15.囚われのお姫様 Ⅲ
冷たい闇が支配する牢の中、レデヤはようやく目を覚ました。
彼がまず行ったのは、四囲の確認だった。隣にはアマゾルクが無抵抗で紐に繋がれている。レデヤの枷とは異なり金属製ではないようだが、彼が抵抗していないことを見るに、恐らく魔具製なのだろうことが窺えた。
レデヤは全身に傷を負っていた。アマゾルクとは異なり、体の傷もすぐには癒えない。それでも彼が真っ先に思案したのは、己ではなくエナの身だった。
「エナを助けに……」
「いや、あいつなら大丈夫だろう」
「は? またソレかおまえは……ッ! 見ただろ、あの赤いのにズタズタにされてたの!!」
「意識はまだある」
「あるって……見てもないくせに何を………」
アマゾルクに更なる文句を付けようとしたところで、ちょうど重々しい金属製の扉が開いた。
そこから現れたのは、不気味なほどに美しい微笑みを湛えた男……白雪騎士団団長、クロラグニアだった。
「失礼。お待たせいたしました。拷問器具の調整がようやく終わりましてね……」
部屋に似つかわしくない軽妙な口調で余談を挟みながら、クロラグニアが配下と例の棺と共に部屋に踏み入る。
この部屋こそが彼の仕事部屋……城の地下牢の一角である拷問部屋。クロラグニアが拷問官たる真価を発揮する場所だ。
拷問に入る前にクロラグニアは「それにしても」と前置きをして、既に重体のレデヤ、アマゾルクの二人を交互に見遣る。
「そちらの方は耐えられても不思議ではないとして……貴方はよくその傷に耐えていますね。只人にしては」
感心したように溜め息を漏らすクロラグニア。只人と言われたのは、レデヤのほうだった。
「エナを返せ」
クロラグニアに対するレデヤの応答は変わらなかった。
一言目にはエナ、そしてその次もやはりエナ。戦闘中、地下への輸送中もこれだった。クロラグニアは次に呆れからくる溜め息を漏らして、肩を竦めてみせた。
この男には何を聞いても無意味だと判断したのだろう。クロラグニアはアマゾルクに話を振る。
「お尋ねしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「お得意の拷問で聞き出せば良いのではないか?」
「貴方にはあまり意味はないでしょう。痛覚は残っているようですが、耐えられますよね?」
「ああ。慣れている」
アマゾルクの返答に、クロラグニアは至極つまらなさそうに溜め息を吐く。
閑話もほどほどに、クロラグニアはようやく本題へ入った。
「貴方のほうは、彼女の出自についてはご存知ですか?」
互いに顔を見合わせる。アマゾルクは知らないが、レデヤは彼女が店で働いている時代であれば知っている。だがやはり漏らすつもりは毛頭なく、「誰が言うもんか」とレデヤは吠える。
それに対し、クロラグニアはわざとらしく「ああ失敬」と片手を翻してみせる。
「彼女の出自自体はとっくに把握しているんですよ、こちらはね。貴方がたがそれを知った上で、逃亡に加担していたのかどうか、という確認です」
そう言ってクロラグニアが二人に見せつけたのは、一枚の写真だった。写真機が一般に流通していないこの世界では、非常に高価なものだ。
それも……王族が所有しているかどうか、というほどの。
写真には、幼少期のエナが映っていた。
美しい庭を背景に、今とは違う長い髪をゆるく巻き、絢爛豪華なドレスを身に纏っている。
その姿はまるで―――
「アリシア・カタリーナ・マルグリム……まあ、なんとも長ったらしい名前ですね」
騎士団らしからぬ不敬な言葉とともに語られたその名は、二人にとっては聞き慣れぬ名前だった。
「彼女はマルグリム王家……つまりは、この国のお姫様です」




