07.二度あることは Ⅳ
「お前一人であっても、あいつらとも十分に渡り合えるはずだ」
「ボクがかい……?」
普段の表情は崩れ、ナルディストは呆けたようにマゾ男を見ていた。
続けてマゾ男は語る。
「お前の動きを見れば分かる。今朝もそうだ。俺の隙を正確に狙えていたにも関わらず、お前自らが手を緩めたんだ」
最後に「戦闘を放棄する癖でもついてしまったんだろうな」と付け加え、マゾ男は話を終えた。
とはいえ、やはり言葉だけで説得されても、そう易易と決心できるものではないのだろう。ナルディストは「だが……」と言い淀み、煮え切らない態度でいた。
その間、あたしは門の向こうに目を遣る。腹を満たせば、次に山賊が何をしでかすか―――そう思い至るや否や、食事を終えたらしい山賊の一人が、人質の女性の一人に絡み始める光景が目に飛び込んできた。
それを見てしまうと、もう居ても立っても居られなくなってしまった。
「……あたしが行く」
「エナ…!?」
そう宣言すると、案の定レデヤ君は勘弁してくれと言わんばかりに悲痛な声であたしの名前を呼ぶ。
その隣では、マゾ男が大胆不敵に微笑んでいる。この期に及んで、あたしを買い被っているのだろう。ナルディストの時といい、やはりマゾ男の鑑識眼も知れたものなのかもしれない。
「ほう。どうするつもりだ? 戦って人質を奪い返すか?」
「……いや、囮になるだけ…」
「待て! キミが危険な目に遭う必要はない!」
すぐさまナルディストから肩を掴まれて引き留められる。ここまで来たら、こちらの事情を説明せねばならないだろう。
「こいつらがこの町まで来ちゃったのはまあ……元を辿ればあたしのせいなの。だから、あたしが出る」
あたしが寝床欲しさに奇襲などかけなければ、彼らは白雪騎士団によって正当に罰せられていたはずだ。もしかしたら兄妹の救出はできなかったかもしれないけど―――いや、そんなありもしない現実を考えたって遅い。今はこの場を切り抜けないと。
そのことを端的に説明するも、ナルディストは断固としてあたしを離さない。レデヤ君も「それなら俺も出る!」と言って聞かなくなった。
「何より、騎士団として無辜の民を巻き込むわけには……」
「御託はいいから! もう時間ないよ。早いとこあたしが注目集めてる間に他の人質を助けて! 戦闘なら、こっちの二人が得意だからさ!!」
「だめだ、エナっ―――」
「ごめんレデヤ君……マゾ男も、お願い」
それだけ言い残して、レデヤ君とナルディストの制止を振り払い、門からすぐの町の広場へと躍り出た。
「―――おいコラッ!!」
あたしが叫ぶと、山賊たちが一斉に振り向いた。そして皆が一様に瞠目する。あたしがこの場に居ることに驚いているのだろう。
彼らは少しの間話し込むと、その内の一人が背後にあった建物に入っていった。
それから程なくして彼と共に出てきたのは、山賊のボスだった。いつかマゾ男とレデヤ君に瞬殺されていたあの巨漢だ。よく見てみると、後頭部にはレデヤ君につけられた蹴りの痣がまだ残っていた。
ボスはあたしを一瞥すると、仰々しく手を広げながら一頻り高笑いをし、こちらに言葉を投げる。
「おお!? マジでこないだの女じゃねぇか! あん時ぁお宅の取り巻きに世話になったな……」
「はぁ…そりゃこっちのセリフですよ……」
「なんでこんなところに居るのかは知らねぇが、こりゃ思いがけねぇ幸運だ!」
幸運か……あたしたちが居なければ彼らは白雪騎士団と鉢合わせして最悪死んでいたのだから、正直その件にも感謝してほしいくらいだったが。そこまでの軽口はとてもではないが叩けない。それよりも今は、町の人たちの安全を確保しなくては。
あちらから呼ばれる前に、自ら広場へ歩み寄る。周囲の手下たちは武器を構えて警戒していたが、ボスは半笑いのままこちらを見下すように眺めていた。あたし一人は警戒するに足らないと思っているのだろう。事実、あたしの技では彼には勝てない。これほどの体格差があると、あの武術があっても戦うのは困難だ。
歩きながら、広場に集められた町の人々を見遣る。みな一様に不安げな顔を浮かべていた。そりゃそうだろう、あたし一人でどうにかできる問題ではない。一見すると、まだ暴行を加えられた形跡は見られないのが救いだった。
ある程度の距離を保ったまま、あたしはボスへ提案を持ちかける。
「あたしが人質になるから、あの人たちを解放して」
「ほお……また人助けか? 立派なこったなぁ?」
山賊のボスはニタニタと笑いながらこちらへにじり寄ってくると、あたしの顎を掴んだ。
「良かった良かった、むさ苦しい野郎ばっかでガッカリしてたとこなんだよ。男は嬲り殺ししかできねぇが、女はいろんな遊び方ができるからなぁ……しかも今回の遊び相手は、会いたくて会いたくて仕方がなかった、あの愛しの女ときた」
最後の言葉は単なる皮肉だろうけど……やはりこいつもそういう手合いか。幸か不幸か、そういうならある程度の時間稼ぎができるだろう。
だが、あたし一人ではこの町全体の人質としては釣り合わないし、まず解放することはないだろう。何より、こういう輩はまず約束なんて守らない。いずれは町民にまで危険が及んでしまう。
それまでに、どうか―――ボスに気取られないよう、意識だけを背後にいる三人に向ける。
「エナ!―――むぐっ」
耳を澄ませると、かすかに背後でレデヤ君の叫び声がしたが、それもすぐに途切れた。恐らくマゾ男に止められているのだろう。
ナルディストは恐らく正門以外の別の道から逃げてきたはずだ。あたしを囮にして、マゾ男とレデヤ君を町の中へ誘導できるはずだ。
レデヤ君を宥めすかせるかどうかが一番の問題だけど……まあ、マゾ男ならどうにかできるだろう。
「おい! 町に散らばってる奴ら集めてこい!! あの男二人が襲ってこねぇか警戒しとけ。ついでに……この女、見せしめに全員でマワすぞ」
山賊のボスに腕を掴まれ、乱暴に持ち上げられる。その直後、背後で一際大きな騒音がしたがすぐに止んだ。レデヤ君が暴れているのだろう。
幸いなことに、ボスは今から手下を招集してくれるらしい。一ヶ所に集まって、更にあたしに注目していれば、対処もしやすいだろう。それまではどうか、見つからないように―――
「待て」
その願いも虚しく、会話に第三者が割り込んでくる。
だがその声はレデヤ君のものでもなければ、マゾ男のものでもなかった。