07.二度あることは Ⅱ
それからあたしたちは森で侘しく空腹を満たし、明朝に備え、代わる代わる仮眠を取っていた。
夕方になり、レデヤ君と交代であたしが休憩を取る番になる。
結論から言うと、今回はあまり長く睡眠は取れなかった。
レデヤ君に起こされる前に、遠くから聞こえる無数の足音で目が覚める。
視界は薄暗いものの、まだ日は落ち切っていない。あたしが眠りに就いた時からそう時間は経っていないようだ。
彼とは別の気配を感じて隣を見てみると、やはりマゾ男も目を覚ましている。身を低く屈め、遠くを眺めている。
「……エナ。起きちゃったか」
レデヤ君が申し訳なさそうに声をかけてきた。普段から声の小さいレデヤ君だったが、今はより声量を絞っている。
同じく小声で「どうしたの?」と訊ねると、レデヤ君は黙ったまま、マゾ男が見つめている方角を指で指し示した。
その先には―――なんと、あの時の山賊一行が歩いていた。
囮になってくれたり、小屋を宿として提供もしてくれたり、非常にお世話になった相手だ。向こうは溜まったもんじゃなかったろうが。まさかまだ出番があったとは……しかも、あたしたちと同じく南方に向かっていたなんて。
…冗談はここまでにしておいて……
あたしたちは大通りを避けてかなり遠回りをしていたし、山賊側があたしたちに追い出されてから歩きっぱなしだったのなら、到着のタイミングが被るのも不思議ではない。
あたしたちとは違い、徒歩のようだ。疲労が表情に浮かんでいる。そしてそれと同じくらい、気が立っているのが見て取れた。それこそ、目の前にいる人を襲いかねないくらい―――
…もしかすると、この町へ向かってきた理由も同じかもしれない。
弱い騎士団がいる地域だから、荒事をしてもそう苦難もしないし、国外逃亡もできるだろうと。
様子を伺い見ていると、山賊たちは想像通り、町のほうへ向かっていった。
……嫌な予感がする。
「……町の様子、見に行ってくる」
山賊の後を追おうとその場を立ち上がろうとするが、すぐに腕を掴まれ阻止される。
「エナ、危険だよ」
「でも……」
引き留めようとしたのは、案の定レデヤ君だった。先ほどとは異なり、あたしの提案を拒む。
確かに危険だ。何より、今この状況で首を突っ込んでも良いことなんてない。
……でももしこれが、あたしが彼らをあの拠点から追い出した結果、引き起こされた事態なら……
「……明日、船が出ないような事態になっちゃまずいでしょ。それに、他所から騎士団の増援も来るかもだし……様子だけ。それならいいでしょ?」
咄嗟に思いついたそれらしい理由を並べ立てる。それでもレデヤ君は手を掴む手を緩めようとすらしてくれない。
マゾ男はというと、了承することも窘めることもせず、そんなあたしを黙って見つめるだけだった。
「もし山賊たちが暴れるようだったら、どうする」
逃げるのか、と問うているのだろう。何なら、この騒動を囮にして気診断を陽動することだってできるはず。今はそれが最善策だろう。何より、他人に感けている暇はない。
だけど……
「……今度こそ、山賊たちを倒す」
もしあたしが原因でなくても、あたしには、見なかったことにはできない。
その返答を聞くと、マゾ男はフッと鼻で笑った。ただそれには、あたしを嘲るような意図は感じられなかった。
そしてマゾ男は、あたしを掴んでいないほうのレデヤ君の手を掴み上げ、おもむろに立ち上がった。
「行くぞ」
「あっ、おい、触んなっ! お前……」
彼の腕力に文字通り吊られ、立ち上がってしまうレデヤ君。それなりの大きさの成人男性を片腕で持ち上げるなんて。もう然程驚かないけれど。
すぐさま腕を振りほどき、あたしのほうをちらりと横目に見る。それをじっと見つめ返していると、彼はすぐに折れてしまった。
「……わ、分かった。エナはおれが守るから、安心して」
今回も、最終的には二人はあたしの提案を拒まず着いてきてくれることになった。レデヤ君のほうは渋々といった感じだったが。
それから少し遅れて、山賊を追い、あたしたちは再びカステリアの町へ向かうのだった。