08.虚飾からの脱却 Ⅲ
「だが……あんな些細な手柄、ボクには相応しくない」
「……は?」
拍子抜けしていると、ナルディストは髪をなびかせながら「キミたちを捕らえる気は無い、ということだよ」と、率直に、騎士団あるまじき発言を重ねた。
多分この地域にまで連絡が行き届いていないだけで、捕まえたらそれなりの手柄になると思うんだけど……とは言えない。
だがまだ警戒は解けない。彼の次の言葉を待っていると、再び驚くべき発言が飛び出してきた。
「それに……どうもキミは、手配書に記されたようなことをする人間には思えなくてね」
「……え? ああ…それはどうも……」
率直な評価を受け、内心ちょっとだけ嬉しくなる。マゾ男が現れるまで、あたしのことを疑う人間ばかりだったから。
緊張の糸が解け、二人の間にどことなく和やかな雰囲気が流れ出したところで……それを破る人物が現れる。
「エナ! 何してるんだ!?」
それはレデヤ君だった。ついにあたしに追い付いたらしい。
彼はあたしとナルディストの間に割って入ると、ナルディストを威嚇するように睨みつける。やはりそれにも動じることなく、ナルディストは「ちょうどよかった」と笑いかけた。その「ちょうどいい」の意味は、あたしが問う間もなく語られる。
「今から船を出すから、マゾオくんとやらも呼んできてくれたまえ」
「え!? 今から!?」
「元々、シンドバード号で国外へ向かうつもりだったようだが、あれは乗客が多いからやめたほうがいい。何より明日は他の騎士団が来る可能性が高い。鉢合わせてはまずいだろう」
「ちょ……逃亡幇助しちゃって良いの?」
「言ったろう。ボクの見立てでは、キミは悪人ではない。何より……」
ナルディストがあたしの手を取る。そこで久方振りに思い出したが、あたしの手は指先はささくれだって、荒れ果てて、細かな傷だらけだった。
そんな汚い手の甲なのに、彼は口付けを落として、微笑んだ。
「ボクは、キミに恋をしてしまったらしい」
その直後、駆け寄ってきたレデヤ君がナルディストへ向かって足を振りかぶった。が、彼はその攻撃を軽やかに避けてしまう。そのまま彼はひらひらと手を振り、港へと繋がる階段を下って行った。
「さらばだエナ! また逢おう!」
「あいつッ……!」
「レデヤ君、ステイステイ! とりあえずマゾ男呼んで来よ!」
「すて……?」
レデヤ君を制止しつつ、あたしはすぐさまマゾ男を呼びに町へと引き返した。
ああ、最悪だ……
こんな古くさくて歯が浮くような言動、全く好みじゃないのに―――しかもあんなナルシストでヌーディストな変態に―――
……不覚にも、ちょっと、ほんのちょっとだけ、グッと来てしまった。
照れが顔に出ていないことを祈りながら、あたしは全く酔っ払った様子のないマゾ男を港へと引っ張り出すのだった。
◇
その後あたしたちは、ナルディストの私有財産だという中型船に乗せてもらった。
他の搭乗者は運転を任された船長のみ。ナルディストは彼にも指名手配の件は伝えておらず、あたしたちは単にナルディストの大切な友人であり、そして町を救った英雄だからと丁重にもてなすよう伝えられていた。
おかげで、船では周囲に警戒せず安眠にありつけた。少なくともあたしは、だけど。あたしが気付いていなかっただけで、この間、マゾ男とレデヤ君はバチバチだったかもしれない……
ナルディストの言った通り、シンドバード号には乗らなくて正解だった。他の乗客がいる船ではこんなに気を休められなかっただろう。
何より……シンドバッドといえば、行く先々で不運に見舞われている冒険家だ。元の世界との由縁は無いだろうけど、あまりに不吉。そんな男の名を冠した船に乗っていたら、難破でもして無人島にでも置き去りにされてしまいそうだ。
目を覚ましてからはすることもなかったため、あたしは甲板に出た。
遠い水平線から日が顔を覗かせていることに気付く。もう朝になってしまったらしい。一昨日に引き続き、長い夜だった。今後はもうこんな騒動は御免だ……やはり行く先では何の揉め事も起こさずやり過ごさなければ。
甲板を進むと、船縁の近くにマゾ男とレデヤ君が立っていた。互いに胸元を掴みあって。
……揉め事は御免だと言ったけど、こいつらの内輪揉めは避けられないかもしれない……
レデヤ君のほうはあたしを確認すると「おはようエナ」と朗らかに微笑んだ。だが、その腕は一切緩めていない。
最早突っ込む気力もない。彼らの小競り合いは、今後このチームの恒例行事になっていくのだろう。
今はそれよりも……
「……二人とも、寝かせてくれてありがとう。それと…何度も厄介事に付き合わせてごめん」
彼らへの感謝を伝えた。もう躊躇はない。
以前と同じように、マゾ男はあっけらかんとした様子だ。対照的にレデヤ君は、暗い顔をぱっと華やがせている。
「いいよ。エナが無事ならそれで……」
「ナルディストと戦えなかったのは心残りだが……」
「あんたはまたソレか」
しかも今回マゾ男はレデヤ君との勝負にお熱だったようで、すぐにレデヤ君に居直った。
「というわけでレデヤ、もう一戦いくぞ」
「やっとエナが起きたのに、なんでおまえの相手しなきゃならないんだよ……」
「ちょっと……あんたらが暴れたら最悪船が沈むって―――」
そんな風に冗談めかしながら、彼らの仲裁に入ろうとしたその直後。
船体が大きく揺れた後、傾いた。
「え!? ちょっとあんたら!! やっぱ暴れすぎだって!!」
「まさか。あの程度で船が壊れる訳がないだろう。あるとするならただの沈没だ」
「嘘でしょ!! ちょっ、船長―――!?」
船旅をする上での懸念として、他の乗客に指名手配犯として見つかること、変態に目を付けられることと……もう一つ、失念していたものがある。
―――船が、普通に難破する可能性だ。
「あのアホナルシスト―――!!」
波に呑まれる直前、一瞬だけ見えた空に、呑気にウインクを飛ばすナルディストの顔が見えたような気がした。
【おまけ】人物紹介:ナルディスト
南方地域の騎士団・綺羅騎士団団長。
端正な顔立ちの人物であるが、上半身裸が常の変態である。
エナからは〝露出狂〟と称されているが、彼の露出行為は鍛え上げた自身の肉体美を披露することを目的としたものであり、それによって性的な快感は得ていないため、性的倒錯としての露出狂とは若干異なる。最近は「鎧を着ると肉体美が披露できない」「だが鎧を纏うボクも美しい」という葛藤に悩まされている。
(2025.02.11 追記)




