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13.夜空の上で Ⅳ



 駆け出して行ったモレウさんの背中を、二人で見送る。

 ここからは、あたしたちにはどうすることもできない。

 ……モレウさん……ここから、ロリネさんと上手くやれるのだろうか。


「……あのう……」

「えっ?」


 物思いに浸っていると、しばらくして、診療所の門から一人の女性が顔を出してきた。着ている白衣を見るに、どうやら看護師さんのようだ。


 ……まずい。見つかってしまった。花火に加えて、診療所近くで騒ぎ過ぎたのだろう。とどけに突然駆け込んできたモレウさんを見て、入口近くで隠れていたあたしたちまで見つけてしまったのだろう。

 幸いなことに、この町には掲示がまだ行われていないのか、はたまた闇夜でこちらの顔が見えていないのか、指名手配犯だとは気付いていないようだった。


「あなた方もお見舞いにいらした方ですか……?」

「ああっ…ハイ! 先ほどここに運ばれた……ええと、ロリネお嬢様のお父上のぉ………」

「あー、あのお屋敷の……」


 お父上の名前どころか姓も知らなかったが、なんとか会話を乗り切る。やはりここの町では有名な人のようだ。

 看護師さんは「大変ですよねえ……」とため息を吐く。


「お年を召されてから、咳と息切れが酷くなられて……」

「……え?」



   ◇



「ハア……久々に大声を出したんで噎せてしまったわ……」


 「儂も老いぼれたもんだ」と、ロリネさんのお父上がベッドの上で肩を落とす。

 あの後、看護師さんから許可を得て、あたしたちも部屋の近くの廊下まで連れてきてもらった。今はご家族がいらっしゃるので……の一点張りで、入り口の前のソファに座って待機……を装い、不用心にも開かれた扉の死角から中の様子を覗き込みつつ、会話に聞き耳を立てていた。


「……で、お前。名前は何と言ったか」

「あっ、は、ハイ! モレウと申します!」


 あたしたちが看護師さんとひと悶着している間、病室でも同様にひと悶着あったようだが、なんとか宥めすかせたようだ。

 だがそれも先ほどの一瞬だけのことで、お父上は先ほどのロリネさんや使用人たちに向けていたような、他者を威圧するような声色に変わってしまう。重態ではなかったとはいえ、つい先程まで倒れていたというのに、あの精悍な顔つきに相応しい剛健な人のようだ。


「……あれほど徹底して他人から遠ざけていたというのに、よくもまあロリネと接触できたものだな」

「そ、それは………」

「預言と照らし合わせるとこの上なく怪しいがな。それ以前に、警備の目を掻い潜って部屋に上がるとは……さては、盗人じゃああるまいな?」

「モレウさまはそんな人じゃありません!」

「ロリネは黙っておれ!」


 すかさずロリネさんが訂正するが、唸り声のような言葉で一喝されてしまう。

 遠くて見えないが、あの鋭い眼光でモレウさんたちを威嚇しているに違いない。クローゼット越しでも恐ろしい威圧感だった。あんな気弱なモレウさんが、それを直に食らって耐えられるとは思えない。

 部屋を隔てて聞いているあたしでさえ、気圧されている。……あたしはまあ……実際に騎士団の騎馬とかを窃盗した前科があるから、っていうのもあると思うんだけど………


「どうだ。今はともかく、我が家の資産目当てで盗みに入ったんじゃあないのか!? 返答次第では騎士団へ突き出してやっても良いんだぞ!?」


 お父上はドスの利いた声をますます低くして、モレウさんへ怒鳴り散らす。外で聞いているこちらまで、ハラハラしてくるくらいだ。

 それを受けたモレウさんはというと……顔面蒼白、行き場のない手は震えていて、先ほどのレデヤ君に見送られていった時の勇姿が嘘のように完全に萎縮してしまっていることが分かった。


 今までの言動を見ていたら分かる。モレウさんはただただひたすらにドジなだけだ……! ロリネさんのお屋敷のテラスに飛び込んできたのも本当に偶然で、きっと盗みを働こうなんて気はさらさらなかっただろう。

 もちろん、この数時間で他人の人となりを理解しきれるなんて思ってはいないけど……変な男ばっかり見てきたあたしの鑑識眼なら、多少の信憑性はあると思う。

 ……だけどあの萎縮のしようでは、図星をつかれて言い返せずにいる、と疑われてしまっても仕方がないだろう。モレウさん、どうなっちゃうんだろう……


「お父様…! 本当です! どうしてもというなら、言いつけを聞かずにモレウさまを招き入れたわたくしのほうを罰してくださいまし!」

「ロリネ……!」


 口を慎むよう言いつけられていたロリネさんが、懲りずに声を上げた。思わず名前を叫ぶモレウさん。

 それに呼応するように、モレウさんも「お父さん!!」と声を張り上げる。


「しょーじきオレは何と疑われたって、どうなったっていいんス! でもどうか……どうか、ロリネだけでも解放しちゃくれませんか!!」

「何だと!?」

「本人が出たがってるんス!! 何より……このままなら不幸は訪れないかもしれませんけど……その代わり、きっとロリネはその薄まった不幸をずーっと味わい続けることになると思うんス!! 安全でも……ひとりぼっちじゃ、辛いだけッス……だからせめて、使用人サンたちとだけでも……!」


