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05.小人印の靴屋さん Ⅰ


 早朝だったこともあって、町は静けさに包まれていた。だがそのために騎士団支部で生じた騒音も響いたらしく、騒ぎを聞きつけたらしい町民たちが、寝ぼけ眼で表に出始めている。その背後をあたしは「一体何があったんだろう」と言いたげに支部を振り向きつつ、いかにも無関係を装ってやり過ごす。

 このまま町に残るのはまずい。一体何回門を潜ればいいんだと呆れながら、あたしは門のある方向に向かおうとする。が、マゾ男に引き留められてしまう。


「待て。装備を揃えよう」

「そ、装備……?」


 こ、この期に及んで戦う気満々かこの戦闘狂……と思ったが、その横でヤンデレ君ことレデヤ君が「そうだな」と賛同し始めて、驚いてかえって冷静になる。文句を呑み込んで、マゾ男に「何で?」と訊ねてみると、彼はあたしの足元を指して言った。


「今後は移動の大半で舗装されていない道を通ることが予想される。せめて靴だけでも買うべきだ」


 そこでやっと思い出す。さっきレデヤ君に脱がされて、片方だけ素足になっていたのだ。椅子ごと抱えられていたので、すっかり忘れていたが。レデヤ君もそのつもりで言ったらしく、マゾ男の言葉に不服そうではあったが首肯していた。

 …彼のことだから、てっきり武器を買おうとしているのかと思っていた。まさか必需品のことを装備と言っていたとは。早とちりをしてしまった。


「まあ、先程のように俺に抱えられていても良いなら話は別だが」

「や……嫌です」

「おれも、おれがずっと抱っこしていれば良いと思ったんだけど、エナがけがでもしたら大事だからね」


 考えを改めてくれて良かった。常時お姫様抱っこなんてたまったもんじゃない。あたしもそれに首肯して、靴を新調することにした。



 それから彼らは、互いに指し示した様子もなく、道を知っているかのように同じ方向へと歩き始めた。そして実際に、あたしたちは靴屋がある通りに辿り着く。

 数ある吊り下げ看板の中に、靴と共に翅翼をつけた可愛らしい小人が描かれているものがあった。恐らく目的地はあの店だろう。


 そういえば、二人を撒くためにやれ宿を探せ、飯屋を探せと命令した時があった。その時に見つけたのだろうか? その間に色々なことがありすぎて、もう何日も前のように思える……


「じゃあ……申し訳ないけど、お二人のどちらかに買ってきていただければ……」

「おれがいくよ。サイズ、二十三・二だったよね?」

「えっ? あ、あー……よく知ってるねレデヤ君……」


 ここ数年測っていないので合っていると断言はできなかったが、彼のことだから正解なのだろう。何故サイズを知っているのかとか、今は突っ込んでいる暇はない。

 それから彼は立て続けに「どんな靴が良い?」と聞いてきた。正直今は、安くてサイズが合いさえすればどれでも良いんだけど……妙なデザインのものを買ってこられてもやはり困るので、ガラス越しに店を覗き込んで物色する。


 運よく店員は居ない、と思ったら、棚の向こうに隠れていたらしい。しゃがみ込んでいたらしい店員が立ち上がり、棚から頭を覗かせた。瞬間、あたしと目が合ってしまう。

 店員らしき幼い少女はこちらを見て、口を「あ」の形に大きく開き、分かりやすく慌てた様子で店の奥に引っ込んでしまった。


 ―――しまった。まさか、もう賞金首だと広まっているのだろうか。もしくは不審者か何かだと勘違いされたのか。いや、間違いではないけれど。


「ふ、二人とも、逃げよ!」

「いや、逃げなくて良い」


 マゾ男とレデヤ君は至って平然としていた。奥から戻ってきた店員の顔を再び見て、彼らの考えに納得がいく。その顔には覚えがあった。

 彼女は両親と兄を伴って、店の外へ飛び出してきた。


「父さん母さん、この方も山賊から助けてくださった残りの一人だよ!」


 店員の少女は、昨日、山賊に攫われていた子供の兄妹の妹さんだった。

 きっとマゾ男とレデヤ君は、二人を送り届けた時に靴屋の存在を知ったのだろう。それにしても、まさかこんなに早く再会することになるだなんて……


 驚いてしばらく呆けていると、ご両親たちの会話が再び謝礼を用意する流れになっていたので、慌てて会話に割って入る。昨日もいただいたのに、これ以上貰うわけにはいかない。「今回はそういうつもりで来たわけではなくて……」と弁明するあたしの足元を見て、ご両親は合点がいったように声を上げた。


「なるほど、今度は靴を買いにいらしたんですね」

「ならぜひ一足、好きなのを持って行ってください!」

「ええ!? い、いやいや、もう既にいっぱいお礼もらってるのに駄目ですって! ちゃんとお金払いますよ……」


 そう言いかけて、そういえば今は手持ちが無いことに気付いた。騎士団に連行された時、小屋に置いてきていたのだ。騎士団が小屋を調べていたら、最悪盗品として没収されているかもしれない。騎士団の急襲で猶予がなかったとはいえ、せっかくの謝礼を無駄にしてしまったことで更に申し訳なさを感じた。

 そのことに気付いたのか、はたまた純粋にプレゼントをしようという好意なのか、レデヤ君が言葉を失ったあたしのフォローに入る。


「おれが買うから気にしないで」

「えっ? いや、た、助かるけど……」

「いや、俺が見繕う。今後の逃走経路に合った靴を選ぶべきだ」

「と、逃走言うな!」


 レデヤ君との会話に割って入ってきたマゾ男。それに睥睨するレデヤ君。二人の目と目の間には、火花が散っている、ような気がした。

 ……こいつら、こんなことでも争うのか……


 というわけで、本日もマゾ男VSレデヤ君の戦いの火蓋が切って落とされた。あたしの「一番安いのでいいからね……?」と窘める声は、どうやら聞こえていないようだった。


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