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04.白雪騎士団 Ⅱ



 その後、あたしは大人しく拘束され、開けた場所に停車していた馬車に詰められるように乗せられ、先立ってヴィルデックにある騎士団支部に移送されることになった。なお、馬車という名称ではあるが、これも馬が引いている訳では無い。前世でいう軍用トラックのような大型車だ。

 馬車には、クロさんと操縦者の団員一名が同乗する。彼らの方が危険であると判断されたようで、残りの六名の団員は暴れるヤンデレ君の鎮圧に当たっていた。マゾ男の方はというと、意外にも一切の抵抗を見せず、そのまま手錠を嵌められていた。白雪騎士団は優秀な騎士の集まりだ。彼であれば戦いたがりそうなものだが……一体、何を考えているのだろう。クロさんもそうだけど、彼の考えることもよく分からない。


 道中、暇を持て余したあたしは、車内の様子を確認する。車内にあったのは、出入り口を除くように、片仮名のコの字に取り付けられた硬そうな座席。そして格子が嵌められた車窓。操縦席とは壁に完全に隔たれており、顔が見える程度の小さな窓だけが取り付けられていた。それにも防御板が下ろされており、こちらとは完全に断絶されている。

 実に簡素な車内だ。まあ、馬車なんてどれもこんなもんだろう。窓があるだけまだマシだ。


 遂にやることがなくなったあたしは、最後に、対面に座っていたクロさんに目を遣る。そして思わず目を見開いてしまった。

 クロさんがあの微笑を湛えたまま、こちらをじっと見つめていたのだ。それも目が合っている間も、ずっとだ。気味が悪くなり視線を外し、少し間を置いてまた確認してみても、やっぱり視線が合う。ついに観念したあたしは、完全に顔を背け、格子窓の向こうで流れていく景色に視線をやった。


 白雪騎士団団長、クロ…なんとか……。今回初めて会ったが、心底不気味な男だ。

 話も分かるようだし、常に笑顔で表面上は物腰も柔らか。だが、それらが彼の気味の悪さをかえって助長している。

 あたしに絡んでくるのは本心を不要に曝け出してくる変態ばかりだったので、こういう、思考が読めない人間を相手するのには慣れていなかった。



 ほどなくして、格子窓の向こうから町が見えてきた。馬車の移動だとこんなにも早いのだなと感動したが、それはそれとして何度この町を往復すれば気が済むんだとうんざりする。マゾ男とヤンデレ君に至っては今回で三度目だろう。彼らがあたしと同じ場所に輸送されていればの話だけど。


 車体が大きく揺れてから停止した後に、操縦席の窓が開いて、操縦者の団員が顔を覗かせた。


「クロラグニア様、到着いたししました」


 言われなくとも分かる。騎士団支部の前に辿り着いたのだろう。それを聞いたクロさんは立ち上がり、「こちらへ」とあたしに手を差し伸べてきた。

 あたしが手錠をしているから、立ち上がる補助をしてくれようとしているのだろうか。だがその手は取らず、あたしは立ち上がる。だがその後、馬車を降りるまで、彼はあたしの肩を支え、倒れてしまわないようエスコートをしてきた。指名手配犯相手でも対応が丁寧だな、と少しだけ好感を抱いたが、もちろん警戒は続ける。理由あってのこの対応なのだろうし。


 下車すると、視界いっぱいに巨大な塔が現れた。白基調の壁に、シンプルながら荘厳な金装飾がなされている。木造の他の住宅とは一線を画す、これこそが騎士団支部だ。

 時間が許す限り周囲を確認したが、もう一台の馬車は見当たらなかった。彼らも馬車に乗せられているとは思うのだが……もしかすると、別の支部に移送されてしまったのかもしれない。はたまた拘束に手間取っているのだろうか。


