12.空飛ぶ旅客鞄 Ⅲ
「わたくし……お父様に、この塔に幽閉されているんです」
この件はモレウさんも知っていたようで、今ばかりは口を閉ざし、神妙な顔で俯いていた。
ロリネさんは、この町一番の富豪の一人娘。いわばお嬢様だ。お父上の手によって、たいそう大事に育てられてきたらしい。お母上は彼女が幼い頃に早逝されてしまったそうで、このことも相俟ってお父上からは溺愛されているそうだ。
それが、十五歳の誕生日が訪れる頃、ある占い師がロリネさんに下した預言によって、状況は一変する。
預言の内容はこうだ。
〝一人の男によって、彼女に大きな不幸が齎される〟―――
それはいつになるのか、どのような不幸なのか。それ以上の内容は知らされなかった。
だが、お父上はこの預言を信じ切ってしまい、いつ来るかも分からない不幸を過剰に恐れ……ロリネさんを、この塔のような屋敷の最上階に軟禁しまったのだという。
彼らは知る由もないだろうが……あたしにとってはこれまた覚えのあるシチュエーションだった。
シレンさんのときもそうだった。もしかしてこれも、あの神っぽいヤツの仕業なのだろうか。彼女はあいつの声に応えた結果、まるで人魚姫の物語をなぞるような悲劇に見舞われることになったのだ。
考えすぎだと良いけれど……。
あたしが杞憂する横で、ロリネさんは続ける。
「楽しみといえば、年に一度ある花火を眺めることくらいでしたの。ただ、ここ三年はずっと天候や街の情勢のせいで中止になっていて……女の使用人であっても、共謀して外に出てしまわないようにと、一切話させてくれなくて……。父も男ですから、大事を取ってとわたくしとはあまり接触しないようにしているんです。なんにもない部屋でずっと一人でいて、寂しくって……」
そんな軟禁状態の彼女がモレウさんとなぜ出会えたのかといえば、やはりあの魔具だ。
まだ空飛ぶ鞄の制御が効かずにいた頃、練習で空を飛び回っていたモレウさんが屋敷のテラスに飛び込んできたのだという。
父を呼ぼうか逡巡したものの、最終的に好奇心と人恋しさに負けてしまい、ロリネさんは遂に言いつけを破って、モレウさんと接触してしまった。
ロリネさんにとって数年ぶりにできた話し相手。モレウさん自身もこの通り口が達者なので、退屈することは一瞬たりともなかったという。
一方のモレウさんはというと、ロリネさんに一目惚れ。それから度々彼女を訪ねるようになり、それから恋に落ちるのも時間の問題だったという。
空路では侵入の痕跡は一切残らないため、今日まで気付かれずに済んでいるようだ。先ほどテラスから部屋に入ったのもこのためだろう。
あたしたちが指名手配犯だと気付いていないのも、きっと指名手配の掲示を目にする機会がないからだろう。モレウさんも一向に気付かないのは妙だが、彼は彼で魔具で空路の移動ばかりで、なかなか掲示を目にするタイミングがないのかもしれない。はたまた、興味が無くて覚えていないのか……。
彼女たちにとっては辛い状況だろうが、ひとまずこの場であたしたちの素性はバレることはないだろう。
「……ロリネ!!」
密かに胸を撫で下ろしていると、黙っていたモレウさんが突然声を張り上げた。
そしてロリネさんに駆け寄ると、力なく重力に従っていた彼女の手を取り上げ―――
「やっぱり……このまま逃げよう!」
何を言い出すかと思えば、脱走を勧め始めた。
再びの急展開に、部外者にもかかわらず思わず口を挟んでしまう。
「も、モレウさん……ここから逃げるんですか?」
「ハイ。本当は商売が軌道に乗ってから、隣国まで逃げようって思ってたんスけど……それじゃもう、いつになるか分かんねーし……」
「隣国、っていうと……」
「あの、砂漠の向こうのアルシャジーラです。あそこはただの移動ですらやっとなんで、空路が拓ければ儲かると思って……」
モレウさんが口にしたのは、奇しくも再びあたしが目的とする場所だった。
このままあの魔具を使って一緒に逃げられるのであれば、こちらとしても幸い―――なのだが。
言えた口ではなかったが、モレウさんの計画がどうも見通しが甘いように感じ、好都合だと思うより先に老婆心が出てしまう。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、モレウさん。一旦ロリネさんの意見も聞きましょう。ね?」
二人の間に割って入って、ロリネさんに目を向ける。ロリネさんはあたしと目が会うや否や、また俯いてしまった。
「……わたくしも……こんな生活、もう限界ですわ」
この数年間、彼女もずっと耐え忍んできたのだろう。あたしには痛いほど分かる。
ぐったりと落ちたロリネさんの肩を片腕で包み、モレウさんはこちらに目配せをしてきた。
「具体的にその不幸っていうのが分からないから、なんとも言えませんが……あたしも訳あって、少し前から色んな人から逃げてるんです。大変だけど…昔よりはずっとマシだって思えますよ」
―――その逃げている色んな人の内の一人が、今真横にいるレデヤ君だと知ったらどういう顔をするんだろうな、この二人……。
「でも」と前置きをしてから、話に付け加える。
