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09.神の与えし試練 Ⅳ



 翌日の昼間。あたしは体の調子が戻りつつあったので、リハビリがてらシレンさんに代わって家事を行っていた。

 マゾ男はすっかり本調子らしく、家の裏手で薪割りなどの力仕事を率先して手伝ってくれている。対してレデヤ君と船長は、まだ目すら覚まさない。呼吸は安定しているので、命の危険はない…と思いたいけど。


 一抹の不安を抱えながらも朝食後の皿洗いを済ませ、あたしは大部屋へ戻る。

 そこではシレンさんが車椅子に座ったままテーブル拭きをしていて、あたしが戻ってきたことに気付くと、懐の手帳を取り出し、使い古されたページを見せてきた。


〝ありがとうございます〟

「いえいえ、このくらいさせてくださいよ。代わりましょうか?」

〝いえ、大丈夫ですよ。もう少し休まれてください〟


 大したことはしていないのだけれど……だがまだまだ本調子ではないので、シレンさんのお言葉に甘え、あたしは一息つくことにした。

 椅子に腰を掛け、他にやることもないのでシレンさんと雑談を始める。

 そこで、改めていくつかの情報を得た。


 この町は国内最北端の港町であるケプンハーン。先日いた南の町カステリアと同じ、商人が集まる港だ。今いるシレンさんの家はそこから離れた小高い丘にあるので、人は少ない。やってくるのは見回りの真珠騎士団くらいだ。まあ、そいつらと対面するのが一番困るんだけど……


 シレンさんは漂着時の荷物もまとめてくれていた。幸い、身に着けていたものは離れず済んだようだった。元々それほど荷物を持っていなかったので、それほど痛手にはなっていない。あたしの所有物といえば、今や二人に買ってもらった靴程度だ。

 あと失ったものといえば……ナルディストの船そのものか……。また会うことがあるか分からないけど、その時は絶対に謝ろう。


 それから今日の日付も教えてもらったが、そもそもそれ以前の日付を正確に把握していなかったため、どれほどの時間が経過しているのか分からなかった。だが、あたしが寝ていたのは半日ほどで、漂着時からはそれほど時間は経っていないらしい。


「終わったぞ」

「あ。おかえり」


 しばらくすると、マゾ男も外仕事を終え、部屋の中へ戻ってきた。

 ちょうどいいタイミングだ。彼なら日付を覚えているかもしれない。


「マゾ男、難破した朝が何日だったか覚えてる?」

「日付か……数年前から数えていないな」

「ああ…そう……」


 だそうだ。突っ込む気力はまだ戻っていなかったので、マゾ男の発言はそのままスルーした。


 程なくして、彼を追って部屋に軽快なノックの音が響いた。それと同時に、ドア越しにご機嫌な男性の声が聞こえてくる。


「シレンー! 入ってもいいかい?」


 まだ声は覚えていないが……この呑気そうな声色、昨日やってきた例の真珠騎士団の団長……ケセとかいうやつだろう。

 彼はまたもやシレンさんの了承を得ず、ドアを開いて部屋へ飛び込んできた。そしてそのまま流れるようにあたしの元へ歩み寄る。


「体調はどうだい? 麗しの姫君」

「ひ、姫じゃ…ない…んスけど……麗しくもないし……」

「いいや、貴女は美しい……他者を救おうとするその美しい! あの大雨の日のこと、今でも鮮明に思い出す―――」

「いやだからあなたのこと助けてませんって! その雨の日とか記憶に無いし!」

「私はしっかり覚えていますよ!」

「ヒエエ…話聞いてない……」


 これほどストレートに愛情と勘違いをぶつけてくる変態は久々で、ついつい押され気味になってしまう。今は他人の民家の中、しかもすぐ近くにシレンさんがいるので、手荒な真似もできなかった。

 件の彼女のほうを一瞥してみると、何故か俯きがちに顔を赤らめている。

 ……シレンさん、多分こいつのこと好きなんだろうなぁ……昨日、人魚姫の話をしてしまったから、バイアスが掛かっているのかもしれないけど……。もしそうなら、余計にこの男に手が出し辛い。もちろん物理的な意味で。


「……なんだ、この男は」

「ああ、言ってなかったっけ……」


 その隣で、マゾ男が珍獣でも見るような目でケセの姿を追っていることに気付いた。あんたも同じようなモンなんだけどな……

 想定していたよりも早い再来にしばらく参っていたが、マゾ男の存在を思い出し、不意にあることを思い付く。


 慌ててマゾ男に駆け寄り「またちょっと協力してほしいことがあるんだけど!」と耳打ちする。

 ケセ本人の目の前で計画を話すことは出来ないので、ぶっつけ本番になってしまうけど―――

 あたしはマゾ男を連れて再びケセのほうに居直り、意を決して行動に移る。


「あのですねケセさん、あたし……」


 マゾ男の腕を引き寄せ、普段であれば口が裂けても言わないようなことを、声高らかに宣言した。


「この―――マゾ…えと……アマゾルクが! 旦那なんです!」

「なっ……!?」


 そう。既婚者であると知れば、流石のこの男も諦めると踏んだのだ。

 マゾ男とレデヤ君、二人とも起きていては、自分こそが恋人だと名乗り出て混乱に陥る光景がありありと目に浮かぶ。レデヤ君が寝入っている今しかチャンスはない―――

 マゾ男はというと、即座に状況を理解したらしく「ただ事実を語るだけで折れるだろうか?」とあたしに耳打ちをしてきた。事実じゃねぇというツッコミを心の中にしまい込み、ひとまず首肯する。