 これでやっと、結果的に二人と離れることができた。これが本来の目的……その筈だったのだが、やはり気になってしまう。

 だけど戦闘面での心配は一切していなかった。二人であれば、あの精鋭相手でも死ぬことはないはずだ。

 ただ、厄介なのはその後。そして何より―――


「今はご自身の心配をなさってください」


 その後に続くはずだった自分の心の声と全く同じ言葉が、実際に聞こえてきた。

 それは手前を歩くクロさんの声だった。ここまでタイミング良く他人の心を見透かすことができるものなのかとぞっとすると同時に、あたしがそんなに彼らを心配しているように見えたのかと思うと少し恥ずかしかった。それにしても、相手を気遣う言葉が、丁寧な口調だというのにここまで恐ろしく感じられるとは。


 間もなくクロさんに騎士団支部へと案内され、目視での周囲の捜索は一時中断を余儀なくされた。

 支部の正面口を通って、エレベーターのような移動機器で階層を上がり、最終的に四階の最奥にあったとある部屋に通される。

 部屋の用途を示したプレートはどこにも無かったが、恐らく尋問室のようなものだろう。


 入ってすぐに、資料が置かれた机と、対面に置かれた二脚の椅子が目に入る。そしてその背には―――棺桶のような、はたまた処女の名を冠した人型の拷問器具のような、歪なオブジェがあった。

 ……比喩として棺桶だと言ったけど、もしあれが想像通りの拷問器具なら、棺桶も同然だろうな……なんて内心で余裕をぶっこいて、緊張を落ち着かせる。


 壁面には、それらとは対象的なステンドグラスの窓があり、外から差し込む光だけで部屋の中をごく彩色に彩っていた。その一点だけは、拷問部屋というより教会を思わせる。

 この世界の西部の国でも、元の世界の宗教に類似した一神教が流布している。この部屋に入った者に罪を告白しろとでも言っているのだろうか? だがあいにく、あたしは冤罪だ。告白する罪など持ち合わせていない。少なくとも現段階では……


 クロさんに「おかけください」と言われ、促されるまま椅子に座る。ちょうど棺桶が目の前に見える位置で気味が悪かったが、死角にあっても落ち着かないし、彼の誘導では どのみちこちら側にしか座ることはできなかっただろう。


 ……さて、うまく直談判できれば誤解は解けるだろうが……まずそうはいかないだろう。これまで何度も理不尽な非難を受けてきた。今更、そんな望みを抱くことはない。

 だけど、黙って罪を受け入れるのは癪だ。努めて冷静に、弁明しなければ……


「エナ様は冒険者だそうで……」


 資料をぱらりとめくりながら、クロさんは会話を始めた。


「まあ、山賊と似たようなものですね」

「な!? あんなのと一緒にすんッ……し、しないでください」


 思わず声を荒げそうになってしまうが、すぐさま声を抑える。こちらを怒らせるのも彼の目論見の内かもしれない。何より、世間の冒険者への認識なんて実際こんなもんだろう。

 あたしが生業としている冒険者という職業は、遺跡や未開の土地に眠る主に財宝や遺物、魔具とか魔動具と呼ばれる魔力を動力源とする道具を収集し、それを売っ払うことで生計を立てている職だ。確かに、何も知らない人からすれば盗人かもしれない。


 だが、買取はギルドのような正規の施設でしかできない上、国からの許可が必要で、冒険と言いつつ、指定された区域にしか入れない。もちろん、それ以外の立入禁止区域に入ったり、犯罪に手を染めるような輩も居る。

 どの世界でも、一部の目立つ悪人と一緒くたにされてしまうのはよくあることだ。これ以上は深く言及しないことにする。


「それで、何故あの小屋に? あそこは山賊の根城だった筈ですが」

「……冤罪で指名手配されてるので、まともな宿に泊まれなかったんです。なので……山賊が家を空けている隙に、寝床としてお借りしました。交代で見張りをして……」


 一度撃退したことがあること、そしてそれを利用して半ば脅して出ていってもらったと言うと、これまた面倒なことになりそうなので、嘘を吐いた。前半に事実を織り交ぜたのでバレづらいとは思うけれど、この人にそんな小細工が通用するかどうか。

