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04.白雪騎士団 Ⅰ



「おや…? ずいぶんと可愛いらしい山賊さんですね」


 そのわざとらしい口調から、山賊ではないと分かって皮肉っていることが伺えた。


 騎手が兜を脱ぐと、艶やかな純白とは対象的な深い黒の長髪が溢れ出した。顔立ちは端正だったが、そこにはいかにも繕った風な微笑みが張り付いている。

 鎧で体格が隠れていることもあって、一瞬女性と見誤ったが、声と顔つきから男性であるという結論に落ち着く。彼が恐らくこの騎士団の団長であろうことからも、それは明白だった。女性は団員にはなれても、団長クラスには絶対に選ばれなかった筈だ。


 団長は兜を後続の団員に手渡すと、こちらに歩み寄ってきた。

 一歩目を踏み出した直後、すぐさまマゾ男とヤンデレ君があたしの前に出る。ヤンデレ君はあたしを守ってくれようとしたようだが、マゾ男のほうは戦いたさに体が動いたといった様子だった。

 それに物怖じすることなく……それどころか居ないものとして、団長は二人の背後にいるあたしに微笑みかけてきた。


 雪の徽章の騎士団……噂に聞いたことがある。

 団長は「はじめまして」と丁寧に頭を下げ、こちらが思い出す前に所属とその名を名乗った。


「わたくし―――白雪騎士団団長の、クロラグニアと申します」


 そうだ、この徽章は……〝白雪騎士団〟だ。

 有力な三つの騎士団の中でも、とりわけ優秀なグループ…らしい。主な仕事は犯罪者の検挙、処罰。団員は七名の少数精鋭。そして団長は、彼らを捜索や足止めに使うのみに留め、最終的には自ら手を下しにやってくると聞いている。今回もそうだと踏んだ。この場に居たのが山賊であれば、きっとボスは彼に頭を撥ねられていただろう。この世界では、この手の賊は即刻刑戮が基本だ。

 ただ、今はそれよりも……


(まーた覚え辛い横文字が出てきた―――)


 この世界の名前覚えづらいんだよな……白雪騎士団だけど名前はクロ、とだけ覚えておく。今後また出くわす機会が無いことを願うばかりだ。


「はじめまして……貴女がエナ様ですね」


 クロなんとかさんは、光を呑み込んでしまうような黒い瞳で、あたしをじっと見据えてきた。

 ……あたしの方はまだ名乗っていないし、二人も今回に限っては名前を呼んでいなかった筈だ。


 疑問に思っていると、クロさんは「山賊を訪ねに来て、まさか指名手配犯にお会いできるとは……」と自ら答えを語り出す。なるほど、指名手配犯の顔を覚えているようだ。ただの似顔絵だから何とか思ったが、難しいようだ。似てたもんな、あの絵……


「……誰ですか? それ」

「何を言ってるんだ。エナというのはお前だろう」

「あっ、おまえ……」

「……ですってよ、エナ様」

「……」


 すっとぼけて逃れようと試みるが、手前のバカによって計画は即刻おじゃんになった。撤回しよう、マゾ男には他人の機微は分からない。

 クロさんはたった今失言をしたマゾ男、そしてその隣のヤンデレ君を、視線だけで交互に見遣る。


「そちらのお二方は…ご友人ですか?」

「伴侶だ」

「恋人だ」

「どちらで?」

「どっちでもないです」


 流れるように嘯く二人の脇腹に強めの肘鉄を食らわせつつ、クロさんに訂正する。

 あたしたちのふざけたやり取りを目前に、クロさんは微笑んだままだった。笑いもせず、かといって機嫌を損ねることもなく。一体、何を企んでいるのだろう……


「エナ様でしたね」

「は、はあ……」

「痴漢被害に遭われたそうで。大変でしたねぇ……ユッセンドルで一件、ノイシュヴァンで二件……多い時は同じ町で五件も……」


 団員から手渡された書類を捲りながら、クロさんがその内容を読み上げていく。町の名前には全て聞き覚えがあった。あたしが騎士団に変質者たちを引き渡した町だったはず。意外とちゃんと記録されているんだな。

 そんなこともあったな、とウンウンと頷きながら肯定していたが、彼が次に放った言葉は首肯しかねるものだった。


「それで本題ですが―――これらは全て、虚偽の報告ではないかという結論が出ました」

「は…はぁ……!?」


 思わず声を荒げてしまった。慌てて声を抑え、「詳しく説明してくれますか?」と努めて冷静に返す。クロさんはそれににっこりと微笑んで、更に続けた。


「客観的に考えてみてください。こうも各地で連続して、しかも同一人物が被害を被る事件が起きるとは考えにくい。全ては対象の男性に濡れ衣を着せるため、もしくは悪戯による申告ではないか、という結論に至ったのです」

「はあああああ!?」


 流石に今度は声を抑えられなかった。

 まあ確かに、あたしのように連続して被害に遭う人間は珍しいだろう。前世から続く性質にすっかり慣れきってしまっていたが、考え直せば確かにおかしいと思う。でも事実なのだ。それに……


「現にヘンなのに付きまとわれてるでしょーが! コイツらもとっ捕まえてくださいよ!」

「確かにそうですね……」


 あたしに肘鉄されて「強いな…」と喜ぶガタイの良い男、「触ってくれた…」とニヤニヤ笑ういかにも不審な黒尽くめの男を交互に指差し、クロさんに抗議する。

 ……とはいえ、どうせ暖簾に腕押しになるだろう。いつもそうだった。今回もそうなるだろうと諦め半分で放った言葉だった……のだが、返ってきたのは予想外な言葉だった。


「では一度、この方々は拘束致しましょう」


 クロさんが手を挙げると、周囲にいた団員たちが二人を囲う。

 マゾ男たちよりよっぽど話が通じるな、と一瞬思ってしまった。まさか本当に捕まえようとしてくれるなんて。だが、どうにも素直に喜べない。町に向かった元々の目的もそれだったのに。


「ふ、二人とも……!」

「それとは別に、形式的に聴取しなければなりませんので、貴女はこちらへ」


 クロさんのその一声で、あたしも別の団員に拘束されてしまう。


「エナ!!」


 ヤンデレ君が叫ぶが、すぐさま同様に団員に拘束され、身動きが取れなくなる。武装された団員相手では、然しもの彼も動けないだろう。マゾ男はそもそも動こうとしていなかった。

 体力は回復していたが、あの様子ではあたしごときが抵抗しても無意味だろう。ここは仕方ない。あたしはそのまま騎士団に連行されることにした。


 頭上では、夜が明けようとしていた。

 森で迎える二度目の夜明けだった。


   ◇




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