 実際、これだけでも効果覿面だったらしく、ケセは目と口をかっ開き、分かりやすく愕然としていた。

 よし、これで諦めてくれるだろう―――そう思ってしまったのが良くなかったのだろうか。しばし言葉を失って立ち尽くしていたケセが、思わぬ切り返し方をしてきたのだ。


「―――それでも好きだ!!」

「はぁぁ!?」


 ストレートに好意をぶつけられ、病人が隣にいるにも拘らず大声を上げてしまう。

 ケセはというと、あろうことか、こんな提案を畳みかけてきた。


「アマゾルク殿! 彼女を賭けて決闘を申し込ませてもらう!」

「えぇ!? ま、待て待て待て!! やめとけ!!」


 この団長の実力は知らないが、流石にマゾ男に敵うことはないだろう。何より一団長と謎の漂着者が決闘だなんて、更に騒ぎが広がってしまう……


「弱者を甚振る趣味はないが……そちらがやる気なら」


 唯一助かったのは、アマゾルクからすると彼は弱い方らしく、声色からして露骨に決闘に乗り気ではなかったことだ。もしケセを強いと判断していれば、喜んで決闘に応えていただろう。これならどうにか決闘を避けられるかもしれない。


「ま、待ってマゾ男! ダメ! もっと騒ぎになるから、それなら―――」


 ケセに聞こえないよう、マゾ男の肩を抱えて身を翻した直後―――あたしは声を失った。


「……エナ……?」


 力なくあたしの名前を呼んだのは、すっかり寝入っていたはずのレデヤ君だった。

 よりにもよって今、目を覚ましたのだ。


「ど、どういうこと……?」


 言い終える前に、あたしはすぐさまマゾ男を伴ってレデヤ君のベッドへと駆け寄った。そしてレデヤ君の肩も引き寄せて、小声で「とりあえず話合わせて!」と耳打ちする。レデヤ君は戸惑っていたが、それ以上にあたしから頼られていることに感激を受けたらしく、あたしの腕の中で素直にウンウンと頭を縦に振った。

 両脇にでかい男を抱えながら、あたしはケセに向き直る。


「―――あの! 実はこっちも! 両方! 両方あたしのオトコなんです!!」

「なに!?」

「だからもう手一杯で! なんであたしのことは諦めてください! ね!」


 その場にいたあたし以外の全員が当惑していたと思う。

 いや、あたしも当惑していた。自分は何を言っているんだ。誤魔化すにしてももっと他に良い方法はなかったのか、と。

 本当はどちらか片方だけで済んだ話なんだけど、もうこうなっては仕方がない。


 この世界は基本的には一夫一妻制だ。複数の配偶者を持つことが認められる数少ないケースといえば、王族や貴族程度で、ただの民間人で夫を複数持つ女なんてまずいない。

 こんな常識外れなことを堂々と宣言してくる女なんて、流石のケセも願い下げだろう―――

 だが、あたしに絡んでくる変態は、やはりこの程度では諦めない。


「では―――私もその中に加えてくれ!」

「なんでだよ!! やめとけこんな女!!」


 それからもケセは一切折れる姿勢を見せず、どうにかあたしの逆ハーレムの中に入ろうと駄々を捏ねてきた。

 この間、マゾ男はあたしに任せきりで一言も発さず、レデヤ君はあたしに触れられているからなのか、はたまた寝起きだったからなのか、あたしの腕の中でぐったりとしていた。


 永遠に続くと思われた言い合いだったが、程なくして予想だにしない終焉を迎える。


「団長ぉ~!」


 部屋の扉が開き、外部から横槍が入ったのだ。駆けつけてきたのは、慌てた様子の真珠騎士団の団員だった。

 が、さほど緊急性を要するものではないらしく、声色はケセと同じくらい呑気だ。


「あーもー、やっぱりここに居たぁ……」

「…何だね。今すごく込み入っているのだが……」

「今日はお偉いさんが来るって言ったじゃないですか~」

「ああ……そうだったね。では、今日はここでお暇させていただこう」


 あれほどヒートアップしたというのに、ケセは何事もなかったかのようにあっさりとその場を後にしてしまう。だが、〝今日は〟と言ったということは明日にでもまたやってくるつもりなのだろう。やはり諦めていないのだ。


 押し問答は更なる混乱を招いた末に呆気なく終わり、作戦はあえなく大失敗に終わった。


「……シレンさん……お騒がせしてしまい、本当にすみませんでした……」

〝なんとなく、全部失敗したのは分かりました〟


 シレンさんの困ったような微笑みに、ほんの少しだけ救われたあたしだった。




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