05.小人印の靴屋さん Ⅲ
「そういえば、宿は取られてますか? もしまだなら、今晩は知り合いの宿を紹介しようかと……」
「い、いや……そこまでお世話になるわけにはいきません」
会計後。早速新しい靴に履き替えて、レジの前で再び押し問答が始まる。
これ以上は申し訳ないし、何よりあたしは……
「彼女は指名手配されている」
「うわ! 言うな!」
そう言い放ったのはマゾ男だった。慌ててマゾ男の口を塞ぐが、時すでに遅し。恐る恐るご家族の方に向き直ると、全員が唖然と口を開いていた。
「あの〜……て言っても冤罪で〜……ざ、罪状も、人殺しとかそんな物騒なもんじゃないんです、けど!」
焦って弁明に走るも、気が動転してしまってかえって怪しさ満点になってしまった。
それに冤罪といえど、取り調べから逃げ出した挙げ句、騎士団に暴行を加えて支部を荒らし回った罪はある……まあこれもあたしが実際に手を下したわけでも命令したわけでも無いけれど、その原因をつくったのはあたしだ。
不意に自分の罪、そして今置かれている状況のまずさを再確認し、遂には弁明の言葉も出なくなってしまった。
重苦しい沈黙が漂う中、助け舟を出してくれたのはなんと奥さんだった。
「そうよねぇ……お嬢さんはとても賞金首には見えないわ。お二人はともかく」
陸に上がった魚のようにぱくぱくと口を喘がせていたあたしに、奥さんは訝しむ様子もなく、納得したように頬に手を当てて笑う。言われてやんの、と一瞬思ってしまった。
それより……なんて懐の深いご家族なのだろう。
ここ数日間、こちらの都合ガン無視で戦いを挑んでくる戦闘狂、数年来のヤンデレストーカー、公務を放ってでもあたしを殺そうとしてくる狂人騎士団長など、ネジの外れた人間ばかりに立て続けに出逢っていたので、そのありがたみは余計に骨身に沁みた。そしてあたしはその感動のあまり、またも何も言えなくなってしまう。
そんなあたしを見兼ねてか、またも妹さんが突拍子もない提案をご両親に投げかけた。
「少しの間だったら、匿えないかな……」
「え!? い、いやいや! 結構です! そんな危ないこと……!」
すごく助かるけど……もしばれてしまったら、この家族がどんな処罰を受けるか分からない。
何より、今は騎士団が血眼になって探しているはず。あたしはそう重い罪を背負った賞金首ではないけど、あれだけ支部を荒らされては騎士団の面目が丸潰れだ。騎士団としては何としてでも捕まえたい相手だろう。
ほとぼりが冷めるまで待っていたらいつまで掛かるか分からない。マゾ男に叩きのめされた騎士団員たちが回復し、徹底した包囲網を敷く前に、とっとと町を出てしまう方が良いだろう。
そう二人に提案しようとした、その時のことだった。
―――ドンドンドン!
背後から、正面口のドアが激しく叩かれる音がした。
振り返らずとも分かる。騎士団だろう。
店のドアには、あたしが店内を覗く時に利用したように、ガラス窓が着いている。向こうからあたしたちの姿が見えている可能性が高い。
そして……店頭のドアは解錠したままだったはずだ。騎士団がそのことに気付くのに、そう時間は掛からないだろう。
「エナさん……多分、裏口は危ないと思います。二階から屋根を伝って、他の家へ逃げてください」
妹さんが早口であたしに耳打ちをしてくる。
「ありがとう…騎士団には、あたしたちに脅されてたとか言ってください! どうかお元気で!」
小声で手短に別れを告げ、なるべく彼らとは親密ではない風を装い、マゾ男とレデヤ君を伴って二階へと駆け上がった。