16.救いの手 Ⅴ
「君ら、これからどこへ向かうんだい?」
アマゾルクたちと対話としていると、その間を割ってメッサが問いかけてきた。答えようかと逡巡していると、「追うつもりじゃないんだけど……まあ、信用ならないよね」とメッサが力なく微笑む。
……いや、そもそも明確な目的地を定めてないから答えられないだけなんだけど……とはいえ安易に教えるのも危険なので、そういうことにしておく。
それを見透かしたのか、「特にないのなら、またテュルキエあたりに戻ってアルシャジーラに向かうと良いかもね」とメッサが提案してきた。
だけど、追うつもりでもない、かといって付き添うわけでもないだろうに、なぜ目的地を訊ねてきたのだろう。
その疑問をぶつける前にメッサが切り出したのは、思いもよらない提案だった。
「噂で聞いただけだから、信憑性はあまりないかもしれないけれど……あの国には、三つの願いを叶えるランプの魔具があるらしい」
「ランプ……?」
「そう。それに願えば……君のその、男性に好かれてしまう体質も、治せるかもしれない」
「え?」
そうだ。なぜ思いつかなかったのだろう。
この世界にある、魔具と呼ばれる魔術時代の遺物……その中には、あたしのこの体質を改善できるものもあるかもしれない―――
そう考え始めた矢先、廊下の外が騒がしくなってきたことに気付く。
「……おっと。そろそろ逃げたほうが良いかもね」
そう言うとメッサは、突然踵を返すと、暖炉のそばに駆け寄った。中に置かれていた薪を足で隅に避ける傍ら、懐から小さな鍵を取り出し、暖炉の内側に挿し込む。
それからメッサは、あろうことか暖炉の中へ屈んで入っていってしまう。何度か体当たりすると壁が開き、奥に通路が現れた。隠し通路か。
「エナちゃんのだけだけど、隣の棚に着替えを用意してるよ。その格好じゃ逃げ辛いだろうから、持っておいで」
「あ、ああ……ありがと………」
「最後の人、薪の位置戻してから入ってきてねー」
それだけ言い残してメッサは隠し通路へ進むと、そのままふっと姿を消した。ここからだと見えないけど、あの奥に下の階へ降りる穴があるらしい。
指し示された棚を探ると、彼の言った通りあたしの体格に合った服と、靴まで取り揃えてあった。靴は元々履いていたものだったが、服は新品のようだ。
ここで着替えている暇はないので、その服を抱えてあたしは暖炉の穴を抜ける。
落ちた先は人一人が通れる程度の狭い通路。入り組んでいる上に明かりもなかったが、一本道だったので迷わず進むことができた。
いくつかの穴や階段を経て辿り着いたのは、庭園のすぐそばにある馬車の駐車場だった。薔薇騎士団が警備していたが、みなメッサから事情は聞いているようで、すんなりと通してくれた。
「こっちだよ」
その中の一つ、特に出入り口に近い馬車の近くに、メッサは立っていた。これに乗れと言っているのだろう。訝しむ二人をなだめながら、その馬車へ駆け寄る。
タイヤの形状は以前盗難したバギーに似ているが、運転席の天井と後方座席をすっぽりと覆う形で簡素な外装が取り付けられている。これなら顔も見られにくい。メッサがこの短時間で砂漠地帯への逃亡に適した車種を選んでくれたのだろう。
王都を出る途中までは薔薇騎士団の一人が運転してくれるらしく、運転席には既に団員の一人が座り込んでいた。
まだ何か言いたげなレデヤ君をなだめて後部座席に押し込んでから、ドアに蓋をするようにアマゾルクも押し込む。
最後にあたしが乗り込もうとしたその直前で、メッサが語りかけてきた。
「それとね、クロラも君の味方だよ」
「ええっ? あの、クロラ…さんが……?」
「ああ。彼らを解放したのもクロラだろう? もし会ったときは頼るといいよ」
後部座席のドアからこちらを見つめる二人へ交互に視線を返し、笑いかけるメッサ。
……いや……逃がしてはくれるかもしれないけど、あたしに関しては同時に殺される可能性も高いんだよなぁ……
