13.夜空の上で Ⅰ
帰ってきたロリネさんは、あれ以上の言葉は何も語らなかった。
間もなくモレウさんもテラスから戻ってきて、帰ってきた彼女の表情を見てすべてを察したのか、既に企てていたらしい脱出計画をあたしたちに向けて説明し始めた。
出立は夜。この町は建物が低く、遮蔽物も少ないため、昼間の空を飛んでいてはどうしても人目に付いてしまう。
万が一見つかってしまった時のために、花火を使うらしい。と言ってもロリネさんの好きな打ち上げ花火ではなく、爆発と共に周囲に火花を散らす爆竹のようなものだ。この街の特産品らしく、安価ですぐ手に入るんだとか。それでその場を攪乱するつもりらしい。
正直、今日出会った部外者からすると突発的な計画に思えたが、少なくともその場しのぎで逃げ続けているあたしたちよりは、それなりに真面目に逃走経路を考えているようだ。そもそもあたしたちはこの土地を知らないので、ケチのつけようもない。
日が暮れてきた頃、必要な諸々の道具の買い出しへモレウさんが向かってくれた。あたしたち指名手配犯は迂闊に町中を歩けないためだ。「テュルキエに慣れていない」という理由だけでなんとか押し付けられたが……道中、モレウさんが手配書を目撃しないことを願うばかりだ。
鞄で飛んでいくモレウさんを見送って再び一息つき、暇を持て余したあたしは、これまでの道のりを振り返る。
あたしのほうが、よほど行き当たりばったりばかりの人生だ。最近は特にひどい。徹夜時のテンションで山賊の根城を襲い、誘拐されていた子供をたまたま助け、その山賊に襲われた街を助け、そこで乗せてもらった船は難破し……そしていよいよ隣国へ逃げる算段はついたはいいが、その先はどうなる?
何より、周囲の人を振り回してばかりだ。なぜか勝手に着いてきているマゾ男とレデヤ君たちはともかく……いや、マゾ男だって敵の中に置いてきてしまったんだった。まあ、あいつのことだから無事ではあるだろうけど……
「……それにしても、この作戦、レデヤ君も協力してくれるとは思わなかったよ」
そこでふとある疑問を思い出し、レデヤ君に語り掛けてみる。すぐ近くにロリエさんがいるためか、今は何もしてこない。
あたしから話しかけられたのが嬉しかったのだろうか、確かな理由は分からないけど、レデヤ君はにこりと笑いながら返答する。
「ああ。最悪の場合、おれたちが国外へ逃げるための囮にもなるだろ?」
「えっ!? そ……そんなこと考えてたの………!? ダメダメ! そんなことしないよ!」
仮に騒ぎになったら、あたしたちのほうが目をつけられそうだけど……とはいえ、実はここの国境は元々さほど厳重ではない。国境を越えた先は砂漠。そもそも滅多なことで人がやってこない。砂嵐の起こっていない見晴らしが良い日はすぐに見つけられるし、まずその砂嵐もそう起きないらしい。
「そうか……でも、今後ほかの人と関わるのは、今回だけにしてほしいな」
「す、すみません……」
そう言われて委縮する。最初、靴屋さんの子供たちを送って行ってくれたのも彼とマゾ男だ。街を襲った山賊も、あたし一人ではどうにもならなかった。付き合わされる彼らからすれば、たまったもんじゃないだろう。
「これ以上おれ以外の男と接触させたくない」
「そっちか……」
……と思っていたのだが、どうも違ったらしい。
ただ今回ばかりは……どうしても、ロリネさんを見過ごすことはできなかった。
何より―――
「……親って、あんなもんなのか?」
「え?」
ロリネさんについて考え込んでいると、レデヤ君の言葉で遮られる。
親。きっとロリネさんのお父上のことだろう。囮だなんだと言っていたけれど、ロリネさんのことを気にはしているのかな。……いや、あたしへのこの執着っぷりを見るに見当違いだろうか。
とりあえず、レデヤ君からの問いかけに私見を答えてみる。
「うーん……父親としては、まあ……ああなっちゃうのも分かる……気はする。やっぱり、娘が危険に晒されるなら家に閉じ込めてでも……って思うんじゃない? 分かんないけど」
思いついたままに言葉にしてみたら、少々まごついた内容になってしまった。
だがレデヤ君はそのことを指摘せず、ただ一言「そういうものなんだね」と独り言のように返す。あたしからは、レデヤ君にそれ以上のことを訊ねることはできなかった。




