第26話 やったか!?
――天原衛
毒魔法≪ヘドロノイブキ≫
衛は急降下で飛行速度を上げて、降り注ぐ猛毒の雨を回避する。
ヘドロノイブキは口から猛毒の液体を吐き出す魔法だ。
散弾銃のような特性があり、発射されたあと霧吹きを使った時と同じように毒液が拡散しながら飛んでくる。
射線を見切ってかわすことができない厄介な攻撃だが、かわりに有効射程は短く30メートル以上離れると毒液が拡散しすぎて有効打にならない。
魔法を回避したものの、このまま敵に上を取られている状況は不味い。
俺は直線飛行を続けスピードの低下を最小限に抑えながら高度を上げる。
空中戦は、それが飛行機であろうとマモノ同士であろうと基本的やるのは上と背中の取り合いだ。
トビサソリの使うヘドロノイブキは強力な飛び道具だが、さすがに頭上や真後ろにいる敵は撃てない。
俺は魔法が使えないので攻撃するためには頭突きか体当たりを当てるしかないが、背中から攻撃すれば反撃される心配をしなくていいし、上から攻撃すれば重力を味方につけてより高いダメージを与えることができる。
だから、俺はトビサソリの上を、背中を取れるように全力で飛び回る。
しかし、厄介なことにトビサソリはただの虫じゃない。
空中戦では上と背後を取ることが基本。
俺が知識として知っている空中戦の基本を、トビサソリは野生の本能で理解している。
毒魔法≪ヘドロノイブキ≫
俺が上昇するために速度が落ちたところを見計らってトビサソリが近づいてきて上昇飛行を続けている俺の頭上目がけて毒液を吹きつける。
右旋回――いや下だッ!
一瞬右旋回でやり過ごす考えが脳裏を掠めるが、ヘドロノイブキは紙一重で避けようとすれば致命傷を食らう散弾銃と同じだ。
俺は確実に有効射程から逃れるために、降下して最高速で離脱する。
一瞬で稼いだ高度を吐き出してしまった。
さっきから同じことの繰り返しだ。
俺は攻撃をしかけるために敵より上を取ろうと試みるが、トビサソリは上空にいる有利を生かして攻撃してくるため、俺は逃げる速度を稼ぐために降下を強いられる。
あと、飛び道具の有無も大きな戦力差を生んでいる。
運よく上空のポジションを確保しても、トビサソリに毒液で牽制されたら俺は回避行動を取らざるえない。
被弾覚悟の突撃なんてギャンブルは論外だ。
イチバチの攻撃に失敗したら、奴は人気のない森の中に逃げ去ってしまう。
もう何度目になるかわからないが、俺は頭をあげて上昇を試みる。
だけど、腹の内では薄々わかっている。
俺は、あのトビサソリに勝てない。
ピリリリリリッ!!
俺が上を取るために全力で翅を動かしていると、不意に腕に巻かれたニビルフォンからけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。
このニビルフォンはGPS信号で俺の現在地を探れるように恵子が巻いてくれたものだ。
それが何の意味もなく鳴り響くはずがない。
俺は視ることに意識を集中する。
トビサソリの目は外の昆虫と同じく数百個の目が集まって形成された複眼なので、振り向いたりしなくても自分周囲360度の範囲を目視できる。
視界の隅、右後方から4つの物体が高熱を発しながらこちらに飛んで来るのが見えた。
見覚えがある……あれはカミカゼドローン――スイッチブレードだ。
4発のスイッチブレードが恵子達の援護射撃だと確信した俺は覚悟を決める。
勝負を賭けるならいまだッ!
上昇飛行の機動から、身体を回転させながら水平飛行に移行するインメルマンターンの動きで俺はトビサソリと正面から向かい合う。
あとは全速力で突撃するだけだ。
正面から無謀な突撃を仕掛けてくる俺をトビサソリはヘドロイブキで迎撃する。
回避する術はない。
毒液が有効射程で直撃した俺は、毒で全身を焼かれて無様に墜落していく。
しかし、俺を迎撃することに気を取られたトビサソリは、俺の背後から迫るスイッチブレードから逃げる余裕を失っていた。
毒魔法≪ヘドロノイブキ≫
ヘドロイブキの連続発射で1発目のスイッチブレードは撃墜されたが、時間差をつけて飛んで来た2発目のスイッチブレードが直撃する。
3発目ッ!
4発目ッ!
3発のスイッチブレードが直撃して、トビサソリは爆発と激しい炎に包まれた。
(やったか!?)
毒魔法≪ヘドロノヨロイ≫
しかし、トビサソリは生きていた。
あのバケモノは、全身を粘度の高い毒液に包み込むことで炎と高熱から身を守ったのだ。
絶望的な気持ちでトビサソリを見上げていた俺の目の前で、一条の閃光が夕闇の空を切り裂いた。
――牙門十字
雷魔法≪ライソウ≫
バリバリバリバリッ!
夕闇の空を一条の閃光が切り裂いた直後、強力な電流が空気を引き裂く音が周囲に響き渡る。
「ライソウの着弾を確認。目標落下していきます」
俺の隣で着弾観測をしていたハ・ルオが淡々とした口調で状況を報告してくれる。
「まさかスイッチブレードが直撃に耐えるとはな。動きを止めてくれたおかげで助かったが、とんでもないバケモノだったな」
トビサソリがスイッチブレード3発の直撃に耐えきったのを見たときはさすがの俺も肝が冷えた。
俺とハ・ルオは、スイッチブレードの攻撃が失敗した時のバックアップとして備えていたが、まさかカミカゼドローンが直撃した後に撃つことになるとは夢にも思わなかった。
「ヘドロノヨロイは爆発や熱に対する防御力は抜群ですが使うと動けなくなるんです。虫魔法のコウカを使っても動けなくなるし。防御特化の魔法なんてそんなものです」
毒魔法≪ヘドロノヨロイ≫と虫魔法≪コウカ≫の両方を使えるハ・ルオが防御魔法の特性について解説してくれる。
敵の攻撃を防ぐために装甲を増やせば重くて動けなくなるし、攻撃をかわすために軽くすれば当たれば大ダメージを受ける。
防御と回避のバランスは戦いにおける永遠のテーマかもしれない。
『マモルと、トビサソリの死体を探しに行く。あとは任せろ』
落下した衛とトビサソリの捜索のために、ヨ・タロが森の中に飛び込んでいく。
優れた嗅覚を持つ彼なら、すぐにトビサソリを探し出し、万が一生きていたとしても確実にトドメを刺してくれるだろう。
「こんなこと言いたくないけど、今日の作戦成功は奇跡ですね」
ハ・ルオがため息を吐きながら言葉を漏らす。
「全くだ。こんな勝負は二度とやりたくない」
ハ・ルオは奇跡といったが本当にその通りだと思う。
少しでもトビサソリの方に運が傾いていたら作戦は失敗し、奴は森林地帯に逃げ延びていただろう。
そのくらい紙一重の勝利だった。
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