15.囚われのお姫様 Ⅱ
朝食を乗せたトレーを近くのテーブルの上に置いて、メッサがあたしに手招きをする。
トレーの上にはこの世界のパンとシチュー、肉数切れの軽食が二人分。テーブルの周囲にもあらかじめ二つの椅子が用意されている。ここに座れというのだろう。
しばらく返事がないことにしびれを切らしたのか、メッサが「同席は嫌かな?」と微笑みかけてくる。食事も同席も遠慮したいところだったが……聞きたいことがいくつかある。少なくとも彼は話が通じそうだし、話を聞き出すには絶好のタイミングだろう。今を逃すと後があるか分からない。
クロなんとかに拘束された時のように、魔具の紐で縛られたりしないだろうかと少し不安だったが、今ここで束縛する必要もないだろう。あたしは渋々ベッドから離れると、片方の椅子に腰を下ろした。
お腹は空いていたが、ひとまず食事には手を付けず、気懸かりだったことの一つを聞き出してみる。
「……真珠騎士団とこの…あの女は、どうなったの?」
シレンさんのことだ。親しい間柄だと気付かれると彼女が迷惑を被りかねないので、少しぶっきらぼうな言い回しをしてみる。こうして質問してしまっている時点で、気にかけていることは明白だけど……。
「ああ、ケセの恋人さんのこと? 彼女は脅されて家を乗っ取られていた、ということにしてあるよ。罪には問われないから安心して」
あたしの杞憂を見透かして、懇切丁寧に説明するメッサ。「まあ、ケセはちょっとだけ処分があるけど……」と言い添えてきたので、「そっちはどうでもいい」と遮って終わらせた。
それ以外だと……レデヤ君が心配だ。
意識を手放す直前、魔具持ちのあの団長と戦っているのが見えた。なぜか傷がすぐに癒えてしまうマゾ男と違って、レデヤ君は普通の人間だ、と、思う。難破した時も彼はしばらく目を覚まさなかったから、彼はきっと少し丈夫なだけの一般人なのだろう。魔具での攻撃なんて食らったら、きっとひとたまりもない。
だけど、彼らの身を案じるような発言を不用意にしては、何をされるか分からない。あたしが今、なぜ囚われているのかは分からないけど、人質にされたり、拷問でもされたら。
シレンさんのように、脅して付き合わせていた……ということにもできないだろうな、今更。無関係を装うのも、もう無理だろう。三大騎士団と邂逅したとき、あんなに名を呼ばれたんだし……。
そこまで考えて、あたしは自分の傷のことを思い出す。
「……あたしの傷、どうやって治したの?」
「ああ……魔具を使ってね。語られざる水っていうのがあるんだ。王国所蔵の魔具の一種だよ」
「語られざる水……?」
あたしでも聞いたことのない魔具だ。それにしてもなんとも怪しい名前……前世の悪徳商法の影響か、アイテムに水と付くとどうもうさん臭く感じる。
とはいえここは魔術がかつて存在していた異世界。何より、自身の傷がきれいさっぱり治っている光景を目の当たりにしては、信じざるを得ない。
メッサはあたしが魔具そのものを知らないと思ったのか、魔具の解説を始める。
「魔具っていうのは、もうこの世に存在しない魔力と魔術が籠められた旧世代の代物でね。一般に流通している電池のような魔具もあるんだけど、そういうのよりもっと強力なものがあって……まあ、大体は国の管理下にあるね。大半が国家機密で、配下の僕らでも数点しか知らない。クロラの真実の鏡とか、レグが履いてる硝子の靴とかね」
硝子の靴ときて、次は真実の鏡……シレンさんの持っていたナイフがまるで人魚姫のような仕組みだったことを鑑みると、白雪姫に出てくるあの鏡のようなものだろうか。二重の意味で、まるでおとぎ話のようだ。
ただ……王国の魔具といえば、メッサ自身も言った通り最重要機密で、存在自体知られてはならない。それをあろうことか一般人の……しかも今は指名手配犯のあたしに洩らした挙句に使うなんて、職権乱用どころではない。
「そんな貴重なもの、あたしに使って良かったの?」
「ああ。王に掛け合うまでもなかったよ」
含みのある言い回しに少し引っかかりを覚えながらも、気にしていると勘付かれないよう、会話を続ける。
「こっちとしてはありがたいけど……お国の機密情報を指名手配犯にボロボロこぼすの、かなりいただけないんじゃない?」
「うん。バレたら僕は懲罰ものだね。でも僕、君のこと……ずっと昔から、助けたいって思ってたから」
……嫌な予感はしていたけど、やっぱりいつものパターンか。襲われないだけマシだけど―――
メッサの言葉の中で再び引っかかる箇所があり、思わず復唱してしまう。
「……昔から……?」
その言葉を聞いて、メッサは待っていたと言わんばかりに、嬉しそうに破顔した。
「うん。僕らはね、君のこと……ずっと昔から、知ってたんだ」
◇ ◇ ◇




