06.裸の王子さま Ⅳ
あたしとレデヤ君、マゾ男とナルディストの組み合わせで、騎馬に乗ることにする。
そしてごく自然な流れで、騎馬運転の経験があるであろうナルディストではなく、マゾ男が運転することになった。
「……騎士団長サマがニケツってどうなんですかねー」
「ああ。やはり一人乗りに二人で乗ると乗り心地が悪いな」
「そういう意味じゃなくて………てかレデヤ君、なんかよろめいてるけど大丈夫?」
「ん…だ、大丈夫……」
あたしを懐に抱く形で騎馬を操縦していたレデヤ君だったが、先程からどうにも顔が赤いし、車体が左右に触れている。
それの意味するところが分からないほど初心な人間でもなかったので、カステリアまでの道中は、気分も乗り心地も落ち着かないものになった。
幸い―――というより当たり前のことだが、ナルディストは武器だけでなく服を持っており、着て帰るつもりだったようで、マゾ男が全裸の男と密着する羽目にはならなかった。
ただ、頑なにシャツのボタンを留めようとせず、上半身だけはずっとはだけていた。
そして、まだ連絡が行き届いていないのか、はたまた彼が覚えていないだけなのか、あたしが賞金首だとバレることはなかった。
まさか騎士団相手に賞金首だと発覚する懸念が二の次になってしまうほど、重大な問題に立ちはだかることになるとは……。
今一番最悪なのは、ナルディストという名が彼のことを体現しすぎていてすんなり覚えてしまったところだ。だが名前を呼びたくなかったので、口頭ではあえて騎士団長と呼んでいる。
他の団長と区別が付かないので、心の中では呼んでいるけど……。
幸い、そのドライブもそう長くは続かなかった。ナルディストが言った通り、少し騎馬を走らせるとすぐにカステリアに辿り着いたのだ。
だが不運なことに、ちょうど町の塀が見えてきたところで、騎馬が動かなくなってしまった。騎士団に追いかけられている最中に止まることがなかったのは幸いだったか。
このまま跨ったままではどうしようもないので、ひとまず降りてみる。
騎馬の装甲を外し、エンジンルームと思しき箇所を確認してみるが、やはり素人では見ただけではどうにも分からなかった。
原動機が停止してしまったのか、はたまた動力源である魔具に不具合があるのか、魔力が完全に尽きてしまったのか……その原因すら特定できない。
「キミ、見たところ冒険者のようだが……魔具には詳しくないのかな?」
「いや、あくまで収集して売るだけだから、いじくるのは専門外。ていうかおたくこそ騎士団でしょ、騎馬の手入れとかしてないの?」
「ほう。騎馬も魔具を使っていたのか……」
魔動二輪車という正式名称まで付けられているのに知らなかったらしい。まあ、興味が無ければ認識もその程度なのかもしれない。
ただ、騎士団長のナルディストすら分らないとなると手に負えない。
どうしたものかと考えあぐねていると、原動機の様子を見て声を上げる一人がいた。それはマゾ男だった。
「まだ魔力は残っているように見える……単なる故障だろうな。だが、この場で修理はできんな」
「えっ、分かるの!?」
意外だった。このメンバーの中で一番魔具に縁遠そう……それどころか嫌ってさえいそうなのに。魔法に頼るなんて公平じゃない、とか言って。
ただ運転も適当にしていたようだし、案外これも勘で言っているのかもしれない。
結局、その場の誰も直すことができず、仕方なく騎馬は手で押して進み、町の入り口まで辿り着く。
「先に中を確認してくる」
そう言うと、マゾ男はナルディストに騎馬を預け、一足先に町の中へと入っていった。恐らく、あたし……賞金首の掲示のことだろう。
「どうしたんだい? ボクが案内するよ?」
「あー……まあその、色々と事情がありまして……あっじゃあ、港まで後で連れて行ってください。今日はどこ行きのが出てましたっけ?」
指名手配のことを悟られまいと、話を濁すついでに船のことを訊ねる。その内にマゾ男は町へと入っていき、その場に、あたしとレデヤ君、そして騎馬を預けられてしまったナルディストが取り残された。
ナルディストは騎馬を預けられたことに特に異議を唱えることもなく、あたしの質問に答えてくれた。
だが、その中には国外へ向かう便は無く。訝しまれることも承知で「砂漠方面へ出るものは?」と重ねて訊ねると、彼は顎に指をやって、記憶を掘り返すような素振りを見せる。
「国外行きは確か……シンドバード号が明朝に国外へ出る手筈だったかな。ただ、今日の便はもう出た後だろうね……」
「げっ……まじかー」
どうやら半端な時間に辿り着いてしまったらしい。
やっぱり早めに出ておけば良かった……今晩も野営確定だな、と肩を落とした。もし指名手配の情報が通達されていなくとも、町で一夜を過ごすのは危険だ。
「シンドバード号に乗りたいのか? ではそれまでうちで持て成そう!」
「い、いんや〜、そこまでしていただかなくても……」
「エナ。騎馬はどうしようか?」
次に話を逸らしてくれたのはレデヤ君だった。そこで、無用の長物と化した騎馬のことを思い出す。
「うーん……ここに停めてく……のもまずいもんなぁ」
「では、騎士団で引き取ろうか? 見たところ新しい型のようだし、修理もできるだろう」
ナルディストの提案を聞いて、レデヤ君が黙って視線を寄越す。
ここは断るべきだろう。ナルディストはともかく……他の団員に盗難車だと勘付かれてはまずい。
町の中に停めては通報される可能性もあるし、森の中に隠しておこうか……ただ、まだ使えるようだし、捨てるのは少し忍びない。
「なら、出航前に騎士団に修理してもらおうか」
「え?」
会話に割り込んでそう提案したのはマゾ男だった。いつの間にか戻ってきていたらしい。が、あまりに返ってくるのが早い。
「えっ!? もう見て回ってきたの!?」
「全て見てきた。どこにも無かったぞ」
「ほ、ほんとに…?」
疑ってはみたものの、彼の身体能力なら数分の間に町全域を見回って帰ってきても可笑しくはない。
この町には届けられていないのか、まだ貼り出されていないのか、どちらか定かではないが、多少は滞在しても問題はなさそうだった。ほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃご飯食べて、船出まで待とうか……」
「ああ、やっと入るのかい?」
ようやく彼と解散できる―――と思いきや、ナルディストは案内する気満々だったようだ。だからこの場に残ってくれていたのかと合点がいく。
ナルディストは門の中央に立つと、大仰に手を開き、あたしたちに歓迎の意を表した。
「ようこそ、綺羅騎士団の本拠地―――カステリアへ!」