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10.美しき魔具 Ⅴ



 闇の中、騎馬の走行音が響く。

 町の灯りは遠ざかり、騎馬のヘッドライトの範囲外は完全な暗闇に閉ざされていた。曇っているらしく、月明かりも一切ない。


 まさか、最後の最後でケセの勘違いに助けられようとは。

 それにしても……


「……この魔具、言葉足らず過ぎだよね」


 手元に残していたナイフに目を向け、あたしは独り言ちる。

 この魔女のナイフは、対象を刺殺せずとも、ほんのわずかな血に触れるだけでも良かったわけだ。そう思うと、本当に性格が悪い魔具だ。

 僅かな光源に刃をかざすしてみると、魔具の紋章が薄れている。恐らく、先程の使用したことによって魔力を失ったのだろう。これはもう、ただのナイフだ。


 もう効力はないけれど、あたしの所有物じゃないし、あの場所に置いてくるべきだったかな……。

 シレンさん……何もお礼ができなかったな。体を治したのは偶然だし。別れの挨拶すらできなかった。それどころか、あんな大事に巻き込んでしまうなんて。

 ……かすれていても、元が綺麗だと分かる素敵な声だったな。ケセのあの反応を見るに、きっと、一度聞いただけ覚えてしまうような声なんだろう。


 途中まではいよいよ人魚姫の物語そのままだから、このまま報われず終わってしまうんじゃないかと不安だったけど、察しの悪い王子様もようやく気付いたことだし……その王子様が恐らく懲罰を食らうであろう点以外は、ハッピーエンドだ。シレンさん、あと船長にも処罰が下らないことを願おう。


 ……そういえば、人魚姫で思い出したことがもう一つある。

 家に匿って看護をしてくれていたのはシレンさんだったけど、そこまで抱えてきてくれたのはマゾ男だった筈だ。


「……あんたにもちゃんと言ってなかったね、お礼」

「構わん」


 あたしが語りかけると、マゾ男は顔を騎馬前方へ向けたまま、素っ気ない一言を返してきた。


「まあ、息をしていなかった時はどうなるかと思ったが……」

「……そ、そんなヤバイ状況だったの?」


 もしかして、そのせいで転生直前と同じ空間に飛ばされたのだろうか?

 あたしが驚くと、マゾ男は難破して浜へ打ち上げられた時の回想を更に続ける。


「ああ。それで、昔習った応急処置を行ったんだが、それなりに効果はあったらしいな」

「なにそれ」

「顎を上げて、口から空気を送るんだ」


 それを聞いて、あたしは声を失う。

 ……口から、空気を?


「あんた……それって、じん、じ、人工……こきゅ………」


 顔を真っ赤にして黙り込んでしまったあたしを見て、マゾ男の隣に座っていたレデヤ君が首を傾げる。寝起きの為かぼーっとしていたが、あたしが普段見せない反応であることに気付くと、後部座席に振り向き、あたしに掴みかかる勢いで声を荒げた。


「エナ? ジンコウコキューってなんだ? おまっ……おい! エナに何したんだ!? マゾオ! おい!!」


 沸き起こってきた羞恥心とレデヤ君の叫び声に追い込まれた意識のどこかで、この旅路は息を吐く間もないなと、呆れ混じりに苦笑するのだった。



   ◇ ◇ ◇



 エナが発った日の翌朝、真珠騎士団に更なる来客があった。硝子騎士団団長レグティフが予め招喚していた、とある騎士団の団長だ。

 真珠騎士団応接室にて。その団長である赤毛の青年は、ソファで自身の赤い癖っ毛をいじりながら、呼び出した張本人であるレグティフの報告を受ける。そしてそれを聞き遂げると、髪をいじる手を止めてから、意外そうに声を上げた。


「レグ……まさかあの君が敵を取り逃すなんてね」


 間を置かず「それも、君好みの美脚の子なんだろ」と茶化す青年。ソファに腰を下ろさず、窓際で落ち着きなく鉄靴を鳴らしていたレグティフだったが、それを聞くと足を止め、居心地が悪そうに眼鏡をかけ直した。それから一拍置き、言い訳がましい言葉を続ける。


「無論、残していた団員に追躡させている。取り逃しはしない」

「君の魔具も効かなかったんだろう? もし追手が見つかったらどうにかなるかな……」

「うちの団員はそこまで弱くはない」

「じゃあなんで僕を呼んだのさ」


 その問いかけに、再び眼鏡をいじるレグティフ。室内に再び鉄靴の音が響き始めた。


「クロラグニアに続き、俺まで取り逃しては……騎士団の沽券にも係わる」

「私的な理由じゃないのー?」

「不服だが……やはり貴様の手も借りねば、あれには敵わん。共に後を追うぞ」

「職権乱用だじゃない?」

「やかましい」


 とりとめのない応酬の末、青年は深いため息を吐きながら、前のめりになって自分の膝に肘を着く。

 だがそのため息は、レグティフへの落胆を示すものではなく……まだ見ぬ女への期待からくるものだった。


「でも僕もその子、気になるなぁ……」


 「はやく会いたいな」と微笑む青年。

 エナたちの旅路に、新たな脅威が迫っていた。




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