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10.美しき魔具 Ⅲ



「一応、名乗らせてもらおう―――俺は硝子騎士団団長、レグティフだ」


 あたしの予想通り……彼らは硝子騎士団。そしてこの男こそが、その団長だった。


 まさか、彼らにあたしたちのことが伝わってしまうなんて……

 ただ今回は…町民とは一切顔を合わせていなかったけど、真珠騎士団にはとっくに顔がバレていたから、伝わるのも時間の問題だったろう。

 ……ん? ということはあの団長、運命だなんだと言いながら、指名手配犯だと気付いてあたしを売ったのか……?


「散々振り回しといて…あンの団長め……」

「あの団長……? ケセのことか?」


 思わず漏れてしまったあたしのその言葉が聞こえたらしく、レグさんは「まさかあいつ、指名手配犯だと気付いて黙っていたのか……」と深くため息を吐いた。

 …この言い振りでは、真珠騎士団からのタレコミでこの家まで来た訳ではないらしい。

 ベッドは玄関からも見える位置にあったけど……レデヤ君はシーツに包まっていて顔は見えなかっただろうし、船長は指名手配はされていない。あたしたちの姿もあの位置からは見えていなかった筈だ。

 思わず「じゃあ何で……」と疑問を吐露すると、その一言であたしの疑問を全て汲み取ったのか、レグさんは一つ咳ばらいをしてから、ご丁寧に説明を始めた。


「そこの靴だ」

「え?」


 部屋の中を振り返って足元を探してみると、玄関からでも見える位置にベッドの下に置かれた靴があった。

 それはいつかレデヤ君が靴屋で買ってくれた赤い靴で、数少ない流されなかった所持品の一つ。水没して濡れてしまっていたので、所持品一式を外に出して乾かしていたのだ。


 あの靴屋の人たちが密告したとは思えない。そういえば、買い替える前の靴は騎士団支部近くに脱ぎ捨てて来てしまったけど……まさかそのサイズで判別したというのだろうか? 白雪姫、人魚姫ときて次はシンデレラかい、と心の中で突っ込みを入れる。

 とはいえ、目視だけで靴のサイズなんて測れないだろうし―――


「二十三・二五―――現場に落ちていた靴よりやや小さいが、同じ持ち主だろう」


 思案の最中、レグさんが放った言葉に背筋が凍る。

 いつかレデヤ君が調べたものよりも、ずっと正確なサイズだ。

 そして彼が言う通り、落としていった古い靴と今の靴はサイズが違う。冒険者用の靴は女物がなく、駆け出しの頃はオーダーメイドをするにもお金がなかったので、仕方なく男性用で最小の……それでもぶかぶかなサイズのものを購入したから―――


「サイズが無かったのか、はたまた性別を偽るつもりで男物を履いていたのかどうかは知らないが、後者ならよしておけ。女が履いていたかどうかなど足底板の凹みからすぐ分かる。そこから本来のサイズを測ることもな。貴様の足の大きさ、形状であればあの靴が適正サイズだ―――それと、右足に重心を掛ける癖があるようだが控えるべきだ。今履いている靴も同じように既に左右のバランスが崩れている。そうだ……貴様、爪も切り過ぎているのではないか? 先端が妙な抉れ方をしていた。サイズが合わないものを履いていると爪先が痛むだろう。足も変形し、靴も壊れやすくなる……」


 再び心の中を見透かされたように言い当てられ、あたしは絶句する。結果、不本意ながら彼の変態マシンガントークをすっかり聞き遂げてしまった。

 まさか歩き方だけでなく爪の切り方まで当てられるなんて……それ以上に、履き古した靴を細部まで調べられたことの方がメンタルに来ている……。


「つ、次は足フェチかよ…!」

「ふぇち…? 何だその言葉は……ニュアンスは分かるが……どちらかというと靴が好きだ」

「知らんわそんなん!!」

「下がっていろ、エナ」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐあたしを、マゾ男が片腕を上げて制止する。

 彼の背後に回っていたので顔は見えなかったが、ケセの時とは違って声色が変わっているところを見るに、単純に彼と戦いたいだけなのだろうと察した。


 このタイミングであたしは部屋に戻り、車椅子を押してシレンさんを部屋の奥へ避難させる。

 それからベッドでシーツに包まったままのレデヤ君に駆け寄り、寝入った所で申し訳なかったが叩き起こす。


「レデヤ君! 逃げるよ!!」

「……んん、エナ…? 一緒に寝たいの? 良いよ……」

「いや今そういうの良いから!!」


 起きたは良いもののレデヤ君は寝ぼけており、そんなことを抜かしながらこちらに覆い被さってきた。あたしはそれを避け、シーツを剥ぐようにして彼をベッドから引きずり下ろす。


 その間、家の外から微かにマゾ男とレグさんの会話が聞こえてきた。

 レデヤ君の準備を待たず、あたしは玄関先へ引き返す。


「お前らの中では、あいつは冤罪をふっかけて回っている女らしいが……たかだかその程度の女を、何故騎士団総出で捕まえようとしているんだ?」

「……何を言っている。貴様ら、クロラグニアが留まっていた騎士団支部を襲撃したのだろう。施設破壊、暴行、逃亡幇助に業務妨害。それだけで十分な罪状だ。騎士団の沽券に大いに拘る……」


