11.星空の下で Ⅰ
最北の港町・ケプンハーンを離れ、夜通し騎馬を走らせてから夜が明けた。
目的地は変わらず国外だが、今はとにかく町から離れることを優先している。
周囲は露岩が連なる丘陵地。硝子騎士団相手では徒労に終わる可能性が高いが、騎馬の痕跡が可能な限り残らないよう岩場を進んでいる。
やっと出てきた太陽を頼りに方角を確認しつつ、運転手のマゾ男に適宜進行方向の指示を出していく。
…それはそうと、運転は出立時から代わらずに彼に任せきりだったな。
「マゾ男、運転続けても大丈夫?」
「ああ。問題ない。それよりこの方角で間違いないか?」
「うん、大丈夫。一旦はこっちの……」
彼に地図を見せるため、運転席に身を乗り出す。一時的に地図から目を離すと…あるものが目に入った。
「……あんた、今ナルディストみたいになってるよ……」
日が落ちていた間はあまり気にならなかったが、マゾ男の服はほとんど焼け落ちており、逞しい胸筋や腹筋が日の元に晒されてしまっていた。
魔具での爆撃に加えて、あのレグなんとかさんが履いていた魔具での攻撃をモロに受けたのだ。本体は無傷でも、服は無事では済まない。
ただでさえデカくて目を集めるのに、このままだとますます目立ってしまう……あたしの服を貸そうかと思ったが、サイズの合わない女物を無理矢理着せるとより変態度が増してしまいそうだ。
レデヤ君の服を貸してはくれないだろうか……うっすら期待しながら、助手席に座る彼に目を向けてみる。レデヤ君はあたしのことを見つめていたようで、はたと目が合ってしまった。
レデヤ君はコメントを促されたと勘違いしたらしく、マゾ男に「エナが目の毒だと言っているぞ」と悪態をついた。そこまでは思っていないけど、まあ確かに目のやり場には困る。
「ついでに服も頼んどきゃ良かったな……」
「今頼んでみるか?」
「え?」
何気なくこぼした冗談をマゾ男が拾う。どういう意味かと尋ねる前に、マゾ男が来た道を視線で指し示して答えた。
「じきに追っ手が追いつくぞ」
「い!?」
言い振りからしてマゾ男は前から気付いていたのだろう。「今言う…!?」というあたしのツッコミに「遅かれ早かれ、この場所では逃げようもなかったろう」とマゾ男は冷静に返した。
確かに、周囲に騎馬ごと身を隠せる場所はない。仮にあったとしても、硝子騎士団相手では隠れてやり過ごすのは難しいだろう。
だが、追手を寄越してくること自体は想定内だ。こちらには人質もいないし当然だろう。
騎馬後方を見渡すが、今のところ敵の姿は一切見えない。だが、高台に登り詰めた時に改めて見下ろすと、遠方にゴマ粒サイズの騎馬が数体見えた。あたしたちが搭乗しているバギーのような車体ではなく、いつものバイク状の騎馬で、目に見えて速い。恐らく向こうからもこちらの姿は見えているだろうし、すぐに追いつかれるだろう。
再び進行方向に目を向ける。遠くに岩山が見える……あそこなら多少は身を隠すことはできるだろうけど、騎馬は侵入できない。とはいえ、この開けた道を走り続けながら、尽きない追手を相手し続けていても埒が明かない。マゾ男とレデヤ君がいるとはいえ、硝子騎士団の人数は凌げないだろう。
「……あの魔具持ちは居ないようだな……今の人数なら俺一人で十分か」
追手への対応を考えあぐねていると、マゾ男が運転を続けながら何やら独り言を呟いていることに気付く。
「……マゾ男? まさか戦おうとか言わないよね?」
「お前らはまだ本調子ではないだろう? レデヤ、運転は任せる。後で落ち合うぞ」
「あ? ああ…」
困惑するレデヤ君にハンドルを持たせてから、マゾ男は後部座席に飛び乗り、蹴るようにして車体から飛び降りた。
騎馬が急発進したように進行方向へ押し出され、大きく揺れる。体勢を整えてから後方を覗き込むと、マゾ男が高台を飛ぶように落ちていき、悠々と岩肌を駆け出していくのが見えた。
「まっ、マゾ男―――」
「エナ、逃げるよ!」
高台を下っていくと、丘に遮られてマゾ男と追手の姿は見えなくなってしまった。
こうして……敵の介入ではなく、まさかの本人の意思で、あたしとマゾ男は一時的にはぐれることになったのだった。