 また、襲撃前は知らなかったので、捕らえられていた兄妹たちのことは話さなかった。


「では、あの方々は?」


 あの方々。言わずもがなマゾ男とヤンデレ君だろう。

 あたしは「あー」と一息ついてから、彼らについて説明を始める。


「あたしにつきまとってる人たちです。名前は忘れちゃった。面倒なのであだ名で呼んでます」


 もちろん嘘だ。一応、覚えてはいる。マゾ男の名前はアマゾルクで、ヤンデレ君の名前はレデヤ。こんな見え透いた嘘、この騎士団長でなくても分かるだろう。

 彼らを庇う道理はなかった。のだけど、ここ数日間はお世話になったので、多少は身元を誤魔化そうと思う。そもそも実際のところ、あたしは彼らのことを詳しく知らない。


 それから、ヤンデレ君……先程暴れていた男性は、数年前、とある店で働いていた時からずっとストーカーしてきていて、もう片方の男からは三日ほど前、酒場での騒ぎを目撃した後からつきまとわれていることをクロさんに教えた。

 彼は笑顔のまま表情が変わらないので、かえって表情が読めなかった。だとしても、恐らく疑っている。マゾ男はともかく、ヤンデレ君のように数年に渡ってストーカーしてきている人間がいるだなんて、そうそう信じないだろう。案の定、彼は重箱の隅をつついてきた。


「ですが、一緒に寝泊まりはしていたようですね……本当は協力者なのでは?」


 やはり言われると思った、と心の中で盛大にため息を吐く。こうなるから、他人の…特に男の手は借りたくなかったのだ。

 「何度撒いても着いてくるので、こうなったら見張り番として使ってやろうと思ったんです」と正直なところを話すと、クロさんはひとまず納得したようで、「ふむ」と小さくこぼしてから背凭れに体重を預けた。

 そしてしばらく私を舐め回すように見つめてから、「ですがまあ、納得です」と、新たに話を切り出す。


「お綺麗な方ですから、ああいった痴漢やつきまといの被害を受けるのも頷ける」

「あー……そうですかねぇ、それはありがとうございます」


 それがお世辞だということくらいは分かっていたので、こちらも適当に流した。それすら見透かされてしまったようで、クロさんは「本心ですよ」と返してきた。

 それから彼は資料を机に置くと、その上に両肘をつき、自身の両手の指を絡めて、それに顎を置く。


「それにね、長くこの仕事をしているとね、ある程度分かるようになるんですよ。冤罪かそうでないかは……」


 一方的に冤罪をふっかけられるであろうと思われていた尋問に、一筋の光明が差した。

 このクロさん、思っていたよりも話が分かるし、もしかすると釈放されるかもしれない―――だが次の瞬間には、その希望は打ち砕かれることになる。

 クロさんは「それに」と付け加えて、こう続けたのだ。


「現に私も、貴女の美しさに目を奪われています」

「はぁ………え?」


 光明が陰る。

 ……すごく、嫌な予感がしてきた。前世も含めたこれまでの人生で、何度も味わってきた予感だ。


 案の定、それから話は更に思いもよらぬ方向へとこじれていく。


「え、えーと……そんなこと言われたの初めてですネ……ヘヘ……」

「ですが!」


 クロさんが突然声を張り上げるので、あたしは大きく肩を揺らして驚いてしまった。それを見て彼は嬉しそうに微笑んで、最後のとどめを刺す。


「貴女が、驚きもせず、瞬きもせず、息もしない、雪のように冷えきった死人であれば―――より美しかったでしょうに……」


 恍惚とした表情で、とんでもないことを言い出すクロさん。

 ああ、最悪だ―――騎士団の中にも居るのかよ、変態!!




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