08.虚飾からの脱却 Ⅰ
声が飛んできたほうを振り返ってみると、門の中央でナルディストが仁王立ちしていた。
「あっ…あんたっ……!!」
結託していると悟られてはならないというのに、予期せぬ展開に思わず声を荒げてしまう。背後に固まっている人質の町民たちもざわめいている。だが彼は私と視線が合うや否や、にこりと微笑みかけてきた。きっと心配ないとでも言っているのだろう。
ナルディストは仰々しく手を振りかぶりながら、名乗りを上げた。
「お初にお目にかかる。綺羅騎士団団長、ナルディストだ」
「…なんだ、お前も人質希望か?」
「そんなところだな」
町民たちから驚嘆の声が上がった。
そんな彼をボスは訝し気に見つめていたが、程なくして同じようににたりと笑う。
「鎧と武器、置いてから来やがれ」
「……良いだろう」
ボスの要求を了承すると、ナルディストは鎧を全て脱ぎ始めた。
……その下の服を含めて。
「いや……服はいいよ」
「良いのか? 武器を隠し持っているかもしれないぞ?」
「なんでそっちが言うんだよ……んじゃ脱げ」
それからボスは「ああ上だけでいい。男の下半身拝む趣味はないんでな」と心底気味悪そうに付け足した。
そしてナルディストは遂に、文字通りの丸腰となった。
「ギャハハハ!! ほんとに脱いじまったぜコイツ!!」
ナルディストの変態性を知らないらしい山賊たちは、彼の様子を見て大笑いしている。実際はそれがこいつのデフォルトなんだけど……
裸になったのはいつも通りとして……彼らの前に姿を見せるだなんて、一体何を考えているんだこいつは。
ただ、これで山賊たちの注目を集めることはできた。それがナルディストにとって計画通りの結果なのか、嬉しい誤算なのかは分からないけど。
「さて……男には遊び相手は務まらないんだったね」
「いんや? 新技の練習台には持ってこいだぜ」
「では、そうしようか」
言い終わるより前に、ナルディストが手を広げながらボスに歩み寄っていく。
それを見て、周囲の手下たちがまた愉快そうに手を叩いて下卑た笑いを上げる。
「オイオイ、それで戦う気かよ!?」
「こんなポンコツ騎士団の団長さに何ができるってんだよ!」
彼らの話しぶりから察するに、やはり綺羅騎士団の評判を知っての襲撃だったようだ。
それから手下たちは気が大きくなったようで、次々と野次を飛ばしていたが、その間もナルディストは歩みを止めず、程なくしてボスへと辿り着く。
……あいつ、どうするつもりなんだ。自分で戦えないと言っていたくせに……あたしなんか差し置いて、とっとと人質助けに来てくれれば良かったのに……!
「悪いが、おれにゃ騎士道精神なんてもんは備わっちゃいねぇ。丸腰の相手にだって武器を使うぞ」
「もちろん構わないよ。賊に騎士道を説くつもりはない」
「そうかい」
ボスが顎をしゃくると、手下の一人が持っていた棍棒を手渡した。
すぐに殺す気はないらしい……さっき言っていたように、嬲り殺しにする気なのだろう。これも見せしめを兼ねているのだろう。
「それじゃあ―――歯ぁ食い縛りな!!」
その言葉を皮切りに、ボスは棍棒を大きく振りかぶった。
それを、ナルディストは最低限の動きで避ける。
軽やかな足取りだった。横薙ぎもバックステップで避けてみせ、時折、余裕ぶって妙なポーズまで魅せている。
ボスは図体はでかいが、決してのろまではない。だが今は疲弊しているためか、ナルディストの動きに付いていけていない。
「あぁ、クソッたれ!! おいお前ら! 囲め!!」
周囲の手下たちに発破をかけるが、飛び掛かる隙を計りかねているらしく、誰も動かない。ナルディストは相手を翻弄するようにボスの近距離ばかりを舞っており、一歩誤れば同士討ちをする恐れがあるためだろう。
あたしも巻き込まれる事態を顧みて、彼らに気付かれない程度に後退する。が、正直今なら逃げられただろうと思う。
今のうちに人質を解放しなければ―――そう思った矢先のことだった。
「オラァッ!!!!」
真横で大きな声と、大きなものが一斉に雪崩れ込むような音がする。
音の正体は人質たちだった。ナルディストに釘付けになっていた手下たちの背に向かって、他の騎士団員や男性の町民たちが一斉に群がっている。人質を一点に集めたのは良くなかったようだ。
「ナルディスト様が一張羅で戦ってんだ! 俺らも加勢するそ!!」
「このッ……クソがッ!!」
人質たちのことを思い出した他の手下が、武器を持って襲い掛かろうとする。
瞬間、その手をあたしは足を薙ぎ払った。あたしからは攻撃されないと油断していたらしい手下は、衝撃と同時に迂闊にも武器の長剣を手放してしまった。
それを取り上げると、それで刃を当てないようにして後頭部を殴る。剣は鈍器だ。そしてあたしは長年の経験で、一発で人を死なないよう気絶させるのには長けている。
