07.二度あることは Ⅰ
マゾ男とレデヤ君に騎馬を押してもらいつつ、門を潜る。
すると数秒と掛からず、町民たちがナルディストの帰還に気付き、続々と群がってきた。
「おや、ナルディスト様! お帰りですか」
その中央を我が物顔でナルディストが歩いてゆく。無論、上半身は裸だ。
町の人々はそれを意に介さず、次々と彼に言葉を投げかけてゆく。
「ナルディスト様~相変わらずはだけてますねぇ」
「やあバルデス。怪我はもう良くなったかい?」
「ええ、おかげさまで!」
「ペトル、久々だね。ケイトとはどうだい?」
「お、おいおい、勘弁してくれよナルディスト様!こんな人前で…」
その姿はどう見たってただの変態なのだが、どうも町の人々からは慕われているようだった。この町全体がおかしいのだろうかと不安になったが、それ以外にはこれといって妙なところは見当たらない。
「えらく慕われてるな」
「あんななのに……」
「まあ…ね」
さらさらとした金髪をぶわりと靡かせて、ナルディストはウインクをしてみせた。
彼から目を離し、町中を眺めてみる。
町は前世のヨーロッパ…特に地中海を思わせる町並みだ。建物は白基調で、日光だけでなく海の反射もあってか、一層まばゆく輝いている。
町全体には高低差があり、下へ向かう階段がいくつか門付近に伸びていた。最も下の階層に港があるようで、既に何艘かの船が停泊している。
……美しい港町だ。こんな状況下でなければ、存分に観光を楽しんでいただろう。
程なくして、門を潜る前から見えていた、屋台や露天商のある大通りに入った。港町とあってか、商品の種類も数も多い。
商人も客もどちらも活気に溢れていて、見ているこちらまで元気になってきそうだ。
ただ、人が多い分、あたしたちの素性が割れる危険性も高い。特にナルディストは…意外にも町民から人気なようだし、一緒にいると注目を集めてしまいそうだ。彼とはここで別れるべきだろう。
大通りに本格的に踏み入る前に、ナルディストを引き留める。
「な、ナルディスト……あたしたち、そろそろ…」
「おや。港への案内はいいのかい?」
「ああー、それなら自力で行きますんで……ここから見えるしさ」
「では朝食はいかがかな? うちの町の魚介料理はどこも絶品なんだ。屋台もお勧めだよ」
やけに食い下がるナルディスト。あたし自身も〝魚介料理〟〝絶品〟というキーワードにわずかに心が揺らいでしまうが、すぐに振り払った。残念極まりないが、食事を選り好みしている暇はない。
ひとまず、目についた軽食系の屋台の前で立ち止まる。メニューとにらめっこしていると、またナルディストが顔を出した。
「なんだい、こんな少量で良いのかい?」
「うわっ、出た」
「まあ美味しいんだけどね。では、これを三人前と、あとは……」
威勢のいい女将さんから三人分の紙袋を渡された。柑橘類のジュースのおまけつきだ。
彼が頼んでくれたのは、揚げた魚がが挟まれたパンだった。これなら屋外でも手軽に食べられそうだ。
代金を肩代わりしてくれたのもありがたい。今あたしたちは一文なしだ。ナルディストは騎士団長だし、ここは断らず彼の顔を立てるべき…だろう。そういうことにさせてもらおう。
「あ、ありがとう……」
「で、明日の朝まではいるのだろう? であれば、宿も必要だろう」
「いいや! そこまでしてもらわなくって大丈夫だから!」
やたらと面倒見の良いナルディストの提案を、今度こそ慎んでお断りする。それでもナルディストは何やら物言いたげだったが、すぐに他の町民から声を掛けられ、彼らの輪の中に消えていった。
騎士団長としての威厳や頼り甲斐はないが、あの親切さ。変態でも慕われるのも理解できる……ような気がした。
喧騒の中で少しの寂しさを感じながら、黙って背後をついてきていたマゾ男とレデヤ君に声を掛ける。
「……じゃ、また森のほうに戻ろうか」
二人はそれにぼやくことなく、あたしと共に町を後にしてくれた。
◇ ◇ ◇