01.女冒険者と戦闘狂男 Ⅱ
今晩は女性が経営している宿を取った。このご時世、女性が店頭に立つのは危ないだろうに、本当にありがたい。
受付で宿帳に名前、職業、年齢などの項目を順に記入していく。
「あら、あなた、冒険者なのね……」
記入した宿帳を返却すると、女将さんがそれを見るや否や話しかけてきた。職業の欄を見たらしい。
あたしは冒険者だった。先程のような具合で、一箇所に留まり続けると確実に誰かに絡まれるため、各地を転々としている。
そこで各地を飛び回っても問題が無い職業ということで、仕方なしに冒険者となった。
ギルドの受付が基本女性なのもありがたい。おかげで仕事で人間関係のトラブルに見舞われる回数が激減した。それでもゼロではないのが厄介だが。
ゲームや漫画の設定でありがちなパーティーのような枠組みもあったのだが、それには所属しなかった。サークルクラッシャーならぬパーティークラッシャーになるのは目に見えて明らかだったからだ。
女将さんによると、単身でやってくる女性冒険者は珍しいらしい。
女性冒険者は少ないながら存在するが、先程述べたパーティーのような組織に属し、団体行動を取る者が大半だ。単身の女冒険者はあたしも自分以外で聞いたことが無い。
「若い女の子なのに、大変でしょう……」
「えぇ……色々ありまして……」
しばらく女将さんと話し込んでから、あたしは割り当てられた部屋の鍵を受け取り、受付を離れた。
ありがたいことに、女性一人は危ないだろうという彼女の提案で、二階で階段が近く、おまけにシャワー室まで付いた個室を借りさせてもらった。
それなりに進んだ文明の世界だが、辺鄙な街の安価な宿ではなかなか浴室まで完備されている場所は少ない。
次はいつ入れるか分からない。急ぎながらも念入りに髪と体をしっかり洗い、ついでに装備していた金属製の防具も洗わせてもらう。
脱衣所に出ると、新しい服に着替え、先程洗った防具の水気をタオルで拭き、改めて装着する。
これは、万が一部屋に変質者が押し入ってきたときのためだ。
これまでも、宿まで着けてきたストーカーや、宿の男性スタッフに部屋に押し入られることが多々あった。これなら起きがけで荷物を持って逃げることができるし、攻撃をされても部屋着よりはダメージが軽減できる。寝心地は最悪だが、やむを得ない。
「さて……」
寝る前に、次の目的地を決めなければ。
地図を開く。さて、明日はどこに向かおうか。
この町から森を挟んですぐの場所に大きな都市がある。大きなギルドもあり、著名な騎士団も常駐しているようだ。今日のように襲われても多少は安全かもしれない。
ただ、都市部近くの森には山賊が潜んでいる可能性が大きい。体質の所為か、こういった危険地帯を通るとほぼ確実に野盗に出くわすので、可能な限り避けたいところだ。
だが、それ以外の町も徒歩で向かうには少々遠い。
しかも広い草原や山を挟んでいて、中間地点になりそうな町も無いので、野宿は避けられないだろう。野宿もまた一興だが、それこそ野盗に襲われたらおしまいだ。
元来たルートを引き返した上で新しい町に向かう手もあるが、各地で絡まれて逃げる形でここまで旅をしてきているので、正直戻りたくない……。
この町に女性が馭者をしている馬車でもあれば良いのだが―――
そんな風に、思索に没頭している時だった。出入り口から声がしたのは。
「失礼」
男性の低声だった。
その後、その声に被さるように、木が裂けるような音がする。
ルームサービスなど頼んでいないし、そもそもそんな大層なオプションがあるほど高級な宿ではない。
……先程話した〝万が一〟が早くもやってきてしまったらしい。
ノックもなく入室してきた者は、とても接客には向いていなさそうな青年だった。
整っているが傷跡だらけの顔に、視線だけで人を殺せそうな切れ長の瞳。
二の腕あたりまで伸ばした青色の長髪は、とげとげしい後頭部と前髪だけを残して一本に編んでいる。
服に凹凸が浮かびそうなほど胸板は分厚く、腕は細いながらも部位が正確に分かるほど筋張った筋肉がついていた。
恐らくは武術家だろう。素人とはいえ、こちらも少しは武術を齧っている身だ。その佇まいで戦士かそうでないかは察することができる。
だが彼に関しては、恐らく一般人が見ても戦士であると見抜けるだろう。それほどまでの凄まじいオーラを放っている。
ドアは施錠していた筈だけど、と思ってそれとなく視線を向けると、ドアは錠前ごと持っていかれていた。
彼は見る限りでは丸腰だ。まさか素手で壊したのだろうか?
