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15.囚われのお姫様 Ⅰ



 誰かの視線を感じて、あたしはふいに目を覚ました。


 どうやら眠っていたらしい。というよりは、失神していたが正しいだろうか。あたしは何度ベッド以外で意識を手放せば気が済むのだろう……

 だけど、久々にしっかりとした睡眠を取れた感覚があった。体がとても軽い。それも、数日間あれほど走り回っていたというのに、不気味なほどに疲弊を感じないくらいだ。

 それでも異変を感じて起きることができたのは、あたしが長年培ってきた危険察知能力なのか、それともその相手の発する気配が途轍もなく強大だからなのか……


 瞼を開いて目の前にあったのは天井ではなく、フリルがふだんにあしらわれた天蓋の底だった。お姫様が寝ていそうな、いかにも少女趣味なベッドだ。指名手配犯を寝かせておくには、あまりに過ぎたもののように思える。

 マットはあまりに柔らかくて、安宿の寝床に慣れた今の体にはかえって居心地が悪い。あたしは寝起きの体を伸ばしながら寝返りを打ち、反対方向を向く。


「……お目覚めだね、お姫様」


 そこで初めて視線の正体に気付く。反対側の目と鼻の先に、あたしと同い年くらいの赤い癖っ毛の青年が横たわっていたのだ。

 どうやら、あたしと添い寝をしていたらしい。


「何だこの変態!!!!」

「うわわっ!!」


 思わず問答無用で顔を殴ろうとしてしまうが、さすがは騎士団長、この至近距離でも難なく避けてしまった。

 あ。もしかすると心配していたのかも……と一瞬だけ反省するが、顔を無闇に近付ける向こうも悪い、とすぐに開き直る。


 ……間違いでなければ、彼は薔薇騎士団の団長、メッサだ。今は鎧をまとっていないから、少し気付くのに遅れてしまったけど。こちらが先手を取ったところで、果たして敵うかどうか……。

 そこでふと、他の騎士団長は足フェチ、更には死体フェチと曲者揃いだったことを思い出す。


「……寝込みを襲うのがヘキの方?」

「へ!? ち、違うよ! 僕はクロラたちみたいなヘンな趣味は持ってないから!!」


 変態であることを前提に勘繰ると、メッサは慌てて弁明を始めた。あだ名だったので一瞬誰のことか分からなくなったが、恐らくクロラというのは死体フェチのほうの団長だろう。

 焦っているのがますます怪しいが、それ以上にそのクロラらの嗜好を知っていて、かつそれを看過しているという事実に驚いた。ますます騎士団の内情に不安が募り、メッサに対しても身構える。

 対してメッサは、戦意がないことを示すように手を挙げながら、即座にベッドから起き上がった。……だが、腰にはあの蛇腹剣を携えている。


「ごめんね、驚かせて……。とりあえず朝食を持ってくるから。落ち着いたら話を聞かせて、ね?」

「……毒入りの?」

「そ、そんなクロラみたいなことしないってば!」


 それだけ言い置いて、メッサは部屋を出ていった。程なくしてドアから施錠音が響く。流石に鍵を開けたままでは出ていかないか。

 だけど……案外、普通に話せる人だったな。これが彼の指示なのかどうかはともかく、こんないいベッドに拘束具なしで寝かせた挙句、朝食まで用意してくるなんて、指名手配犯に対する対応ではない。

 ……とはいえ、騎士団は騎士団だ。今は比較的話せるというだけで、またいつ本性を現してくるか分からない。それよりも今は状況把握を急がなければ。


 上体を起こそうとして、あたしはようやく服を着替えさせられていることに気付く。この世界ではまだ貴族や王族の間でしか使われていない、高級な衣を使用したネグリジェだ。スカート部分が長く、少し動きづらい。このベッドに寝かせられる前に着替えさせられたのだろうが……ここらへんはあまり深く考えないようにしよう。



 高くなった視界で、部屋を見まわす。

 想像していたより圧倒的に広い部屋だった。せせこましい宿に慣れている身からすると、これまた落ち着かない。

 ベッドの天蓋に隠れていて分からなかったけど、天井も異常に高い。それ以外だと、腰壁や窓枠、暖炉、カーテンなどが目に入る。どれも無駄に凝った装飾がなされていた。


 他にあったのは、タンスやドレッサー、食器棚など、民家でも見られるような家具。棚は中まで手入れがされているように見える。指名手配犯がぶち込まれていることを考えると現在進行形で使われている部屋だとは思えないが、掃除は行き届いているらしい。



 それからあたしは一際大きな窓際に駆け寄り、外の様子を確認する。ここはどうやらテラスに続いている硝子戸のようだった。戸の取っては鉄条網のようなもので厳重に縛られており、やはり外には出られない。

 硝子戸越しにテラスの向こうを確認する。外には、豪勢な中庭があった。三段の噴水を中心に大きな道が敷かれており、そこから無数に伸びる小路には薔薇のような植物が絡まった門が架かっている。その合間には美しく剪定された花壇が所狭しと設置されていて、その全体を水路が覆っている。


 やはり……ここは、この国の城だ。


 この城には……訳あって、何年か滞在していたことがある。もう来ることはないと思っていたけど、またこの門を潜ることになるとは……。

 ついに国外へ逃げられると思ったら、国の中央部……それも、中枢まで逆戻りすることになるなんて。



 どういう経緯でここまで戻ってきたんだっけ。体を再びベッドに投げ出し、あたしは気を失うまでの記憶を辿る。

 レデヤ君と国境付近にまで逃げていたら、騎士団が追いついてきてしまった。そこを間一髪、マゾ男に助けてもらって……でも途中で三騎士団に分断されて、あたしはメッサの攻撃を受けて―――


 意識を手放す直前のことを鮮明に思い出し、背筋がぞっと凍る。寝たまま体中に手を触れて傷を確認するが、傷は見る影もなく綺麗に癒えており、接合の痕すら見当たらない。

 まさかあれから傷が癒えるまでずっと眠り続けていた、なんてことはないと思うけど……あの出血量、それなりに深い傷のはずだ。適切な処置をしたとしても、あれを痕跡も残さず消すには一年以上かかるだろう。それまで寝ていたなんて現実的ではない。


 自身の身に起きた異常事態に困惑している間に、部屋のドアが解錠された。ドアの向こうには宣言通り、朝食を持って戻ってきたメッサが立っていた。


「食事にしようか」



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