16.救いの手 Ⅱ
「僕の父も騎士でね。まだ小さい頃、君の話を聞いていたんだ。薨去された前代王妃にそっくりで、とってもかわいいお姫様がいるんだよって。でも、国王が新たな王妃にしようとしてるんだって……それで、僕が助けてあげなきゃって思ったんだ。でも僕がやっと騎士団見習いになれたとき、君はもう逃げたあとで、それは叶わなかった」
悔しそうに顔をしかめるメッサ。あたしの手を包む拳にも、力が入っている。
かと思えば、また前の穏やかな表情に戻った。
「そのことも忘れそうになっていた頃、王から指名手配犯を追ってほしいって勅令が入ってね。で、王が直々に門外漢の僕に頼むなんて、どれだけ強くて極悪な犯罪者なのかと思えば―――あのクロラとレグがご執心の強い女の子だって言うじゃないか! 興味津々だよ!」
「は、はあ………え? れ、レグさんにも気に入られているっていうのは……初耳なんですが………」
「あれっ、そうだったの? レグに悪いことしたな」
本当に他意はないのかはたまた故意なのか、レグさんの秘密を暴露して、メッサはいたずらっぽく笑った。表情がころころと変わるなあ、この人……。
まるで他人事のように考えていると、次に彼は爛々と目を見開きながら、あたしに迫ってきた。
「ともかく―――今気になってる子と、昔助けられなかった子がおんなじ人だったんだよ。これって、運命だよね!」
あたしの手を握るメッサの手に、ますます力が籠っていく。
握られた手のひらに冷や汗が滲む。……騎士団に追われる毎日ですっかり忘れてしまった、あの感覚だ。おかしな男に絡まれたときの、あの気味の悪さ。
あたしがそんなふうに感じているとは気付いていないのだろう。メッサはご機嫌に話を続ける。
「エナちゃん、君……今は王だけじゃなく、他の男からもしつこく付きまとわれているそうじゃないか。あんな悪漢たちにも付きまとわれて……あんまりだよ」
たった今、そこに自分も加えられてしまったとは露ほども思ってもいないんだろうな……
その途中で、彼が使った〝悪漢〟という言葉に引っかかりを覚え、少し間を置いてから聞き返す。
「……悪漢って?」
「一緒にいた二人のことだよ。えーと……名前は忘れちゃった。彼ら、仲間じゃないんだろう? 最初の方は彼らから逃げ回っていたって話も聞いてる。大変だったね」
この言い振りだと、マゾ男とレデヤ君のことを言っているのだろう。
確かに、悪漢といえば悪漢なのだろうか。……まあ、悪漢だな。うん。
「そいつらからも、僕が助けてあげる。手筈はもう整ってるんだ。君は安心して、僕に身を委ねてくれればいいよ」
そう言われて、彼らと出会った当初のことを思い返す。
マゾ男は宿を破壊するし、レデヤ君は店の客足を途絶えさせた挙句、あたしが辞めたあとも街を越えてまでストーカーしてくるし……今の騒動だって、彼らが関わらなければ起きなかっただろう。
そう思うとあたし、確かに可哀想だなあ……何なら今だけじゃなくて、前世からこんなんだし。異世界転生してチートで無双できるかと思いきや、前世からのハンデを背負ったまま、後退した文明の世界で過酷な逃亡生活を続けなきゃならないなんて。
……だけど………
「……違う」
「ん?」
メッサの真っ直ぐな瞳から視線を逸らし、俯く。
目の前には、美味しそうな王族の朝食。食事は……シレンさん宅でご馳走になったっきりだっけ。
父に従順にしていれば、あの日からずっと与えられていたんだろう。そして彼に助けてもらえば、きっと今から食べられる。
それでも……
「……可哀想だって憐れまれたり、助けてあげるって言われるのは……なんか、違う。それに……」
あたしはメッサの手を振り払い、椅子から立ち上がった。
「あいつらは確かにおかしいけど、悪い奴じゃない……!」
彼らが引き起こした災禍があるのは事実だけど、彼らにずっと助けられてきたのもまた事実。
何より……二人とも、過剰で方法はひどく間違えてしまっているけど、悪漢だと一蹴されるような人物ではない。
レデヤ君は、いつだってあたしを守ることを考えてくれている。
そしてマゾ男も、勘違いだけどあたしを強いと言ってくれて……冤罪を被ったときも、あたしはそんなことしないだろうと断言してくれた。
もちろんそんなこと、第三者のメッサには分からないだろう。傍から見れば彼らは悪人。それに、あたしのような境遇の人間を見て、可哀想だ、手を差し伸べてあげたい、と思う思考はきっと自然だ。
メッサは長い睫毛を伏せて、行き場を失くした手を引っ込めた。
「……そっか」
メッサは椅子から立ち上がると、あたしから引いた手で、唯一の彼の武装を手に取る。例の蛇腹剣だ。
「なら……僕に救われたいと思い直すまで、可哀想な目に遭ってもらおうかな?」
メッサは蛇腹剣を勢いよく引き抜きながら、先ほどの柔らかな表情からは想像もつかない冷たい無表情で、あたしを睨みつけた。
ああ、やっぱり―――こいつも変なヤツだった。




