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03.変のトライアングル Ⅰ



 森を抜けた先にある大都市……ヴィルデックという名前だったらしい。辿り着いてから初めて名前を知った。

 大都市と言うだけあってやはり人が多く、門番のいない正門を抜けて大通りに入ると、あたしたちはあっという間に人混みの一部と化してしまった。


 連れの二人がはぐれていないか、人々と足並みを合わせたまま背後を振り返る。

 彼らはそれなりに身長があるため、人混みから物理的に頭一つ抜けていた。そうそうはぐれる心配はないだろう。仲間であれば嬉しい利点だ。仲間だったらな。


 …戦闘狂マゾ男・アマゾルク。

 数年来のヤンデレ男・レデヤ君。


 ……彼らはあたしの仲間ではなく、ストーカーである。


 だが今のところは、マゾ男はあたしではなくヤンデレ君と戦うのに躍起になっていて、ヤンデレ君もマゾ男の排除を優先しており、幸いなことにどちらからも手を出されていなかった。

 喩えるなら、何だろう? 諸刃の剣、崩落寸前のジェンガ……まぁとにかく、下手に触れないほうが良いという結論に至った。


 無料のボディーガードがついたと思えば良いかもしれない……いや、そのボディーガードから襲われる可能性の方が高いんだけれども。それに、これではどちらかが離れた時が厄介だ。

 …一瞬でもいい。どうにかして、二人が離れるタイミングは作れないだろうか……


 疲れ切った脳で解決策を考えていると、エネルギーの補填を催促するように、ぐぐうとお腹が鳴った。


「……今の、お前か」


 気付けば背後にいたマゾ男が尋ねてくる。この人混み具合にも拘らず聴こえてきたらしい。少し恥ずかしくなって「悪いか」ときつく返すと、ヤンデレ君が「茶化すな」とガチトーンでマゾ男に睨みをきかせてしまったので、慌てて割って間に入る。

 とりあえず今後の話でもして、お茶を濁そう。


「えっとー、とりあえず朝ご飯でも食べにいく?」


 なんであたしが両者の仲を取り持っているのだろうという疑問が生まれたが、今それに対する回答を出せるほど頭は働かなかった。

 あたしの期待通り、ヤンデレ君は即座に「エナがしたいことをしよう」と恐ろしくなるほどの全肯定してくれて、マゾ男もマゾ男で「そうだな」と肯定で返してくれる。


 折好く満場一致したので、今からお財布と相談だ。大都市ならば物価も高いだろう。

 だが、あたしはほとんどの資金を宿へ置いてきてしまった。悔しいが、現状金銭面でも頼れるのはこの変態二人だけだ。


「……マゾ男、お金どれくらい持ってる?」

「ない」

「え……寝泊まりとかどうしてたの?」

「野宿だ」

「……食事は?」

「森のそこらじゅうに居るだろう」


 マゾ男が指差す先を追うと、そこにはウサギに似た愛らしい動物が描かれた看板があった。この世界の大陸全土の森に分布している草食動物である。

 狩猟は前世でも一般的に行われていた行為だし、第二次産業以上のサービスが発達していないこちらの世界では、牧畜に並んでメジャーな食肉を得る方法なのだろう―――が、思わず言葉を失ってしまった。あまりにワイルド過ぎる。

 詳細はあまり聞きたくなかったので、話題を変えるためにヤンデレ君ことレデヤ君に話を振る。


「んじゃ、えーと……レデヤ…君、は?」

「エナを襲った奴らから頂戴してきたよ」

「……肉を?」

「お、お金だよ…」


 話題を変えようとしたにも関わらず、前後の流れであらぬ誤解をしてしまう。やはり脳が疲れているらしい。だが期せずして新たな情報を得ることができた。

 ……もしかして、今まで他のストーカーが現れなかったのは彼のおかげなのだろうか……?

 もしもそうなら感謝しなくてはならないが、感謝をして更に好かれる展開が容易に想像できたので、彼には申し訳ないが控えておく。


 さて、話を戻そう。


「マゾ男。戦うならお互いに万全の状態が良いよね?」

「! ……ああ、そうだな」

「まず腹ごしらえをしよう。あと、あんたのせいで賠償金支払うことになったんだから、その分はお金使わせてもらうよ!」

「む……それは済まなかった」


 相変わらず態度は大きかったが、意外なことにはっきりとした謝罪の言葉があった。常識は無い割に、そこらへんの義理は通すらしい。

 戦いのことをちらつかせれば、案外この男は扱いやすいかもしれないな……さて、次はヤンデレ君だが。


「じゃあ、ヤン……レデヤ君」

「は、はいっ」

「なるべく安くで泊まれる宿がいいんだけど、一緒に探してくれる?」

「ああ! もちろん!」


 影が落ちた目を燦然と輝かせ、ヤンデレ君が全肯定マシーンと化す。

 悲しいかな。数多の変質者と対峙し、あたしは口先での対処もある程度身につけてしまっていた。特に彼は店で長らく相手してきたので、喜ぶツボを押さえている。

 騙しているようで……いや実際騙しているので罪悪感が凄まじかったが、これも身を守るためだと自分に言い聞かせた。


「じゃ、レデヤ君は宿で、マゾ男は食事処ね。いい感じのお店見つけたら大通りの門のとこで待っててね。はい解散!」


 パン!と手を叩くと、二人は一斉に散り散りになっていった。

 ……なんて扱いやすいんだ、この二人。おまけにあたしに背を向けた後、「おれが先に見つける」「ほう、俺は如何なる勝負でも勝つぞ」とか何とか言って、互いに躍起になっていた。まさか自分たちで煽り合ってくれるとは……。


 では、二人のいなし方も心得たところで―――


(よっしゃ逃げるぞ!!)


 あたしはまだ、彼らを撒くという策を捨ててはいない。

 下手に触れないほうが良いなら、折を見て触れずに逃げてしまえば良いのだ。そして今がその好機である。まさかこんなに早く来るとは思ってもみなかった。


 更に都合の良いことに、彼らには単独行動中にあたしが逃げるという発想は毛頭ないらしい。

 今にでも駆け出したかったが、二人に勘付かれるとまずいので早足に留めておく。そしてあくまで自然に、はぐれたように、この町を出るのだ。



 それはそれとして、町を出る前に食事は取っておきたい。一日二日程度であれば寝ずに歩くのは問題ないが、空腹は危険だ。以前、身を以て経験したことがある。

 最悪、しっかりした食事ではなくてもいい。屋台や露天商から適当に果物でも買おうか……


 周囲を見渡す。通りには昔ながらの煉瓦造りの建築物ばかりが並んでいて、残念ながら出店は無い。看板が出ている店も、見る限り飲食店ではないようだ。


 店を吟味している最中、壁に張り紙が所狭しと貼られている建物を見つけた。

 そして、その中の一枚が不意に目に留まり―――あたしは絶句する。

 早足を忘れて、壁際まで全速力で駆け寄る。ぶつかる寸前で壁に手をついて、そのまま食い入るようにそれを覗き込んだ。


 壁に張られていたのは、賞金首の掲示だった。

 そしてその中に……あたしが居たのだ。




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