その横では、ナルディストが残る手下の武器を蹴り上げ、地面に落としていた。あたしは次にそれらを足で薙ぎ払い、彼らの手の届かない範囲へ滑らせる。気付いた町民たちはすぐさま武器を拾い上げ、残った手下たちへ向けた。
ものの数十秒で、手下たちはあっさりと形勢逆転されてしまった。
それに一拍遅れて気付いたボスは、慌てた様子でナルディストから後退し、周囲を見渡しながら声を上げる。
「おいッ! 他の奴らはどうした―――」
「ここだ」
それに返したのはマゾ男だった。広場から住宅街へ続く通路の手前に立ち、不服そうなレデヤ君を傍らに従えて、伸び切ってしまった数名の手下たちを抱えている。
マゾ男は五名、レデヤ君は四名。マゾ男が確保している一名には見覚えがあった。さっき、他の手下を呼びに行った者だ。二名を両脇で首を絞めながら、残る三名は左右の手で全員襟元を掴んで引っ張ってきたらしい。息ができているか少し心配だ。
それらを含めてこの場にいる山賊たちの数を数えてみると、きっちり十四名。懸念点だった余る手下たちの問題があっさりと解消されてしまい、一気に肩の力が抜ける。
あの時と同じくらい、山賊たちがあっさりと制圧されてしまった。
肝心のボスは残っているが―――この調子なら問題ないだろう。
「ナルディスト!」
あたしは手下から奪った剣をナルディストに投げ渡した。
それを受け取った瞬間、ナルディストは細い切っ先でボスの四肢を素早く突く。
ボスは徐々に前のめりになり、その場に倒れ込んでしまった。
「言っただろう―――ボクは観客がいないと駄目なんだ」
ナルディストの決め台詞のような言葉の後、周囲から大歓声と共に町民たちが押し寄せてきた。その波に押され、不本意ながらもあたしはナルディストの目の前に立たされてしまう。
今黙り込むのも気まずいので、ひとまず声をかける。
「ふつーに強いじゃん、団長!」
「フフ……いや、まだ心臓がバクバクしてるよ。触ってごらん」
「や、やめろ変態!!」
ナルディストに手を掴まれて胸元を触らされそうになるが、慌ててそれを引き剥がす。
……その一瞬触れただけでも、その手はかすかに震えていることが分かった。余裕たっぷりに見えるが、これも彼の言う虚勢らしい。
「いいや……ほとんどまぐれだよ。疲弊していない俊敏な敵だったら不味かった。でも、ほんの少しは朝の鍛錬の効果もあったのかもね……」
そういえば、森の中で初めて対面した時、剣を持っていたっけ。あの時の異常な風切り音……やはり剣の鍛錬をしていたのか。
「お前の虚勢も十分役に立ったというわけだ」
町民たちに見守られながら二人で話し込んでいると、残る山賊たちを拘束し終えたマゾ男が、こいつは俺が育てたと言わんばかりに後ろから割って入ってきた。
「虚勢というよりは……まあ、今回のは信頼なんじゃない」
周囲の町民たちを見て、ナルディストに伝える。
彼らはナルディストに礼を言いたげで、あたしとの会話には割って入らず、律儀にその番が回ってくるのを待っている。
足元では、他の騎士団員がナルディストに駆け寄るよりも前に、縄を使ってボスを縛り上げていた。己の任務を全うしているのだ。船で使われているような極太でささくれた縄だった。さぞ痛かろう。
人々の頭の向こうに見える家々の窓も、恐る恐る開き始めている。屋内に逃げ込んだ人々にもこの歓声が届いたらしい。そこから顔を覗かせた町民たちが、ナルディストに向かって手を降っていた。
「もちろん……全てが虚勢だとは思ってはいないさ、俺は」
そう言ってマゾ男は微笑む。
そして、予期せぬ―――いや、十分予期できたが、完全に失念していたあの展開が始まった。
「やはり俺の目に狂いはなかった―――ナルディスト。見たところ消耗もしていないだろう。戦うぞ」
「ちょっ……この期に及んでまたそれか!」
「いいや。ボクは勝てない勝負には乗らないのでね」
だがナルディストはそれを丁重に断ってしまった。一周回って潔い男だ。
付き合っていられないので、こっそりとこの人集りから抜け、他の町民たちの安否を確認して回ろうかとしていたところ、それはまたも別の者に阻まれかける。
「エナ――ッ!!」
それはレデヤ君の声だった。忘れていた。声のした方に目をやると、人混みに潜ってこちらに向かって来ようとしている。
更なる波乱が待ち受けている予感がする……あたしも同様に人混みをかき分けて、即座にその場を走って逃げ出した。
ナルディスト本人に自覚はなかったようだが、能ある鷹は何とやらというやつだったらしい。
反省しなくてはならない。他者の噂に踊らされて、他者を軽視して……これでは、あたしを冤罪で捕まえようとしている騎士団連中と同じだ。
ナルディストは強い。
彼は、決して裸の王様ではなかった。
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