08.虚飾からの脱却 Ⅱ
それから心身共に意気消沈した山賊たちは、捕縛した上で騎士団支部の地下牢に投獄した。明朝、他騎士団へ引き渡すそうだ。
突然の襲撃に見舞われた町の人々はというと―――山賊を制圧した勢いで、家に避難していた人たちも総出でちょっとした祝宴を始めていた。
「おう嬢ちゃん! 酒は飲めるか!? 助けに来てくれたお礼だ!」
「い、いや結構です。というか、元はといえばあたしのせいだし……」
「さっきナルディスト様から奢られてたけど、晩ごはんは食べたのかい? まだならまたうちで食ってきな!」
あたしが下手を打たなければ襲われることもなかったというのに、そう言っても彼らは聞かず、酒やご飯を勧められ続けた。なんとも陽気な人たちだ。
ありがたいが、あまり渦中に身を置きたくない。この町にはまだ掲示されていないが、もし他の町を経由してやってきた人間がいれば、あたしが賞金首であることに気付いてしまうかもしれない。
他の二人にも、可能な限り悪目立ちしてほしくないが……マゾ男はというと、男性陣に煽られたらしく、広場で酒の早飲みで競っていて連れ出せそうにない。レデヤ君は少し前に人混みの中ではぐれてしまったので、所在が分からなかった。彼のことだから、きっとあたしを探してくれてはいるだろうけど……と自意識過剰なことを考えてしまう。
ともかく、こうなってしまっては、今この場はあたし一人で抜け出すしかないだろう。
「あ、あの……もう眠くなってきたので、そろそろ……」
「おや。そうなのかい。まあ、あんなことの後じゃあね……」
「宿屋の店主がタダで貸してやるってよ~。そこに行ってみな」
「ああ、そりゃどうも……」
ぺこぺこと頭を下げつつ適当に誤魔化して、どうにかその場を潜り抜けることができた。
それから人だかりの隙間を縫って、町の喧騒から離れた路地裏へ向かう。
宿を貸してくれると言っていたけど、肝心の宿屋が分からないな。ただ、宿泊するのはやはり不安が残る。シャワーだけ使わせてもらって、また森へ退散しようか……
「どこへ行くんだい、エナ・ファルワ嬢?」
今後のことを思案しながらさまよっていると、背後から名を呼ばれた。
……また気配に気付くことができなかった。
「うげ。やっぱあんたか……」
「ああ、ボクだよ」
振り返ると、そこにはやはりナルディストが立っていた。もちろん、上半身は裸のままだ。
彼のことだから、てっきり主役として宴会を盛り上げているものだとばかり思っていたが、まさかこんな物寂しい路地に一人で居るなんて。だけどちょうど良かった。彼に宿の場所を尋ねることにしよう。
だが、それよりも……あたしは先程彼から掛けられた言葉に、謎の引っかかりを覚えていた。
しばらく考え込んで、あたしはその引っかかりの正体を探し当てる。
「……あたし、フルネーム言ったっけ?」
彼はあたしをエナ・ファルワと呼んだ。これはそれこそ宿屋の書類とか、騎士団からの聞き取りに応じた際に名乗る偽名だ。マゾ男はあたしを名前で呼ばないはずだし、レデヤ君はいつも上の名前だけで呼んでいる。ナルディストがあたしの姓を知るタイミングなど一度もなかったはずだ。
そのことを怪訝に思っていると、ナルディストは自らその答えを語り始めた。
「エナ・ファルワ。女性。年齢、二十歳。肩書、冒険者―――いや、今は……指名手配犯という肩書で呼んだほうが良いかな?」
その言葉の直後、あたしは即座に彼と距離を取り、身構える。
一方ナルディストは体勢を一切変えず、普段通りの柔らかな笑顔を浮かべたままだ。その裏では何を考えているのか全く分からない。
「……いつから気付いてたの…?」
「ああ。普段はすぐ忘れるんだが……キミだけ妙に記憶に残っていてねぇ」
他の指名手配犯も忘れるなよと突っ込みたくなったが、どうも今日は誰に対しても突っ込みを入れる余地がなかった。常に気が抜けない……一時は味方のような状態だったから油断していたけど、ナルディストは腐っても騎士団の一員。気を緩めるべきではなかった。
今からあたしを捕らえるつもりなのだろうか? 彼の実力は先程目の当たりにしたが……逃げの一手を打つ彼と、相手の攻撃を利用するあたしの武術とでは相性が悪い。食事と仮眠で多少は回復しているとはいえ、今のあたしに切り抜けられるだろうか―――
そんなこちらの警戒をよそに、ナルディストはまた衝撃的な言葉を放つ。