「……ロリネさんのお父さんが、まだまともな話し合いができる状態か分かりませんが……できれば、最後に一度だけ、話をしてから出て行った方がいいと思います。きっと、後悔するから……」
やり方が間違っていたとしても、この軟禁生活はロリネさんの身を案じてのことだ。そのことはきっとロリネさんも理解している。最後に話をしておかなければ、将来、胸のつかえになる。話をして、ここから逃げ出す決意がより固まるかもしれない。どちらにしても救われないけれど……。
あたしの提案を聞き遂げると、ロリネさんは一拍置いて、意を決したように顔を上げた。
「……分かりましたわ! 一度、お父様とお話をして……それから、考えようと思います。それでは!」
「はい。……え? 今?」
ロリネさんはそれだけあたしたちに言い置くと、先ほどお父上が出て行った部屋のドア近くの伝声管のようなものに声を掛けた。部屋の鍵を開けてくれと伝えているようだ。
それからあたしたちをドアの死角に追いやると、やってきた使用人の共にそそくさと降りて行ってしまった。今話してこいとは言ってないんだけど。二人揃って行動力の化身かこのカップルは―――
脳内でツッコミ終えた所で部屋に残されたモレウさんの存在を思い出し、あたしは弾かれたように彼に向き直った。
「す、すみませんモレウさん……部外者がしゃしゃり出てしまって……」
「いえ、ゼンゼンいいっスよ! オレら二人だけじゃ、考えが凝り固まっちまうし……それに、お二人のおかげであの魔具は物入れれば飛べるって分かったんで、脱出も現実的になったっス!」
そういえばこの魔具、最初はモレウさん本人が中に入って移動していたんだっけ。流石にいずれは自力で気付けたとは思うけど……
さて、これからは本題だ。薄情だが……あたしたちに用があるのはそちらの魔具。二人と同じ、国外への脱出だ。
こちらからは切り出しづらかったが、先ほどの話を掘り返す。
「その件なんですけど……実はあたしたちも、アルシャジーラまで行くつもりだったんです。図々しいですが……もし良ければ、手伝う代わりに連れて行ってくれませんか?」
「え!? 手伝ってくれるんスか!? ぜひぜひ!! イヤ、まだ逃げるって決まってないスけど!」
とは言いつつ、モレウさんは脱出する気満々なようで、直後に「魔具の調整してきますね!」と叫び、意気揚々とテラスへ出て行ってしまった。やはり二人とも行動力が凄まじいな。
ロリネさんの広い部屋に、あたしとレデヤ君の二人、部外者だけが取り残されてしまう。
モレウさんの背中を見送っていると、隣で一連の騒動を静観していたレデヤ君が、久々に口を開いた。
「ひとまず、隣国まで逃げる算段が整ったね」
「ああ、うん。ごめん、またあたしだけで勝手に決めちゃって……」
「エナが決めたことに反対なんてしないよ」
案の定、レデヤ君の返答はいつもと変わらない。やはり居心地が悪いが、今の状況ではありがたい限りだ。
ただ……他人を利用するのは、やはり心が痛む。まあ元々モレウさんを利用する形では移動してきたのだけれど、まさか彼らがこんな境遇に置かれていたなんて。
……〝一人の男によって、彼女に大きな不幸が齎される〟か。占いによくありがちな、どうとでも取れるフワッとした内容だ。
この世界では占い師は比較的メジャーな職業だ。だが、その正確性はピンキリ。ここまで固執するとは思えない。お父上がスピリチュアルなものを信じ込んでしまう方なのか……はたまた恐ろしく当たる占い師だったのだろうか?
それにしてもあたしたち、誘拐やら盗賊やら行く先々で困っている人ばかりに遭遇するな……。
そこでこれまでの道のりを思い返し、あたしははたと気付く。
「あのさ……災いって、もしかしてあたしたちのことだったりしないよね……?」
もしくは預言の〝一人の男〟というのが、モレウさんではなくレデヤ君であるなら。
これまではたまたま運良く事が運んだけど―――いや、今綺羅騎士団やシレンさんたちがどうなっているかは分からないけど―――今までのように、あたしたちが災いそのもの、またはその発端になってしまったら。
そう考えると、あたしたちは脱出の場に居合わせるべきではないのではないか―――
その不安を思わず吐露してしまうと、レデヤ君はあたしの両肩に手を置き、体をそっと寄せてきた。
「大丈夫だよ。エナはおれが守るから……」
……いや、そういう話じゃないんだけど……。
何度目かになる心の中でのツッコミに気を取られ、あたしは数秒置いてようやく体の自由を奪われてしまったことに気付く。
「……やっと落ち着ける場所で、二人きりになれたね」
あ。やばい。完全に油断してた。今までは休憩と逃亡が最優先だから何もしてこなかっただけで、本来レデヤ君に隙を見せたら、こうなるんだった。
ああ。こんなとき、マゾ男が居てくれれば―――
そう思った直後。ばたん!と部屋の扉が勢いよく開かれた。
まさかマゾ男が来てくれたのか、なんて都合のいい展開が脳裏を過ぎるが、もちろんそんなことはなく。
扉の向こうにはマゾ男ではなく、ロリネさんが立っていた。
……両目の縁に、涙を浮かべて。
「……お願いします、皆様……」




