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02.もう一人の追跡者 Ⅱ



 そう言い放った直後、マゾ男の後頭部に鋭い蹴りが入った。


「マゾ()!!」


 驚いて、流石のあたしも彼を案じるような言葉をかけてしまう。呼び名はこの上ない蔑称だったけれども。


 だが彼はというと、微塵も身動ぎすることなく、首一つで踏ん張っていた。

 程なくして、蹴りを入れた本人のほうが彼よりも先に動き出してしまう。滞空できなくなり、やむなく地面へ足を下ろしたのだ。


「……エナ……誰だ、こいつ」


 そう言ったのはマゾ男ではなく、彼を蹴飛ばそうとした男のほうだった。

 それはこっちのセリフだと言いかけて、男の顔に見覚えがあることに気付く。


 陰鬱な印象を受ける男だった。

 癖っ毛の重たそうな髪。目元は伸び放題の前髪に隠れていて、辛うじてクマができた片目が見えた。後ろ髪も長く、鬱陶しく肩に乗っかっている。唯一、髭だけはしっかり剃っているようだ。


(かっこいい……のに、勿体ない……)


 顔を見て、そんな感想がふと浮かぶ。

 ……そうだ。確か一度、彼に面と向かって言った記憶がある。そのことを思い出すと、連鎖的に記憶が蘇ってきた。


「あなた……あの、ヤンデレみたいな名前の……」

「……あぁ……覚えていてくれたんだなエナ。おれはレデヤだ」


 名前、レデヤだった。全然違ったなと思いつつ、相手が好意的に解釈してくれたのでほっと胸を撫で下ろす。

 ふとマゾ男の方を見遣る。ここで初めてマゾ男は眉をひそめた。だがそれは、蹴撃を食らったことによる苦悶の表情ではないように見えた。


「……知り合いか?」

「知り合いというか……まぁ、そうなるかな……」


 この男性…ヤンデレ君ことレデヤ君は、あたしがまだ冒険者になる前、とある店で働いていたときのお客さんだ。

 当時、厄介な客やストーカーはしょっちゅうだった。そいつらを文字通りの意味で物理的に蹴散らして、ちょうど十人目で止めてくれたのが彼なのだ。

 今よりもモッサリとした見た目で口下手だったけど、優しい人だった。


 ただ一つだけ問題があった。

 彼自身が、その最後の十人目のストーカーなのだ。


『かっこいいのに、勿体ない……ちゃんと髭を剃ったら、きっともっと良くなりますよ』


 あたしに対して距離を取っていたので、この人は付き纏いはしてこないだろうと気を緩め、そんな迂闊なことを口走ってしまったのがいけなかった。

 彼はストーカーたちを撃退した後、ストーカーではない他のお客さんも排除するようになり、遂に一般客も店に寄り付かなくなった。終いには本人もストーカー行為を始めてしまったので、別の国に越すと嘘をつき、あたしは店を辞めたのだ。


 それから居場所を突き止められていたとは思ってもみなかった。

 まさかとは思うけれど……今の今までストーカーしていたというのだろうか? あの初めて出会った頃から、店を抜け出した後まで、数年も……?

 もしそうなら撤回しなくてはならない。町をまたいだストーカーはマゾ男で二人目だ。……気付きたくなかった……


「ごめんな、あまりにエナとそいつが動きが速いものだから、なかなか追いつけなくて……」


 絶句しているあたしに、最初のストーカーであるヤンデレ君は謝罪してきた。別に謝られる謂れはないけれど、それに触れると話が更にややこしくなりそうな気がしたのでやめておく。


「……お前、何が目的だ?」


 どう返そうか考えあぐねていると、マゾ男があたしと彼の会話に割って入ってきた。

 ……ああ、話がこじれる予感がする……。


「あの、お二人ともぉ……」

「おまえこそ……エナの何なんだ?」


 やんわり止めに入ろうとするが、今度はヤンデレ君の問いかけに遮られてしまう。

 そして、その問いかけの返答を待たず、更にこう続けた。


「エナは……おれと結婚するってのに……!」


 あたしは再び、言葉を失った。

 もちろんだが、そんな約束を取り付けた覚えはない。そういった話題を出したことも……少なくとも記憶にはない。

 店のストーカーを追っ払っい始めた時点で薄々気付いてはいたけど、やっぱりこの人もヤバい人だったか……


 対してマゾ男はというと、律儀にも黙って彼の主張を聞き果せた後、やっと反論を始めた。もちろん、こちらの主張も丸っきり嘘なのだが。


「違う。この女は俺の伴侶だ」

「だからならねーっつの!」

「ほら、エナもこう言ってる」

「いやアンタとも結婚はしないからね!!」


 都度都度訂正を入れるが、案の定どちらも話を聞かない。

 ヤンデレ君との再会に気を取られて、完全に忘れていた。そうだった、今はヤバい男がもう一人ついてきてるんだった。

 一人ならどうにか話をはぐらかして宥めることもできたのに、二人もいるといよいよ収拾がつかない。

 ああ、最悪だ……この調子だと、間違いなくまた店の時のような騒動が起きるだろう。


「……エナ。こいつに何か吹き込まれたんだな。大丈夫だ、おれが正気に戻してやる」


 あたしの予想の通り、早速ヤンデレ君は的外れな結論に至り、臨戦態勢に入る。

 重たい前髪の隙間からマゾ男を睨みつけ―――そして再び、脚を大きく振り上げた。


「あ……あんたが正気に戻れー!!!!」




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