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04.白雪騎士団 Ⅲ



「公私混同しない人間ですが、今回ばかりは致し方ありません―――上には不慮の事故と報告しましょう」


 その言葉の後、クロさんがガントレットを嵌めたままの指を弾く。すると、あたしが座っていた椅子から細長い何かが勢いよく飛び出してきた。それは薄っぺらいリボンだった。


「な、なんじゃこりゃあ!?」

「拘束用に利用している道具です。便利でしょう?」


 本性を表した後も丁寧に説明してくれるクロさん。その説明の通り、リボンはあたしの腰や腕、首に巻きつくようにして、体を椅子に縛りつけた。即座に暴れて外そうとするが、四肢はぴくりとも動かない。この薄さではあり得ない強度だ。まさか―――


「……貴女方冒険者が収集している〝魔具〟ですよ」


 魔具―――それこそつい先ほど説明した、魔力を動力源とする古の遺物だ。騎士団もいくつか所有していたと聞いていたが、まさかこんなところで使われているなんて。


 その間にクロさんは、自身の背後にあった重々しい鉄の棚を開いていた。この金属特有のものか、はたまた拷問で沁みついたものなのか、どちらともつかない鉄の生臭い匂いが漂ってくる。

 その中にはやはり無数のトゲが生えていて、そこに引っ掛ける形でいくつかの武具が吊るされていた。


「さて今回は、銃殺、絞殺、刺殺……どれにいたしましょう? ……いえ、傷が残ってはなりませんからね……毒殺にしましょう」


 こちらを振り返ったクロさんは、果実の形をした可愛らしい瓶を手に持っていた。その中には、血の色をした液体が並々と入っている。彼によると、毒、らしい。

 先程の軽やかな足取りをすっかり忘れてしまったように、彼がゆっくりと、一歩一歩を着実に踏みしめながら、こちらに歩み寄ってきた。あえて時間を掛けているのだと思う。あたしの恐怖を煽るために。根拠はないが、そんな確信があった。


 あたしはその間も、必死に体を捩ってリボンを振りほどこうと暴れ続けていた。だが抵抗も虚しく、がたがたと椅子が揺れるだけで、緩む気配はおろか、あたしの体を拘束というには過度なほどに締め付けていく。そのうち椅子ごと床に倒れ込んでしまった。


 そう広い部屋ではないので、クロさんはすぐにあたしの目の前に辿り着いてしまう。

 それから倒れたあたしの胴に跨って、毒の瓶を揺らしながらちらつかせてきた。あたしは唯一動かせる顔を左右に振って抵抗するが、最後には頬を掴まれ、完全に動きを止められてしまう。

 彼の顔が間近に迫る。


「さあ、私に体を委ねて下さい……」


 そう耳打ちされ、恐怖で息が止まった。

 今回こそ、完全におしまいだ。ああ、まさか二度目の死が毒殺だなんて……本当にあたしはついていない。


 部屋に静寂が訪れ、瓶とクロさんのガントレットがこすれる音だけが響く。耳を澄ますと、瓶の中身が波打つ音まで聞こえてくるようだった。


 そこで、あたし……いや、あたし達は、やっと部屋の外が騒がしいことに気付く。


「……――の不審――まれ!……」

「……―もなくば――ぞ!!」


 時折聞こえる叫び声は、緊迫した事態に陥っていることをあたしたちに伝えていた。


「……何です?」


 クロさんが手を止め、ドアの方を注視する。あたしもそちらを見たかったが、顔を掴まれていて目視できない。何より、目視しても扉を開かなければ、何があっているか実際の所は分からないだろう。


 その代わりに、あたしは部屋の中の異変に気付く。

 一瞬、頭上のステンドグラスが人の形に陰ったのだ。

 そしてその直後―――凄まじい音を立てて割れた。


 ステンドグラスが破れ、純粋な太陽の白い光と、人の足が侵入してくる。色とりどりのガラス片が宙を舞い、破片が床に透き通った影を映し出していて綺麗だった。真っ先に呑気な感想を抱いてしまうほど、突然の出来事だった。

 それとほぼ同時に、クロさんは後方へ跳躍するようにしてあたしから離れ、彼と距離を取る。


「エナ!!」


 ガラスが崩れる音が終わった頃、聞き慣れた男性の声が飛んできた。


「やっ……レデヤ君!?」

「エナ、待ってて、今外すから……」


 入ってきたのは、ヤンデレ君ことレデヤ君だった。

 レデヤ君はすぐさまあたしを縛り付けるリボンを破ろうとするが、一向に外れない。クロさんによれば魔具らしいので、人の手ではまず破壊できないだろう。


「……団員たちには後で仕置が必要ですね」


 その間、気付けば彼の背後にクロさんが迫ってきていた。ガントレットの中に、櫛のような形状の鋸を握って。先程の拷問器具の中にあったものを取り出したのだろう。

 クロさんはその鋸の切っ先をレデヤ君の首元に翳し、「まずは貴方から」と彼に囁く。だが、その攻撃は再び騒音に阻まれてしまう。


 次に部屋に響いたのは、ドアが破られる音だった。

 とてつもないデジャブを感じ、恐る恐るドアの方を見遣ると―――そこにはやはり、ドアを破壊したマゾ男が立っていた。いつぞやの宿での暴挙の再演のようだった。だが、今回は感謝せねばならない。

 そういえば、レデヤ君が部屋にガラスを割って入った時、代わりに部屋の外が静かになっていた。恐らく、彼が外の団員を全員倒してしまったのだろう。


 マゾ男は部屋に押し入ると、あたし達よりも先にクロさんの方へ近寄っていく。


「俺と戦おう」


 そして開口一番、宣戦布告した。

 何を言っているんだ!と横やりを入れそうになったが、それよりもクロさんの返答が早かった。


「いえ。お恥ずかしながら戦闘は不得手でして……二対一では勝つ自信がありません」

「いや。俺と一対一だ」

「それでも無理でしょうね」

「……そうか。それは残念だ」


 相変わらず微笑んだまま、クロさんは両手の手の平を天井に向け、お手上げのポーズをした。平静を保っているように見えるが、実際の所はどうなのだろう。普通だったら、こんな状況に遭遇して平気ではいられないと思うけれど……。

 そしてクロさんが先程言った「勝つ自信がない」というのは、恐らく嘘だ。噂では白雪騎士団の団長は相当に強いと聞いている。真っ先に話しかけたあたり、きっとマゾ男もそれを理解している筈だ。だが、戦う意思のない人間には興味が無いのか、彼はクロさんを視線から外して、レデヤ君によって引き上げられたあたしに声を掛ける。


「大丈夫か」

「大丈夫に見える…?」

「多分破れないぞ、このリボン。少なくともおれには無理だ」

「ふむ……」


 マゾ男は考え込むように唸ってから、椅子ごとあたしを抱えて立ち上がる。


「椅子ごと壊そう」

「ごめんなさーい!! いつか弁償しまぁす!!」


 すれ違いざまにクロさんに謝罪してから、三人で部屋を出た。

 マゾ男の肩越しに見えたクロさんは、この状況でもやはり微笑んだままで、悠長に手を振ってあたしたちを見送っていた。




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