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12.空飛ぶ旅客鞄 Ⅰ



 暗闇の中、光る鉱石のかけらを片手に洞窟を出てから、あたしは外もまだ薄闇に包まれていることを知った。それなりの時間睡眠を取れたと思っていたが、まだ夜も明けていないらしい。


 そうして本物の星空の下に出た後、あたしとレデヤ君が眺めることになったのは―――せせこましい(トランク)に、自分自身を詰め込もうとしている奇妙な男だった。


「……あの。これ、何してるんですか?」

「おい……ヘンな趣味をエナに見せつけるな」

「え!? いや違う! 違うんスよ! こうやって使うんス、この魔具は!」


 レデヤ君の無遠慮なツッコミを真に受け、彼も新手の変態だったかと身構えてしまいそうになるが、こちらに害は無いので正直レデヤ君よりはずっとましだ。


 このバリバリ体育会系な口調の彼の名は、モレウ。あたしたちが潜伏していた洞窟にやってきた謎の人物で、先ほど見つけた鞄の持ち主だ。


 あたしの読み通りこの鞄は魔具だった。類を見ない貴重品なので、盗まれないようこの洞窟に保管しているのだとモレウさんは語る。

 つい先ほどまで、レデヤ君に物理的に捕縛されていたモレウさん。レデヤ君はともかく、あたしは口封じに軽く脅してすぐ解放するつもりだったのだが、「魔具あげるから解放してください~!」と泣きながら命乞いをされ、今に至る。

 こちらとしてはここで足踏みしていられる状況ではなかったが、彼が命乞いをする立場にも拘らずあまりに強引だったこと、そして職業柄魔具の性能が気になってしまったこともあり、一度その場に立ち会うことにした。


 そして現在、モレウさんはその鞄の中に自分自身を詰め込もうとしている。


「で―――これって本当に〝空飛ぶ鞄〟なんですか…?」

「うス! オレが中に入ったトタン急に浮かび上がって、チョード行きたかった隣町まで飛んでったんスよ! 初めて飛んだときはチョービビりましたよ! でも町中で使うと目立っちゃうんで、フダンはあの洞窟に隠してるんス。中に入るまでこんなふうに時間かかるから、その最中を見られるのも気マズイし。あと、コレだけでもケッコー重量あって、持ち歩くのメンドーなんスよ。といってもオレ、これ以外に所持品ないんスケド―――」


 どういう経緯で、なぜ鞄の中に入ろうとしたのかが気になるが、言及してもろくな話ではなさそうなのでやめておく。そしてそれ以前に、このモレウさんのマシンガントークの合間に割って入る強引さが自分には無かった。

 禁固が解かれたことで緊張も解れたのか、はたまた元々話好きなのか、モレウさんはえらく饒舌だ。今も本題から逸れ、尋ねてもいない身の上話を続けている。これ以上話が長くなるのは避けたい……が、魔具を見せてもらっている手前、無下にはできない。


 そして何よりこの魔具は〝人と一緒に空を飛行できる〟のだという。

 もしそれが本当で、かつ国外まで飛んでいける力があるのであれば……逃亡が一気に簡単になる。


 それを思いついた瞬間、マゾ男の姿が脳裏を過った。

 今でもそれなりに離れてしまっているというのに、空路を使えばますます彼との合流が難しくなってしまう。


「……エナ」

「ん?」


 脳内では今後のことを考えつつ、話を聞いている体で一応相槌を打っていると、隣で黙り込んでいたレデヤ君が不意に耳打ちしてきた。


「こいつを倒して魔具を頂戴しよう」

「えっ!?」

「実際に飛べるか確認した後、こいつから奪って国外まで飛ぶ」


 レデヤ君の物騒な提案に驚いて思わず声を出してしまったが、それでもモレウさんの話は止まらなかった。

 どうやら彼は相槌を打たなくても喋り続けるらしいことが分かったので、不躾ながらあたしは彼の長話に耳を傾けるのをやめ、目の前で堂々とレデヤ君と密談を交わし始める。


「いやダメダメ! 騎士団はまあ……仕方ないけど……この人一般の人だよ? 倒すまではしなくていい! あと本人はくれるって言ってるけど、実際は脅されてビビってるだけだし……使わせてもらうだけでいい。これ以上他人を巻き込めないって……!」

「そうなの…? 騎士団の騎馬を盗むのとあんまり違いが分からない」


 まあ実際、騎士団も一般人も関係なく、盗みは盗みだ。こんなの個人的な裁量…ぶっちゃけ騎士団への私怨が若干混じっている。それでも一般の人を巻き込むのは気が引ける。

 目の前でわちゃわちゃしていると、モレウさんはようやく話を聞いていないことに気付いたらしく、こちらに話を振ってきた。


「あ! スンマセン、なかなか起動できなくて……ちょっと待ってくださいね……」

「あーいえいえ! 大丈夫ですよー!」

「クソッ、ゼンゼン入んねー……太ったかな……」


 モレウさんは未だに体を鞄に入れようとあくせくしている。

 ……これ……本当に人を入れないと動かないのか?

