10.美しき魔具 Ⅱ
「失礼する」
背後に数名控えていたようだが、部屋に入ってきたのはその内の一人だけだったようだ。
棚の隙間から様子を伺うと、かろうじて紋章が描かれた鎧の一部が見えた。
そこに装飾されていたのは、ファセットカットされた宝石のような紋章。これは―――硝子騎士団のものだ。
硝子騎士団。先日出会った白雪騎士団と同じ、三大騎士団の一つ。情報収集や索敵に長けた騎士団だ。
白雪騎士団は処刑や拷問を得意とする騎士団だったが、彼らとは異なり、公の場には出ることはごく僅か。せいぜい敵の所在地の目星が付き、検挙に向かう時くらいだ。
相手をしたくない…というよりは、会った時点で終わり……いや、目を付けられたその時点で終わり、が正しいか。即座にあらゆる情報網が張り巡らされ、出会った頃にはこちらの情報はほとんど握られていると言っても過言ではない。
それがこの場に居るということは……
単身乗り込んできたその人物は兜を脱いでいたため、顔が確認できた。
いつか出会ったクロなんとかとは違い、髪は短く切り揃え、前髪もきっちりと撫でつけており、格式張った印象を受ける。その上角張った眼鏡をかけていて、いかにもデータキャラといった印象だった。
恐らく、彼が硝子騎士団長の団長……
「ここで海難事故者を保護していると聞いたが」
団長と思しき眼鏡の男は、戸惑うシレンさんに単刀直入に尋ねる。それに応えるように彼女は手帳のページを見せていたが、こちらからは死角になっていて読めない。
その文章を読んでいたのだろう。男は少し間を置いてから、机上に数枚の紙を放った。
「今後こいつらの情報を得た場合、直ちに騎士団へ知らせるように」
それから身を翻し、玄関の扉に歩み寄る団長だったが……その途中で不意に足を止め、何かを注視し始めた。
床を見つめているように見える。どうにか視線の先を探ろうと身を屈めた直後、団長は家を出て行ってしまった。
扉が閉まった後、複数の靴音が遠ざかっていく。
音が聴こえなくなったと同時に、あたしは窓際を避けてすぐさま机へ駆け寄った。そして、少し前の自らの発言を再び撤回することになる。
……更にまずい状況になった。
机上に並べられていたのはやはり賞金首の掲示で、その内一枚は、やはり以前見たあたしの手配書だった。そして残りの二枚は……
「……ふ、二人まで指名手配犯に……」
乱雑に並べられた手配書を交互に見て、あたしは頭を抱える。その二枚は―――マゾ男とレデヤ君の手配書だったのだ。
まさか、二人まで騎士団に目を付けられるなんて……まあ、騎士団支部であれほど暴れ回ったのだから仕方がない。ただ、北部の町にまでこんなに早く情報が出回るとは思ってもみなかった。
どうせついてくるのなら使いっ走りにしてやろうと思っていたのに、三人全員がお尋ね者になってしまった今ではその手は使えない。
そして何より……硝子騎士団は索敵に長けた騎士団だ。騎士団支部から騎馬を盗み、カステリアの港から船で逃げたというあたしたちの足取りは、とっくの昔に掴んでいるのだろう。それで各港町に巡回に来ていると見た。このままでは気付かれるのも時間の問題だ。
「……今まで黙っていてごめんなさい、シレンさん。あたしたち、すぐ出て行きます」
シレンさんはというと、あたしたちが指名手配犯だと知ったにも拘らず、驚く様子も怯える素振りも見せず、すぐに〝ご体調は?〟と筆談で尋ねてきた。相変わらず優しい人だ。
「そんな…全快するまで居させてもらうわけにはいきません。ただ……船長さんは本当に関係がないので、あたしたちに脅されてたって言伝してもらえますか」
シレンさんはあたしのその願いを聞き遂げてから、しばらく考え込む素振りをした後、ノートに走り書きをする。
〝ですが、あなた方が悪人のようには思えません〟
「シレンさん……」
ありがたいけれど、それだけでこの家に置いてもらうわけにはいかない―――そのことを彼女に伝えようとした矢先、それまで黙っていたマゾ男があたしに呼びかけてきた。
「エナ。出立はしばらく待て」
「え?」
「……家の前に一人、離れた位置に数人、家を取り囲むように待機している。もうこの家に俺達が居ると目星を付けているんだろう」
「えっ…!?」
それだと、家の中に居座ってはますます迷惑になってしまうけど……
すぐ家を出るか、向こうに隙が生まれるまで待機すべきか……いや、騎士団相手に立てこもりなんて無茶だ。硝子騎士団は白雪騎士団と違って人数も多いと聞く。かといって、今出ていっては―――
テーブルに手をつき、俯きながら逡巡していると、視界の隅でおもむろにマゾ男が歩き出した。
マゾ男のいる方へ顔を向けてみると、彼は既に玄関前に立っていた。
「……では」
そう言うや否や、マゾ男は玄関を飛び出す。
―――ああ忘れてた、こいつは戦闘好きの変態なんだった!
あたしはマゾ男を追って、弾かれたように玄関を出た。
灯りの焚かれた室内にいたのですっかり忘れていたが、周囲は既に夜の闇に包まれている。この家の中の灯りと、遠くに見える町の灯り……そして、それらのわずかな光源に反射する騎士の鎧が、足元をわずかに照らしていた。
「……支度は済んだか?」
家の前で一人待ち構えていたのは、やはりあの眼鏡の男だった。
すぐ近くには他の団員の姿はない。マゾ男によれば周囲を囲んでいるようだが、この暗闇の中、目視では確認できる範囲には少なくとも居ないようだ。
男が顔を上げると、光源に反射して白んでいた眼鏡の奥が垣間見えた。すべてを見通してしまうような鋭い目だった。その目は、あたしを一心に見つめていた。
それから一度眼鏡をかけ直し、男は自ら所属と名を明かす。




