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04.白雪騎士団 Ⅳ



 助かった。助かったけれど、この状況、絶対にやばい―――

 廊下には、あちこちで倒された団員が死屍累々として山を成していた。いや、息はあるようだったが……どう考えてもマゾ男の仕業だろう。支部の破壊。そして指名手配犯の脱走を援助した挙句、下っ端とはいえ騎士団員にこの狼藉。ただでは済まされないだろう。最悪、あたしはその首謀者として罪が重くなる筈だ。


 今後のことを考えて頭を抱えていると、ちょうどエレベーターから騎士団の増援が押し寄せてきた。マゾ男は臨戦態勢に入る。もちろん、あたしを抱えたままでだ。


 それにしても……レデヤ君はともかくとして、マゾ男まで助けに来るとは意外だ。最初は抵抗していなかったのに……と連行されている時の光景を思い出したところで、彼と増援とを交互に見つめ、「まさか」と呟く。マゾ男はふっと微笑んで、あたしが思い至った結論をそっくりそのまま述べた。


「捕まった方が、こうやって大勢の騎士団と戦えると踏んでな」


 やっぱり。だから大人しく捕まっていたのか。絶句した。この変態の思考回路を完璧に理解できるようになり、正しい推論に至ってしまった自分に……

 続けて「だがまあ、所詮は雑兵だな」とマゾ男は吐き捨て、増援からの攻撃を片足で凌ぎつつ、一撃で確実に相手を伸していく。レデヤ君も彼の背に回り、周囲の団員を足で薙ぎ払った。


「おい、レデヤとか言ったか。確実に気絶させろ」

「おまえな……逃げるのが先決だろ! おい、エナはおれが連れてく。椅子ごとこっちに渡せ」

「彼女は良いハンデになる。必要だ」

「は、はぁ……?」


 何故両手を塞いでいるあたしを捨て置いて戦わないのだろうと思っていたら、やはりそういう理由だったか。

 あたしは彼の言葉を理解したが、レデヤ君は言っている意味がわからないといった風に素っ頓狂な声を上げていた。戦闘を一時中断して、困惑した様子であたしの顔を一瞥する。あたしは苦い顔で視線を逸らした。レデヤ君はあたしを四六時中ストーカーしていたようだが、流石にあの宿内でのやり取りまでは聞いていなかったらしい。


 マゾ男があたしと出会ったときに説明した、彼が求めている伴侶の役目というやつだろう。きっと平常時であれば、この数の団員など一人で一掃してしまえるのだろうな、この男は……

 納得した様子のあたしにレデヤ君は説明を求めていたようだったが、状況が状況なので今は控えておく。うまく説明できる自信もなかったし。


 彼らはその場の団員を全員倒し切った後、階段へと向かった。

 レデヤ君のほうは、エレベーターで待ち伏せされては流石の彼らも戦いようがないと踏んで、階段での移動を選択したのだろう。だが踊り場を挟んだ階下にも、既に騎士団が待ち構えていた。マゾ男の方はこれが狙いで階段にやってきたのだろうなと思った。

 マゾ男はやはりあたしを抱えたまま階段を飛び降りて、団員に突っ込んでいった。

 クロさんに毒を盛られそうになった時よりも死を身近に感じる―――あたしに叫ぶ暇も与えず、マゾ男は団員の頭を足場にし、足だけで器用に一人ずつ、確実に気絶させながら階下へと下りていく。一階に辿り着く頃には、増援の数は減っていた。


 最後の一段から足を下ろし、広い玄関ホールの中腹まで駆け出すが、騎士団の新たな増援はやってこない。もしかすると、この支部の団員を一掃しきってしまったのかもしれない。大都市の支部ではあるが、お国の御膝元ではないので、常駐している団員は少なかったのだろうな。それにしても凄いことだけど。


 それからあたしたちは、騎士団支部を後にし、町の裏通りへと逃げ込んだ。


「……あまり手応えはなかったな」


 追手が来ないことを確認してから、マゾ男は椅子を地面に置き、深い溜め息を吐く。もちろんそれは息切れによるものではなかった。きっと団員たちの弱さに落胆しての溜め息なのだろう。


 何故か動いていないあたしのほうが息を切らしていた。動悸もなかなか治まらない。絶叫アトラクションに安全装置なしで乗らされた揚げ句、告知なしで発進させられたような気分だった。