 もしそうなら、自分を詰めて自分だけ逃げようとしているのかもしれない。はたまたこれは盗品で、彼は本当の動かし方を知らないのかもしれない。今までの言動を見るに、モレウさんはただ単に挙動不審な人である可能性が今一番高いが……


「……あの、モレウさん……」

「ハイッ?」


 ここであたしは初めて、モレウさんに口を出す。

 手招きをしてモレウさんに鞄から出るよう促し、空になったそこに先ほど洞窟から持ち出した鉱石の欠片を入れてみた。完璧に闇に閉ざされた洞窟内の光源としては有用だが、星空の光がある外で使う光源としては心許ない。今後使うこともないだろう。


 鞄は少しの間を置いた後、ひとりでにバタンと閉じ、ふわりと宙に浮いた。

 この光景に一番驚いていたのは、モレウさん本人だった。


「エッ!? 浮いた!?」

「なんでおまえが一番驚いてるんだ」

「コレ人以外を入れても浮くんスね! 初めて知りました!」

「他に入れる物なかったんですか……?」

「イヤ~……しばらくこの鞄と身一つで生きてきたモンで……」


 そういえばさっきもそんなことを言っていた気がする。それにしたって、一つも入れる物がない状況なんてあるのかと疑問に思ったが、あたしたちも今地図以外にこれといった所持品が無いということに気付いたので寸前で撤回した。どうやらモレウさんも訳アリらしい。


「ヨッシ! んじゃ、どこまで飛んできますか?」

「あ、ああ……これに?」


 意気揚々と語るモレウさんに再び当惑させられる。この鞄、大きいとはいえ、大の大人三人が乗れるようなスペースはない。〝乗る〟というか…〝しがみつく〟が正しいな……。

 搭乗方法が不安ではあるが、今はひとまず置いておいて……まずは次の行く先を考えねば。

 モレウさんもこの時ばかりはあたしの返答を待ち、お喋りを中断してくれた。


 そして、ようやく気付く。少し遠くから、複数の足音が近付いてきていることに。

 地面が石とはいえあまりに硬く、重く、そして規則的だ。これは、獣の蹄の音ではない。

 騎士団の鉄靴の音―――


「エナ、この足音……」

「やっば……!」

「アレッ? 人スかね? こんな山奥にめずらしー……」


 事の重大さに気付き焦るあたしたちの隣で、呑気そうに不思議がるモレウさん。騎士団でないにしても、夜間にこんな場所にいる輩なんてそれこそ山賊がならず者だ。もう少し危機感を持ってほしい。

 つくづくタイミングの悪い奴らだ。いや、彼らからすればタイミングは良いんだけど……


 安全面での不安は残るが、そうも言っていられなくなった。あたしはモレウさんに端的に「テュルキエまで!」と伝えた。

 テュルキエというのは、この国の最南端にある街の名だ。現在地から最も近い、国外と陸続きで繋がっている土地―――その名を出すと、モレウさんはおおっと声を上げる。


「ちょうどイイ! 実はオレ、訳あって今そこを拠点にしてるんス! すぐ案内できますよ!」

「わ、分かった! 分かったんですぐ行きましょ!」


 声量を抑えて!と言おうと思ったが、今はそれすらも惜しい。

 あたしのお願いにモレウさんは「ウッス!」とこれまた大きな声で了解を返して、僅かな鞄の持ち手を掴む。そしてここで初めて気付く。

 持ち手の幅が、三人で共有するにはあまりに心許ないサイズだ。こんなものに掴まっていては振り落とされてしまう―――


「エナ」


 そんな思案の最中、突然レデヤ君が名前を呼んんできたと思うと、片手で抱き着いてきた。

 浮かび上がっていた杞憂がすべて吹っ飛ばされてしまう。


「エナはおれに掴まって」

「あ、う、うん!」


 一瞬、こんな時に何だと困惑してしまった。申し訳なさと少しの気恥しさを感じながら、彼の背に両手を回す。

 その後、レデヤ君が鞄の取っ手を掴んだところで、鞄は遥か上空へと飛び上がった。


 周囲は薄暗く、晴夜だったが光源が少ないために視界不良。

 上空から地上を見下ろすと、出発地点から少し離れた場所に点々と光の粒だけが辛うじて確認できた。恐らくはあの足音、もとい騎士団の篝火だろう。


 追っ手があの場所まで追いついたということは……マゾ男は一体どうなったのだろう。

 騎士団、特に硝子騎士団の人員は無尽蔵とも言える。彼が強いといえども一人では対処できない。数名の追っ手を逃してしまったのだろう。

 きっと倒された訳ではない。そう思いたい―――いや、魔具でも倒されないあいつなら絶対に大丈夫だ。

 でも……あいつは今、どこで、何をしているのだろう。それだけが、あたしの後ろ髪を引いた。


   ◇




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