14.国境線前の戦い Ⅰ
あたしとレデヤ君はあの後、騎士団の目を盗みつつ診療所を出て、国境へ向かった。
道中、これから向かう先の国のことを考える。ドタバタしていてなかなか教える暇がなかった。
ここ、テュルキエを経由して向かう外の国・アルシャジーラは、オアシスを基点に興った砂漠の国だ。砂漠全体が自国の範囲内らしいのだが、非常に広大なため国境の管理はユルユル、いや、ほぼされていないと言っても過言ではない。
自国側もやはり緩く、ろくな検問所が設けられておらず、町を囲う門に門番が二人立っているだけである。
砂漠側からお尋ね者が来たときはともかく、あたしたちのような指名手配犯が砂漠へ逃亡しても、衛兵たちは砂塵や気候を嫌って追いたがらないそうだ。反対にアルシャジーラ側も犯罪者の引き渡しに協力的ではないらしい。それ以前に、国交そのものに消極的だと聞く。
南方では盗賊団が跋扈しているなんて話も聞く。あたしたちは北側から侵入することになるので、こいつらとの遭遇は心配しなくても良いだろう。そうでなくても、このだだっ広い砂漠では、まず出くわすことはないはずだ。
砂漠に入ってからは、人ではなく主に自然との戦いになる。海沿いを行けば多少は安全ではあるだろうが、アルシャジーラは砂漠の中央に位置している。テュルキエから直接向かうのが早いし、どのルートでも最終的には砂漠の中を進むことになる。遠回りになっては結局消耗してしまうので、得策ではない。夜間は気候の面でも不安が残る。
だからこそ、モレウさんの空飛ぶ鞄の力を借りて、天候の良いタイミングで飛んで行こうと思っていたんだけど……それももうできない。
……正直なところ……砂漠超えは現状かなり厳しい。
その件も打ち明けなければと考えている内に、あたしたちは国境まで辿り着いていた。
門は閉ざされている。当初はテュルキエ自体に入る予定はなく、先程までは鞄で空路を行くつもりだったから、門の開閉のことを考慮していなかった。砂漠越えをするにしてもしないにしても、このままでは街の外へ出ること自体できない。
門の警備をしている騎士団員の様子を窺う。数は二人。恐らく門の向こうにももう二人いるはずだ。二人なら、あたしたち二人でどうにか制圧できるかどうか……一刻を争う時以外、一か八かの賭けはできない。……いや、今がまさにその時だと言えるか。
更には道中の騎士団の多さ……騎士団が明かりを掲げてくれているおかげで、街灯のない夜道でも難なく動けるのは皮肉だなと感じる。
「エナ」
見張りの最中、ふいにレデヤ君に名を呼ばれた。秘策でもあるのだろうかと耳を傾ける。
「エナの言うことは全部聞きたいけど……無理をして国外にまで逃げる必要はあるの?」
「うっ……」
「国外は国外で騎士団以外の危険が多い。国内にだって騎士団の目の届かない場所だってあるし……もちろん、何が来たっておれがエナのこと守るけど」
痛いところを突かれて口ごもる。ぐうの根も出ないド正論だった。自分でもわかっていたけれど、普段、全肯定ばかりのレデヤ君から指摘されると、少し刺さってしまう。
だけど……どうしても、国外まで出ないと逃げ切れない理由が、一つだけあるのだ。まだ予測の範囲ではあるのだけど……
少し逡巡して、その事情をレデヤ君に語ろうかとしたとき……近くの大通りから、砂利を蹴って駆けていく複数の足音が聴こえてきた。わずかに騎馬や馬車の駆動音も混じっている。
会話を中断してそちらを確認すると、案の定、それは騎士団の増員であることが分かった。明かりで、鎧に施された紋が照らされている。それは、ここテュルキエの騎士団のものではなかった。
「が、硝子騎士団……!? うそ、なんでここまで来てんの……!?」
明かりの中浮かび上がる、宝石のような紋章……あれは硝子騎士団だ。
まさかもう追いついたなんて。まだ追っ手から逃れて一日しか経っていないはずだ。何より空路で移動したから、目視できるような痕跡なんて残っていないはずだけど……
この早さだと、あたしたちがここに来ると踏んで、先んじて団員を配置していたと見るべきだろう。硝子騎士団の情報網か知略か、はたまた別の魔具の力か―――
「驚きましたか? ええ、レグもとい硝子騎士団は、数と手数だけは豊富ですからねぇ……」
硝子騎士団に気を取られていると、遥か頭上から声が降ってきた。いつか聴いた記憶のある、穏やかながらもどこかうさんくさい声。
反射的に頭上に目を遣る。すると満天の星空の中に、それを覆い隠すような黒く大きな影が現れた。その影はみるみるうちに大きくなっていく。
何かが落ちてきていると気付く前に、レデヤ君があたしの体を抱きながら、後方へと飛んだ。落下物から庇ってくれたのだ。
「っごめんレデヤ君! 大丈夫!?」
「おれは平気……あいつ………またエナを危険な目に………」
レデヤ君が、先ほどまで立っていた地点を睨みつける。そこには、先ほどには無かったどこかで見たような棺桶のようなオブジェクトが鎮座していた。あれが降ってきたのだろう。
次いで、建物の屋上から人が飛び降りてくる。美しい黒髪をなびかせながら、棺を踏み台にして、次に地面に足を降ろす。鎧を身に纏っていながら、その足取りは軽やかだった。そしてその鎧は、やはり硝子騎士団のものではなく……。
棺と共に現れたのは……白雪騎士団団長の、クロラ……なんとかだった。
ヴィルデックで別れて以来だろうか。それにしても、なぜ彼までここに居るのだろう。まさか……この場であたしたちを公開処刑でもしようと言うのだろうか?
「お久しぶりですね。といっても数日程度ですが……ですが今回あなたを探し当てられたのは、私の功績も大きいのですよ」
「何!? よ、余計なことを……!」
「エナ。あんなのと会話しちゃだめだ」
確かに、今は取り合わず逃げるべきだろう。レデヤ君はそういうつもりで言ったんじゃないだろうけど……
レデヤ君と止む無く大通りへ踏み出した途端、大きな炸裂音と共に爆風が起こり、髪を攫う。
この爆風は……つい最近、浴びた記憶がある。硝子騎士団が使っていた、あの魔具の爆弾だ。ということは……
案の定舞い上がった砂埃の中から現れたのは、硝子騎士団団長、レグ…なんとか、とか言った、眼鏡で足フェチの団長である。
「ああーもう! 次から次へと……!!」
「この硝子騎士団から逃れられると思っていたのか?」
焦燥を言葉にして大きく吐き出す。今更声を潜める必要もないだろう。すると早速レグさんから煽られてしまい、余計に腹が立ってしまった。
「だが……硝子騎士団ばかりに気を取られている場合ではないぞ」




