16.救いの手 Ⅰ
メッサの口から語られたのは、他の誰にも明かしていない、あたしの出自だった。
あたしの長ったらしい本名。そして、あたしがこの国の姫であること。まだ小さな頃、使用人たちの手を借りて城を出たこと……。
「な…なんで、そのこと……」
「なんでって……うちには、魔具っていう便利なものがあるからね」
そうか……今回あたしたちの正確な居場所が割れたのも、騎士団の魔具が原因かもしれない。
だけど、見つかって軟禁されている今、そんなことはどうでもいい。今問題なのは―――
「……国王は、君の帰還をお待ちかねだよ」
メッサは微笑みながら、あたしが最も気掛かりだったことを、心を見透かしたように語りかけてきた。
国王……あたしの、実の父親、だ。
目の前が真っ暗になった。
騎士団に必要に追われている時点で、あたしの存在が父に知れているのではないかと予想はできていたのだ。ロリネさんの一件を経てからは、より強く意識していた。せざるを得なかった。
だけど、いざそれが現実であると突き付けられると、やはりうろたえてしまう。
やっとここまで逃げられたというのに。何よりあの頃、あたしはまだ子供だった。成人してから特定されるなんて。やっぱり、店を辞めた時に国外まで出てしまうべきだった―――
「大丈夫」
メッサはそう囁くと、彼から攻撃されてもすぐに対応できるよう、卓上に置いていたあたしの両手を取りあげた。白手袋に包まれた手が、傷一つなくなったあたしの手の甲を優しくさする。
普段のあたしならすぐに手を弾けたのに。あまりの動揺で後れを取ってしまった。メッサの手に包まれてしばらくして、手の震えが収まる。手が震えていたことにも、今ここで気付かされた。
でも大丈夫だなんて……父の命であたしを捕らえた側が、何を言っているのだろう。彼からは敵意も感じられない。
メッサの真意は、彼自身の次の言葉で分かった。
「僕が国外に逃がしてあげるし、冤罪についてももちろん掛け合ってあげる。安心して」
「え……な、なんで、そこまで………」
うろたえて、疑問が口を衝いて出てしまう。彼がそんなことをする意味が分からない。
そんなことをしては、メッサにそれ相応……いや、それ以上の処罰が下るだろう。
今の父の様子は知らないけど、当時の乱心振りなら最悪極刑も在り得るだろう。騎士団であれば見聞きしているはずだ。彼は若いようだから当時は居なかったとしても、他の団員から伝え聞いていてもおかしくない。
その理由も、新たなメッサの応答で明かされた。
「うん。だって……あんまりに可哀想じゃないか」
可哀想。その言葉を聞いて、喉がキュッと締まる。次に来る言葉が容易に予想できたからだ。
そしてメッサは、あたしが恐れていたことを口にした。
「……実の父親に、娶られようとしているなんてね」
そうだ。それこそが、あたしがこの城から逃げ続けている理由だった。
転生以前からある、あたしのこの異性から異常な形で好かれる体質の対象は、父である彼にも例外ではなかった。
サディアス王―――この世界での実父は、実の娘であるあたしを、王妃として迎えようとしていた。
出産からほどなくして、母である前王妃ドロテアが亡くなり、父は乱心した。そして……母の生き写しである娘のあたしを、あろうことか新たな王妃として娶ろうとしたのだ。
このことは国内外には知れていないようで、少なくともあたしは見聞きしたことはない。だがやはり、王直下の騎士団は知っていたらしい。
顔面蒼白になっているであろうあたしとは対照的に、晴れやかな笑顔で話を続けるメッサ。
「―――とはいえ、僕も途中までは知らなかったんだ」
「……え……む、昔から知ってるんじゃ、なかったの……?」
「ああいや、知ってはいたんだよ。ただそれは、この国のお姫様として、ってことね。それが騎士団総出で執拗に追ってる指名手配犯と同一人物だってことは、最近まで知らなかったんだ」
それもそうか。何も考えず咄嗟に疑問を投げかけてしまった。怒涛の展開に思考が追いつかず、ぼーっとしてしまう。
それを知ってか知らでか、その隙をつくように、メッサは聞いてもいない自身の幼少期の話を回想し始める。