 だが驚くべきことに、あの状況であたしは一切の外傷なく生還することができた。それでも挙げるとするなら、リボンと椅子に締め付けられていた箇所が鬱血しているくらいか。


「そ、そんなのにあっさり捕まっちゃうような女なんか、伴侶に相応しくないんじゃない……?」


 煽るように訊ねてみると、マゾ男は「今回は不可抗力だ」と返してきた。


「何より、まだ昨日からの疲れが取れていないだろう。何より、女という括りではお前が暫定的に最強だ。手放す訳にはいかん」

「……へーへー、そうですか」


 突っ込む気力もなく、あたしは力なく返答する。

 とはいえ、正直かなり助かった。今後のことは置いておいて、毒殺は免れたのだから。


「……マゾオ……とりあず、エナの拘束を解け……」


 ぼーっとしていると、レデヤ君が息も絶え絶えにマゾ男に提案してくれる。あたしと同じく息切れをしていたが、それもほんの数秒で治まってしまった。彼もなかなかの体力お化けだ。


 レデヤ君に促されるまま、マゾ男は椅子の背もたれを剥がすように破壊した。ドアのように殴って壊してはあたしにダメージが入るからだろう。一応、そういった配慮はしてくれるらしい。だったらあたしを抱えたまま敵陣に突っ込むな、とも思ったが。


 椅子、そして緩んだリボンと共に、あたしは地面に崩れ落ちた。この数分で全身がすっかり凝り固まってしまった。おまけに痺れてしまって、あまり感覚が無い……

 両手両足をほぐすように伸びをしてから、あたしはよろよろと立ち上がる。途中で倒れそうになって、それを見たレデヤ君はすぐさまあたしの肩を抱えてくれた。触れられた箇所はまだ血が行き届いていないようで、ぴりぴりと痺れる。

 それから、二人の顔を交互に見て、彼らに頭を下げた。


「……二人とも、ありがとう」


 今回も言わずに黙っていようと思っていたが、お礼をせずにいるというのは、思っている以上に耐え難い。これまでは彼らに好かれないようにと振舞っていたが、恐らく、あたしがいくら好感度を下げるような行動をしたって、どうせ彼らは着きまとってくる。もうお礼を言おうが言うまいが変わらないだろう。


 あたしの感謝をマゾ男は全く意に介さない様子だったが、レデヤ君は今にも泣きそうな顔で喜んで、あたしに抱き着いてきた。あまりに強く抱きしめてくるので、全身にすさまじい痺れが襲う。


「これくらいどうってことないよエナ! これからも一緒にいようね」

「う、ウン……」

「次はもっと強い騎士団に捕まってくれ」

「絶対やだよ。ふざけるな」


 そう言われて、指名手配のことを思い出す。今はこの状況だ。やはり、しばらくは彼らと行動を共にした方が安全だろう。


 あたしは仕方なく、彼らとの旅を続けることにした。

 ああ、一時は彼らと離れることができたのにな……貴重なチャンスを逃したことを残念に思ったが、彼らとの再会と安否確認ができて、心の片隅でほんの少し、ほんの数ミリだけ安堵している自分もいた。あたしは、これを一時の気の迷いだということにして、心の奥底にしまっておくことにした。



   ◇ ◇ ◇



 ガラス片を踏みしだき、クロラグニアは割れたステンドグラスの間から眼下の町を眺める。彼の視線の先では、椅子に縛り付けられたままの一人の女冒険者と、それを抱えた男、取り巻きの男の二人が、裏通りに駆け出していた。

 部屋に視線を戻す。すっかり風通しが良くなった拷問部屋には、ステンドグラスの破片と、先程の女冒険者が忘れていった履き古された靴だけが残されていた。クロラグニアはそれを一瞥してから、すげなく蹴飛ばす。


「……硝子騎士団に応援を要請しましょう。索敵は彼らの十八番ですからね……それを持っていきなさい」

「はっ」


 命じられた団員の一人が、蹴飛ばされた靴を手に取り、部屋を後にする。


「……エナ、ですか…」


 偽りの笑みばかり貼り付けていたクロラグニアの顔が、一切の感情を失ったように無表情となった。

 深い黒を湛えた瞳は、その場には居ないエナの姿を捉えていた。




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