02.もう一人の追跡者 Ⅲ
ダメ元で叫んだのだが―――あたしの予想に反して、願い通り、二人の拳と脚は振り下ろされることはなかった。
ただそれは、あたしの仲裁に応じたわけではない。
「こっちです! ボス!!」
新たな敵が現れたからだ。
先程逃げ出した山賊が、引き返してきていた。見るからに強そうな大男を伴って。
話を聞く限り、山賊たちのボスらしい。マゾ男もかなり身長が高かったが、この男はそれ以上だった。元の世界の単位で言えば二メートル程度だろうか。おまけに筋肉だるま。ぼろの衣服から除く肌は、どこもかしこも筋張って血管が浮いている。
マゾ男とヤンデレ君は攻撃を中断し、お互いへの警戒は保ったまま、山賊の残党を横目に見遣る。……山賊グッジョブ!! 恐らくこの二人が争っていれば、先程の対山賊以上の大事になっていただろう。
「ほぉ……お前らか。ウチの可愛い配下を可愛がってくれたのは」
いかにもなセリフを繰り出しつつ、のしのしと間合いを詰めてくる山賊のボス。そこで二人は遂に互いへの警戒を解き、迫りくるボスに居直った。
新たな脅威が迫りくる中……あたしは、一縷の希望を見出す。
―――逃げるなら、今の隙なのでは……?
先程の後悔を思い出す。マゾ男が戦闘中に撒けば良かった、と。今こそそれを実行する良いタイミングなんじゃないか?
新たな脅威とか大袈裟なこと言ったけど、彼ら二人掛かりならまぁ…ぶっちゃけ大男一人にだって勝てるだろう。
ますますグッジョブだボス!
そうと決まれば善は急げだ。
不審者から逃げることによって培ったスニーキング能力で、あたしは極力音を立てないよう後退りを始めた。の、だが。
「「どこに行くんだ??」」
大きな風切り音のあと、唸るような低音が左右の耳元で重なり合った。不意打ちのASMRに肌が粟立つ。
ぎこちなく首だけを動かして左右を確認すると、そこにはやはりマゾ男とヤンデレ君がいた。
この一瞬でここまで移動してくるなんて。あまりの恐怖で、指示されていないのに両手を上げてしまう。
「ま、街に行って…助けを呼ぼうかなと……」
「その必要はない」
助走を付けて、ヤンデレ君が山賊のボスに再度接近する。
その勢いのままに飛び上がり、後頭部に蹴りを入れた。ボスはマゾ男とは違い、すぐに体勢を崩す。当たり前だ。首に全体重をかけた打撃を受けて首一つで踏みとどまれる方がおかしい。
その後、間髪入れずにマゾ男がボスの腹を殴打する。ボスの巨体がふわりと宙を浮いた。唾液とも胃液ともつかない何かを吐き出しながら、そのままボスは仰向けに倒れた。
予想はしていたが、ここまで一瞬の決着になるとは……。
まだ下っ端が残ってはいたが、両者とも眼中にないようだった。下っ端も下っ端で、逃げ出すことなく茫然とその場で立ち尽くしている。
二人は息一つ切らさぬまま、こちらにゆっくりと歩み寄ってきた。戦うわけでもないのに、思わず身構えてしまう。
そして二人はあたしの目の前に立ち塞がると―――あたしではなく、お互いの顔を睨み合い始めた。
「それなりに強いようだな、貴様……」
「……エナと一緒になるには…おまえをまず排除しなきゃならないみたいだな」
お互い無表情だったが、瞳から並々ならぬ闘争心を感じた。
結果オーライ……なのか……?
後から聞いた話だが、この日を境に、この近辺での山賊の被害がぱたりと止んだらしい。
それから山沿いの往来が盛んになり、森には立派な街道が生まれたと言う。