こんな力技で入室してきた、かつ戦闘慣れしていそうな相手は初めてだ。
どう対処すべきかと考えあぐねながら、ひとまず声を掛ける。
「……何かご用ですか?」
返答は努めて冷静を装った。基本的にこういった輩は、嫌悪や恐怖でも、何かしらの反応を示されると喜ぶのだ。露出狂への対処も無反応が良いと聞いたことがある。
だが、その対応はどうやら失策だったようだ。
どういうわけか彼は反応が薄いことが嬉しかったようで、険しい顔を少しだけ緩めて微笑んだ。
……この人、一筋縄ではいかない予感がする。
それから青年は、要件を手短に述べた。
「お前に、俺の伴侶になってほしい」
「……はぁ」
やっぱり、いつものやつだ。
いつものようにあしらって逃げよう。そう思い口を開こうとするが、遮られてしまう。
「―――かつて俺には師がいた…」
聞いてもいないのに、自身の過去を語り始める青年。
面倒だが、話の腰を折ると激昂されるのが専らなので、適当に聞き流すことにした。
「俺が知る中で、最強の武術家だった。三十半ばになる頃に伴侶を持ち、俺に『愛は人を強くする』と偉そうに語ったよ」
成る程、だから嫁になってほしいと言っているのか……。
もちろん、その願いに応えるつもりはない。初対面の男と結婚だなんて絶対に嫌だし、何よりバフ要員みたいな理由で嫁にされるのは不服だ。
……と思っていたら、その話には思いもよらない続きがあった。
「だがそいつは、伴侶を持った途端、弱くなった」
―――いや強くなる流れじゃないのかよ!
と突っ込みたかったが、早くこの場を切り抜けたいので、話の腰を折らず聞き役に徹する。
「はぁ……それなら、いない方が良いじゃないですか」
「違う」
青年の眼光が鋭くなる。
「真の強者とは、四肢を拘束されようと、首一つになろうとも、どれだけの枷があろうとも、相手を倒せる。そういうものだ」
「……?」
どう逃げようかと巡らせていた思考をいったん頭の隅に置き、彼の話を整理する。
「……つまり……ハンデとして恋人がほしいってこと?」
「まぁ、詰まる所そうだな」
……こいつ、師匠が言っていたこと、何一つわかっちゃいない……。
憶測でしかないけど、彼の師匠はきっと「守るべきものができたことで一層強くなれる」とか「愛されることでより人としての強さに磨きがかかった」とか、そういったことを彼に教えたかったのだろう。
客観的には―――あたしは師匠を知らないのでなんとも言えないが、少なくとも彼から見たところ、弱くなってしまったらしいが。
だが、なにも師匠はハンデを設けるために結婚したわけではないだろう。
「あのね、あんた……」
ドアを壊されて不当に侵入された苛立ちと、師匠の教えが伝わっていないであろうことのもどかしさに、思わず反論しようとしてしまう。
だがそれは、彼の言葉に遮られてしまった。
「―――それに、俺とお前の子供はきっと強くなる」
その言葉と共に、彼がじわじわと迫ってくる。
「俺と子供を作ってくれ」