01.女冒険者と戦闘狂男 Ⅰ
あたしの最も古い記憶は、生前まで遡る。
十八年という短い生涯だった。
事故に遭ったのか、何者かに手に掛けられたのか、はたまた自ら命を絶ったのか。死因は定かではない。
あたしの人生は呆気なく幕を閉じる。
混濁する意識の中、何者かの声を断片的に耳にした。
―――……死んでしまうとは、なんと哀れなことか。
―――次はこの世界に転生させてやろう……
そして次に目を覚ました時、私は助産師に抱えられていた。
再び十八年の時が経過した今となっては、その時の景色や声が現実のものだったのかどうか、定かではない。
でも、今日のように、ふいに思い出すことがある。
こういう風に、厄介な男に絡まれていると……。
「オネーチャン、今暇?」
客の少なさを理由にこの店を選んだが、失敗だったようだ。
時刻は夕方七時。飲食店であれば書き入れ時にも関わらず、こうも閑散としているのは、大方あたしに絡んできているこの大男が原因だろう。恐らく、他の女性客にも手を出しているのだ。
だがこの男が居なくとも、いずれあたしは誰かしらに絡まれていただろう。
あたしは、前世から妙な体質をしていた。
女難体質ではなく、〝男〟難体質とでも言うべきか。
行く先々で、こういう厄介な異性に絡まれてしまうのだ。
前世でも今世でも、美しい顔立ちというわけでもなければ、体型も良いわけでもない。かといって、不思議と男を惹き寄せてしまうような魅力があるかといえば、これもやはり違う。恐らくだが。
きっと騙しやすそうだとか従順そうだとか、そういう理由で狙われているのだろう。自分の中ではそう結論付けている。
前世でも、学生時代にアルバイトをしていた頃、男性客からのストーカー被害に悩まされていた記憶がある。異世界転生してからは、その迷惑さを遥かに超えてくる男ばかりだったので、あまり記憶に残っていないが。
この異世界は、元の世界の歴史でいえば、近世程度の文明だ。そんな世界の治安なんてお察しのもので、ようやく法整備がされ始めた程度。
軽犯罪者であれば巷にごまんと居るし、それ以外の一般人も常識の通用しない人間が大半だ。それも仕方のない話だ。常識の基準となる法がそもそも浸透していない世界なのだから。
騎士団と呼ばれる警察のような機関が存在するのが不幸中の幸いだが、彼らが到着するまでは、どうしても自分で対処するか、他人の手を借りなければならない。
こういった場合は男性に助けを求めるのが専らだろう。だがあたしの場合、おいそれと男性の手を借りることは出来ない。
助けてもらった男性に報酬として、体の関係を求められたり、最悪のケースでは求婚されたことがあるのだ。
もちろん、助けてもらったお礼はすべきだろうし、こちらとしても可能な限りはしたい。だが、一夜だけでも見ず知らずの男に体を許すのは躊躇われた。もし仮にこの世界ではそれが一般的であっても、あたしの中に根付いた前世由来の貞操観念では憚られるのだ。
そういった経験もあって、どうしても知らない男性には頼れなかった。
だが、そこで泣き寝入りをしていられる状況ではない。
「……なぁネーチャン! シカトすんのはちと酷いんじゃねーか?」
絡んできた男が、長らく黙り込んでいるあたしに遂に痺れを切らす。
強引に肩を掴んで、自身の胸元へ引き寄せようとしてきた―――が、次の瞬間には、その大きな図体に似合わず、軽やかに宙を舞っていた。
「―――ウオッ!?」
地面への着地と同時に、男が驚嘆の声を上げる。
うまく受け身が取れず、頭でも打ってしまったのだろう。男は頭頂部をさすって、よろめきながら立ち上がった。
「て、テメェ……女だからって舐めてっと―――」
激昂した男が殴りかかってくる。
あたしは最低限の動きで男の攻撃を躱しつつ、その腕を取って更に横転させた。
再び、店内に鈍い音が響く。男はまた頭をぶつけたようで、文字通り頭を抱えている。そしてその痛みに呻きながら、あたしにこう問いかけた。
「……うッ……、俺に一体……何…した……!?」
これは元の世界でいう合気道のような体術だ。護身術として、とある人物から教わった。術の名前も同時に教わったが覚えていない。
今のはその基本。相手の攻撃を利用して受け流すという、カウンターのような術だ―――と、心の中で解説してみる。
とはいえ、真っ向勝負で戦えるほど極めてはいない。なのでこういう時は、カウンターで何とかいなしてから、騎士団に身柄を引き渡してトンズラすることにしている。
ちょうど店の外から、騎士団の〝馬〟の走行音が聞こえてきた。店員か他の客が通報してくれたのだろう。
状況説明も面倒なので、今日はこのまま宿へ向かうことにする。
「すみません、店騒がせちゃって……」
怯え切った店員が隠れているカウンターに、お詫びとして、多めにこの町の通貨を置いていく。
それからあたしは、店の周囲にできた人集りに紛れ、騎士団に見つからないようその場を立ち去った。
この世界には不可思議な現象や物質はあるものの、残念ながら異世界モノ定番のスキルといった概念が存在しない。
いや、もしかすると存在するのかもしれないが、今のところ聞いた試しはないし、少なくともあたしは授かっていないようだった。
チートで無双することも、一点突破な個性的なスキルで活躍する……なんてこともない。
(あーあ。神様、哀れんでくれるなら変態男避けのスキルでもちょうだいよ……)
生まれてくる前に聴いた、あのいかにも神様っぽい声を思い出す。
最強になれるようなスキルや力は望まない。そもそも、厄介なやつに遭遇しなければ、こうやって応戦する必要はないから。
暴力には暴力で対抗する他ない。だけど、手を出すと相手と同類になっているような感覚がして、正直気分が悪かった。
あたしは折角の転生でも、相変わらずの男難体質と、それによって引き寄せられる異世界の男性たち、そして、前世から大きく低下した文明や生活標準の所為で、前世よりも苦しんで生きていた。
この時のあたしは、まだ気付いていない。
先程の騒動によって、更にあたしを苦しめる、別の変態を誘き寄せてしまったことに。
◇