 いつものマシンガントークでお父上に思いの丈をぶつけてしまうと、モレウさんは俯き、再び黙り込んでしまった。変わらず手は震えたままだったけれど、堅く握り締められている。

 お父上はというと、意外にも話を遮ることもなく、ずっとモレウさんの言葉に耳を傾けていた。それから再び口を開いたのは、話を聞き遂げ、深いため息を吐いた後のこと。


「全く……ロリネに庇ってもらう前に、とっととそれを言わんか、若造が」

「えっ?」


 まだ威圧感はあるものの、わずかに明るい声色になるお父上。直前まで話していたモレウさんをよそに、次はロリネさんに体を向けると……どういうわけか、深々と頭を下げてしまった。


「ロリネ。今まで部屋に押し込め、使用人からも遠ざけて……今もこうやって怒鳴り散らして、本当にすまなかった」

「お…お父様……?」

「あと、モレウとかいったか。脅すような真似をして悪かったな。お前が信用に足る男か見定めさせてもらった。それと……今回、娘と話すきっかけを作ってくれて感謝するぞ。だがまあ、ロリネは俺が守る、くらいは言ってほしかったもんだなぁ」

「すっ、スンマセン……」


 それから上げたお父上の顔には、先ほどの険しさは残っていなかった。先ほどまでの威厳が露と消え、年相応のくたびれたような印象だけが残っている。

 困惑する二人をよそに、お父上は話を続ける。


「改めてロリネと話して……いや、実の所それよりも前から………ロリネに不幸を齎す男というのは、儂のことだったんじゃないかと思うようになってな。だがやはり、お前の身に不幸が訪れるのも恐ろしく……気付けばもう、こんなにも長い歳月を過ごしていた」


 最後に「……改めてロリネは、どうしたい」と問いかけ、彼女からの返答を待つ。ロリネさんの返答は、やはり決まっているようだった。


「お父様……わたくし、どうしても不幸になるというのなら……何もせずに不幸でいるより、悔いなく生きて、不幸になりたいですわ!」


 ロリネさんの快闊な声が病室の外まで響く。

 それを聞き遂げると、お父上は力なく微笑みながら、でもどこか寂しそうに、窓の向こうへ目を向けてしまった。


「そういえば、久々に花火も上がっていたな……ロリネの新たな門出を祝うにお誂え向きだ」

「……! はい、お父様! でも、二発目がなかなか上がりませんわね?」

「あ、あー……アレは………一体何なんだったんスかね〜………」


 病室が和やかな空気で満ちていく。再びの想定外の展開に今度は安堵していると、それに水を差すように背後からぽんと肩に手を掛けられた。


「エナ、行こう」

「い、今!?」


 彼らの会話を聞き遂げることなく、レデヤ君があたしの手を引く。親身になって……というか野次馬根性で話に聞き入っていたあたしは面食らった。めっちゃイイとこなのに。

 小声で「もう行っちゃうの!?」と尋ねると、レデヤ君が「あれ」と言って、廊下から見える診療所の入り口を指す。

 そこには、忙しなく診療所前の道を横切る騎士団員たちの姿があった。思わずゲッ、と声を上げそうになるのを抑える。


 恐らく、先ほど打ち上げてしまった花火の騒音で動員されているのだろう。その直前にはロリネさんのお父上が診療所へ運ばれる騒動もあった。詳細を騎士団側が把握しているとは思えないから、更に警戒をしているはずだ。

 残念だが、今回も二人に別れを告げる時間は無いらしい。


「あいつはもう心配いらないよ。魔具ももうないし……行こう」

「う、うん」


 騎士団が診療所前を通り過ぎ去った後、レデヤ君はあたしの姿を隠すように肩に手を回し、そのまま廊下を引き返し始めた。


 それにしても……囮にするとか言っていた割には、モレウさんを叱咤して、ここまで見届けに来てくれるなんて。レデヤ君って、案外他の人にも優しいんだな。

 そういえば、昔、そんなことを面と向かってレデヤ君に言った気もする。店を出る前の頃はドタバタしていてあまり記憶がないから、もしかすると少し違ったセリフだったかもしれないけど。


「……エナ、これからどうする?」


 モレウさんの空飛ぶ鞄には、もう頼れなくなってしまったけど……あたしたちにだって、まだこの足がある。

 国外は、もう目前だ。



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