなかった。
せめて体の汚れを落とそうと考え、這うようにして小屋から出る。この近くを通る道中、川が目に入った。冷水を浴びるのは辛いが、個人的には汚れたままでいるよりよっぽど良い。小屋にあった樽を拝借して、顔や髪を洗うことにした。
この世界の冒険者はみな四、五日程度であれば湯浴みをしなくても平気だと言うが、前世の衛生観念が染み付いてしまっている自分には難しい。
拠点をぶん取っておいて申し訳ないが、男連中がぎゅうぎゅうに詰まっていたのであろうベッドで寝るのも、正直たまったもんじゃない……小屋の中も、若干埃っぽかったし。衛生的に最悪だ。
それでも野宿よりは幾分かましだ。小屋の中は軽く掃除をして、ベッドの上に更に寝袋を敷いて寝させてもらおう。今日こそはとにかく絶対に寝てやるという強い決心を抱いていた。
森で丸裸になる勇気はなかったので、持参したタオルを濡らして体を拭いて、小屋に戻った。薄手の寝間着に着替え、ベッドに腰を掛ける。
このまま二人の帰りを待っているつもりだったが、のしかかる重力に逆らえず、そのままベッドに横たわり、気付けば眠りに就いてしまっていた。
◇