クロラさんのあのうさんくさい笑顔が脳裏によぎり、思わず苦い顔を浮かべた。その間もメッサは話を続ける。
「……騎士団としての任務があるから、僕らが助けられるのはここまでだけれど……どうか、頑張って」
そこまで言い終えると、メッサが寂しそうに笑った。
……歪な形ではあるけれど、彼もレデヤ君のように、あたしを昔から慕ってくれていたのだろう。そう考えると、やはり無碍にはできない。
「……ありがと! いつか借りは返す!!」
それだけメッサに声をかけてから、あたしは遂に馬車へ飛び乗った。
その後あたしたちは、城に来ていた要人ということで城の外まで送り出してもらった。外でメッサと門番が今日客人なんて入っていったかとひと悶着していたが、絶大な権力を持つ騎士団長様の命令には逆らえないようだった。
「……で、その……あたしの話、どこまで聞いてる?」
後部座席にて。馬車が城の外に抜け出し、ようやく一息つけるようになったタイミングで、あたしは両隣の二人に話を切り出す。最後に乗り込んだはずのあたしは、なぜか二人に挟まれ真ん中に座らされていた。
話題はあたしの身の上についてだ。最初にそれに応えたのはアマゾルクだった。
「クロラグニアから、この国の姫だという話と、王から追われているという話は聞いた」
「……そっか」
「聞いているのはそれだけだよ。気にしないで」
あたしが気落ちしているのを察してか、レデヤ君が気を遣ってくれた。当初はこちらが彼に気を回していてばかりだったのに。
改めてこの二人と合流して、いよいよ決意が固まった。むしろ遅すぎたくらいだけど……二人もセットで指名手配犯となってしまった以上、もう二重の意味で道連れにするしかない。
腹を括り、二人に今後の計画を打ち明ける。
「てことで―――目的は変わらず、国外逃亡!」
といっても、計画とはとても呼べないようなお粗末なものだけど。
ただ、それを最終目的として、もう一つだけ……
「で、その前に……ちょっと、会いに行きたい人がいるんだけど……良いかな?」
逃走ルートが変わったことで、前々からやりたかったことが一つだけ、できるようになった。ある特定の地点まで追っ手が来なければ、それを達成してから国外へ出たいのだ。
「おれは良いけれど……」
「誰にだ?」
率直にアマゾルクに訊ねられ、しどろもどろになりつつも、あたしはその人物が何者かを答えた。
「……あたしの……お父、さん」
「「……は?」」
二人の困惑の声が、車内で重なった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、城の使用人室の窓際にて―――
駐車場で馬車へ搭乗するエナたちを目撃してしまった人物が、一人。
「はあ!? あの子ッ……アリシア!? なんで戻ってきてるの……!?」
使用人の制服を纏ったその女は、ギリリと歯を食いしばり、一人、悲痛な金切り声を上げた。
「やっと城の外に追いやれたっていうのに……!!」
弾かれたように窓際を離れ、廊下へ飛び出る女。その時にようやく、廊下を行き交う騎士団員の喧騒に気付いた。広い城内では、異変に気付くのも一苦労だ。
その中に硝子騎士団団長・レグティフの姿を見つけ、女はそれを引き留める。
「レグティフ。他の騎士団と共に、あの子を国外へ追放なさい」
女は騒動には言及せず、レグティフへ命令を伝えた。騒動の最中、そして自分たちよりも位の低い使用人からの呼びかけであるにもかかわらず、レグティフはすぐさま足を止める。
「……あの子、とは……?」
「分かっているくせに。急ぎなさい」
「ですが……」
「早くッ!!」
喧騒を裂くような叫び声を上げる女。レグティフは物言いたげな戸惑いを顔に浮かべつつも、「かしこまりました」とだけ端的に返し、すぐに踵を返した。
その背を見送りながら、女は眉を顰める。
「どいつもこいつも……使えないやつばっかり………!!」
女の静かな怒号が、廊下に響いた。
続く




