14.国境線前の戦い Ⅲ
直後。騎馬の走行音と刃が弾かれる音が、目の前をかすめる。
……痛みがない。何者かによって、刃があたしに届く直前で防がれたのだ。
恐る恐る目を開くと、前方には弾かれた蛇腹剣の刃先、そして遠方では、騎馬が着地する光景が視界に入る。
「遅くなったな」
その向こうから、この数日間ですっかり聴き慣れてしまった、心地の良い低い声がした。
「ま、マゾ男……!!」
途中ではぐれてしまったマゾ男……アマゾルクだった。
案の定無傷。なぜかボロボロになっていた服まで復活している。今しがた乗り捨てたのであろう騎馬が転がっていた。大方、騎馬と共に敵から頂戴したのだろう。
ケプンハーンにいたレグティフたちがここに到着していることを考えれば、マゾ男だって到着していて可笑しくないけど……ここで落ち合おうなんて話、彼にはしていなかったはずだ。
「ていうか、どうしてここに……」
「追手と戦っているとき、硝子騎士団の一部がここに召集されていると聞いてな。まあ、お前の居場所であれば凡そは分かるだろうが……」
「ああ……え? な、なにそれ? どゆこと……?」
こいつ何者なんだ、なんて今更尋ねるのも最早ナンセンスだろう。
追手との戦闘は大丈夫だったのか、と口をついて出そうになるが、それにもまた予想通りの答えが返ってくるだろうなと思い飲み込む。
それにしても……当時はあんなに遠ざかろうと必死だったのに、いざ再会すると、こんなにも安堵するなんて。不思議なものだ。
……いやいや、単に窮地を脱したことにほっとしてるだけで、久々に会えて嬉しいとかそういうんじゃない。情とか湧いてないから……
そんなあたしの一喜一憂などいざ知らず、マゾ男は遠方から嬉しそうにこちらに声をかけてきた。もちろんそれは再会の喜びなどではなく。
「ひとまず、こいつらと戦っても良いんだな!?」
「あー…う、うーん……そうだね………こいつらがもう追ってこられないくらいに戦ってもらえれば―――あ、いや! でも、命までは狙わなくて良いからね!?」
「ああ。死んでしまってはリベンジマッチができなくなるからな」
「あー、はいはい」
久々の再会でも彼の調子は相変わらずで、思わず最後の方は適当に話を流してしまう。これまでの戦いでも相手に多少加減しているように見られたけど、やっぱり意図して殺しは避けていたらしい。
「ねー、もうお話は終わったー?」
マゾ男との話に割って入ってきたのは、騎馬に刃を弾かれてしまったメッサだった。
彼から少し離れた両隣で、いつの間にか合流していたクロラさん、レグさんが溜め息を吐く。
「ああ…彼女のお相手はメッサ君に取られてしまいましたか……」
「団長の中で一番めんどくさい奴に先取りされたな」
そう呟き、レグさんが眼鏡をなおす。クロラさんは相変わらずのほほんとした微笑みを湛えたままだったが、どことなく機嫌が悪くなったように感じる。
「エナ!―――」
「待て。お前の相手は俺だ」
レデヤ君の声に釣られて視線を動かすと、ガラスの靴音を鳴らしながら、レデヤ君の前にレグさんが立ち塞がる光景が視界の隅に映った。
「では、貴方のお相手は私ですね」
残るクロラさんは、マゾ男と対峙しているようだ。
正直なところ手を貸してほしいけど……このメンツではそうもいかないだろう。
マゾ男が来てくれた上、他の騎士団員はあくまで壁になっていて、一向に手を出す素振りは見せない。どうも、騎士団側が望んで一対一の状況を作っているように見えた。
他の団長や団員もセットで相手するよりはよっぽど楽だけど……正直、あたし一人であのメッサが倒せるとは思えない。なぜかマゾ男には異常に買い被られているけど、所詮は少しだけ有効な護身術を習得しただけのただの女。対する相手は騎士団長最強……
早速、蛇腹剣の先端の刃があたしの腹部を掠める。あたしが避けたわけではない。どう見ても、メッサは加減をしている……。
メッサはマゾ男と違って、理解しているのだ。あたしがただの小細工だけの女だということを。
咄嗟に防御体勢を取ると、壁になっていた騎士団員が押し寄せてきた。仲間と分断するようあたしをメッサの元へ追い込んでいるのだろう。理解してはいても、分厚い鎧と武具で完全武装した彼らから逃れる術はない。
鎧の波に押され、あたしは遂にメッサの目の前に転がり出る。
次に来る攻撃に身構えるも、今のメッサには攻撃をしてくる素振りは一切見られなかった。あたしを見定めるように、まじまじと見つめている。
「な……何?」
「君があの五人のお気に入りかぁ」
「はあ……五人………?」
かと思えば、含みのある話を始めるメッサ。
クロさん、レグさん……あとは真珠騎士団のケセ、港町の綺羅騎士団の露出狂団長のナルディストあたりのことを指しているんだろうか。あと一人は……誰だ? この言い振りで自分自身が含まれることはないだろうけど……
黙考していると、再び遠方で爆発があった。疑問の答えに辿り着く前に思考を遮られてしまう。
程なくして、砂埃が高く舞い上がり、あたしたちの元にもどっと押し寄せてきた。光源は多く、砂埃を貫通するほど差し込んできているため、すぐ周辺の人物を確認する分には問題なかったが、遠方に分断されてしまったマゾ男とレデヤ君の様子は確認できなくなってしまった。
「ま、また爆発……」
「ハハハ。硝子騎士団も張り切ってるねえ」
メッサは別段驚く様子もなく、それを悠長に眺める。
……小型爆弾とはいえ、こんな街中で使うなんて。シレンさんの家の周囲のような開けた場所だって危険だというのに。しかもこの街は石造りの壁に囲まれている。万が一火事でも起これば、すぐには鎮火しないだろう。
……あたしさえ大人しく捕まれば、きっと止めてくれるのだろう。
マゾ男は……いつものように大丈夫、むしろ戦うのに乗り気だとして……レデヤ君は難破から引き上げられた直後に目を覚まして以降、ほぼ休みを取れていないはずだ。
この場を逃れるためにマゾ男がこの場を鎮圧するのに賭けるか、二人とこの街の安全を取って、あたしがとっとと降伏するか―――
二人が近くに居ない今なら、止める者もいない。
……マゾ男にはつい戦ってと言ってしまったけれど、今ここで止めなければ、どうなるか―――
「ごめんね。ちょっとだけ、痛い思いをしてもらうよ」
目にも止まらぬ速さで、メッサの腕が動く。剣状態の蛇腹剣があたしを斬りつけたのだと気付いたのは、体から血が吹き出た後。
あたしは降伏する間もなく、そのまま意識を手放してしまった。
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