 自分の中ではすっかり過去の出来事になっていた例の襲撃事件の惨状が脳裏に浮かぶ。申し訳なさで胸がいっぱいになるが、レグさんはすぐ話題を切り替える。


「ただ、今回はその件ではなく―――」


 カツ、カツ、と、硬い音が一定間隔で鳴り響いた。彼の貧乏ゆすりによる靴音のようだ。

 音に釣られて彼の足元を見遣ると、僅かに大きなサイズの鉄靴を履いていることに気付く。あれほど靴のサイズに細かい男にしては意外に思えた。自分のものには無頓着なのだろうか?

 なんて思っていると、レグさんはそこで再び話を切り替えてしまった。


「……俺としたことが。すぐ喋り過ぎてしまうな」


 他にも理由があるようだが、教えてはくれないらしい。……なんとなく、予想はつくのだが。

 ……あたしに向けたマシンガントークの時も踏みとどまってくれたら良かったのに……


「話は後だ。やれ」


 そう言うと、周囲から一斉に火が熾り―――マゾ男の足元めがけて放たれた。

 転がり込んできたのは、カボチャに似たこの世界の果菜を模した、小型の魔具。

 先程説明した魔具よりは遥かに安価な使い捨てのもの。だが、食らえばひとたまりもない―――この魔具は、元の世界における手榴弾のようなものだったはず。


 そのことをマゾ男に伝える間もなく、投げ込まれた爆弾が炸裂した。

 この世界特有の火薬の匂いと共に、煙が周囲を包み込む。


「……ま、マゾ男……!」


 煙の中から出てきたマゾ男は……服が一部吹き飛んだり、燃えたりはしてはいたものの、本体は全くの無傷だった。


「暗がりに隠れて攻撃とは……つまらん攻撃だ」


 見た目通り、爆発のダメージもほとんど入っていないようで、そんな捨て台詞を吐いていた。

 そしてそのまま周囲の暗がりへと駆け出し、姿を晦ます。それから間もなく、金属製のものが次々と薙ぎ倒されていく音が連続した。どうやら、周囲から爆弾を投げ込んできた団員たちを蹴散らしているようだ。


 大人数の団員を蹴散らすのは最早慣れてしまっているけど……爆弾相手で無傷なのは……流石におかしくないか?

 マゾ男に初めて会った時から感じていた疑問が、再び呼び起こされる。こいつ…一体何者なんだ。


「屋上から飛び降りても無傷だったと聞いていたが……やれ、爆発も効かないか。一体どういう手品を使っているのやら……」


 レグさんは爆風でずれた眼鏡の位置を整え、蹴散らされる団員を遠巻きに眺めている。味方ですら困惑しているというのに、至って冷静だ。


 鎧が破壊される音は、家の周囲を囲うように綺麗に続いていった。他の団員たちはマゾ男の予想通りの配置で潜んでいたらしい。

 しばらくすると音が止み、服以外はやはり無傷のマゾ男がレグさんの近くへ引き返してきた。こちらからは分からなかったけど、団員全員を伸してきてしまったらしい。


「これでやる気は出たか?」


 マゾ男が挑発するように微笑みかける。

 レグさんは眼鏡の奥で視線だけを動かし、周囲をぐるりと見渡した後、深いため息を吐いてから再び眼鏡をかけ直した。


「全く。戦闘は得意じゃないんだが……」


 そこで初めてレグさんの貧乏揺すりが止む。そして、今まで以上に大きな鉄靴が揺れる音が響いた。踵で地面を蹴ったのだ。

 すると脚部の鎧が後方へスライドするように移動し、靴の内部が露出した。


 その中にあったのは、ガラスでできたような透明な靴だった。

 美しい外観だったが、奇妙な造りで、爪先と靴底に厚い鉄板で覆われている。

 その鉄板を擦るようにもう一度地面を蹴ると、火花が熾った。その独特な色味で、あたしはすぐにそれの正体に気付く。


 あれは―――特級の魔具だ。それも、戦闘特化の。


「最悪、男の方は殺しても問題ないとのお達しだ」


 あたしの予想通り、レグさんが物騒なことを言い始める。

 まさか、あの硝子騎士団まで魔具を所有していたとは。


 爆弾に耐え切ったマゾ男でも勝てっこない―――と言おうと思ったが、それを言ってしまうとこいつは余計に燃え上がりそうな気がして、すんでのところで口を噤む。

 ただ、現時点でもマゾ男は今にも飛び出して行ってしまいそうだ。

 どうにかして止めなくては―――


「お待ちください!!」


 そう思った直後、予想だにしていない人物から二人の争いを引き止める声が上がった。

 声の主は、あたしが探すまでもなく目の前に現れる。そして両手を広げ、庇うようにあたしの立ち塞がった。


「レグティフ様。この方は―――私の運命の人です!」


 その人物は……真珠騎士団団長、ケセだった。

 ……ああ、これ以上場をかき乱さないでくれ――!!




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