05.小人印の靴屋さん Ⅱ
静かに争う二人を尻目に、立っていては足が汚れてしまうだろうと、アタシは試履きをするために置かれた低いソファに座らせてもらった。片方だけ靴をなくしている理由は尋ねられなかったので安堵する。もしかすると、あえて避けてくれているのかもしれない。
二人に選んでもらっている間に、あたしは妹さんと話し込んだ。
「ご実家、靴屋さんだったんですね」
「ええ。私たちが縢った品もいくつかあるので、良ければ見ていってください」
「え、すごい……」
思わず感嘆の言葉をもらす。
店内のどこを見ても、上等な靴ばかりで、とても子供が作ったようなものは見当たらない。きっと目には入っているのだろうが、それが彼らが作ったものだとは思えないような出来なのだろう。
子供ながらに働いていて、しかも現時点で手に色をつけているなんて。あたしも成人前から働いてはいたが、彼らはどう高く見積もっても十代前半だ。
彼らを見つけた時、子供にしてはあまりに肝が座っているなあと思ったけど……
「私達もやりたいって言ったら、教えてくれて……」
「素敵なご両親ですね」
「ええ……血は繋がってないんですけどね。本当によくしてもらってます」
妹さんの思わず「そうだったんですか」と声を上げてしまう。確かに、改めて考えると、彼らの外見年齢を考えるとご両親の年齢は……偏見になってしまうけど、少しばかり高すぎるように見えた。
とても嬉しそうに語る妹さんを見て、思わず頬が緩む。
「……あたしの親も、義理なんですよ。小さい頃、拾われた…ようなもので」
この世界の両親、そして元の世界の両親の顔を思い浮かべた。どちらとも、もうあまりうまく思い出せない。唯一、こちらの世界の育ての親の顔は今でも思い出せるが……不意に訪れた懐かしさに、ハプニング続きのあたしの心がほんの少し安らいだ。
それから、二人に育て親の話をしようと口を開くが、それは阻まれてしまう。
「これを履いてみろ」
顔を上げてみると、そこには片手に素朴な白いスニーカーを持ったマゾ男が居た。
命令形なのが不服だったが、その靴自体は、見た所履きやすそうで、デザインも奇っ怪なものではない。彼の指示通り、まずサイズが合うか確認したいところだが……
「で、でも、足汚れてるし……」
「履かれて大丈夫ですよ」
「けど……ってうひゃっ!」
自ら履く前にマゾ男に踵を持たれ、履かされてしまった。驚いて情けない声を上げてしまう。
「ちょ、ちょっと……汚いからやめなって……」
「おい。薄汚い手でエナに触るな」
「違う違う、そういう意味じゃなくて」
いつの間にか背後に迫っていた怒るレデヤ君を宥める。すると彼は不服そうにしつつも拳を収めた。小屋のときもそうだったが、彼は私が制止すればすぐ止めてくれるから助かる。意外と御しやすいのかもしれない……寝込みを襲われた時は危うかったが。
それから再度止めようと声をかけようとしたのだが、マゾ男の手つきが普段の彼から想像もできないような優しさで、妙に緊張してしまい、声を出せなくなってしまった。
なぜ履かせようと思ったんだと疑問に思い視線を向けてみるが、本人は至って平然としていて、それがかえって恥ずかしくなった。
まるで普段からこういうことをやってるみたいじゃないか……体も気持ちもくすぐったくなって、唇を噛んで堪える。
「先程の件、一体何があった」
紐を結びながら、藪から棒にマゾ男が尋ねてきた。
先程の、と言ったら騎士団の件だろう。忘れかけていたところを掘り返されて、少しげんなりしてしまう。それに彼は、森であたしたちと一緒に…クロなんとかさんの口上を聞いていたはずだ。
「ちょっとね……あんた、あの団長さんの話聞いてなかったの?」
「もちろん聞いてはいる。が、以前の酒場での騒ぎを見るに、お前があのようなことをするとは思えん。お前の口から真相を聞きたい」
兄妹に聞かれてはまずいので、彼の襟元を掴み寄せて耳打ちする。マゾ男はもう片方の靴の紐を結びながら、俯いたまま言葉を返してきた。
とは言っても、あたしにだって分からない。少なくとも冤罪である、ということしか……そう思ったことをそのまま返すと、「なら、説明はしなくていい」と淡々と返した。
ちょうどそのタイミングで靴ひもを結び終え、マゾ男に歩いてみるよう促される。
数歩歩いてから、試しに蹴りを入れる動作をしてみる。妹さんが「おお」と声を上げながら拍手をしてきたので、少し恥ずかしくなった。
正直、サイズもちょうどいいし、履き心地も抜群だ。前の靴は底が擦り切れ始めていたので、ちょうど良かったかもしれない……騎士団の手がかりになっては困るし。
それにしても……今のマゾ男は、普段の言動が可笑しいから相対的にまともに見える―――
「万全の状態のお前と戦いたい」
「結局それかい」
―――と思っていると、案の定いつもの爆弾発言が投下された。前言撤回しよう。やっぱりマゾ男はマゾ男だ。
……というか今気づいたけど、もしかしてあたし、彼にはっきり「自分は大して強い人間じゃない」って伝えてないんだっけ……? 靴を選ばせておいて何だが、そろそろはっきり伝えるべきかもしれない。伝えたところで理由をつけてついてきそうだけど……
「っていうか、あたしそもそも強くな―――」
「エナ! こっちの靴はどうかな?」
レデヤ君が会話に割り込んできた。またもや対話の機会が奪われ、あたしの言葉は深いため息へと変わる。
彼が持ってきた靴は、わずかに光沢のある赤い靴だった。マゾ男の靴だけ買ったらどうなるかは目に見えて明らかだったので、そちらも購入させてもらうことにした。
会計前、再度兄妹と両親からタダでプレゼントするという申し出があった。お金を出すのはあたしではないので、交渉は二人に任せて店の隅で縮こまっていたが、耳で聞いていた分には、押し問答の末に多少安くした上で購入させてもらうことになったようだ。
靴の総額は見ていないが、いつかちゃんと彼らに返そうと密かに決意したのだった。