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第23話 お嬢さんはPHCアマハラの社員なの?

――天原恵子

 

 バックヤードから飛び出した私とヨ・タロは全力ジャンプで観客の頭を飛び越えグラウンドに飛び込んだ。

 オオカミと、大型犬がグラウンド内に飛び込んできたことで客席から悲鳴が上がったが好都合だ。

 私達の目的を考えた場合、とにかく観客の注意を引くことが重要だ。

 私はオオカミの姿から、人間、天原恵子に変身する。

 全身から白い煙が立ち上り、体重200キロを超える巨大なオオカミだった私は、体重42キロの少女に変身する。

 悲鳴は聞こえない。

 私の変身を見ていた観客は、アニメにしか出てこない超自然現象を目の当たりにして一様に息をのんでいた。

 さて、大事なのはここからだ。

 私は息を大きく吸い込んで叫ぶ。


「アッテンションッ!! ウイアーPHCアマハラ。ウイキルザトビサソリ。ディズパースイズセーフッ!!」

(注目。私達はPHCアマハラです。私達はトビサソリを殺しました。この場所は安全です)


 私は丸暗記した英文を声高に叫び、この場は安全というメッセージを観客に伝え続ける。

 ヨ・タロも人の言葉は話せないが、私が叫ぶ直前にワンワンと吠えて観客の注意を引き付けるのを手伝ってくれる。

 少し遅れてレッドチームとブルーチームも会場に突入して、私と同じく丸暗記した英語のメッセージを観客に言い聞かせているが、あまり反応は良くない。

 正確には、私達のメッセージの意図を正しく汲み取って、着席したまま待機してくれる人もたくさんいるが、同じくらい、席を立って球場から逃げ出そうとする人が後を絶たない。

 トビサソリを一匹取り逃がしてしまったが、少なくともこの会場人達が襲われる心配はない。

 しかし、目の前で爆発が起こり、50人以上を殺したと報道されている凶悪なマモノの死体が空から降ってきたら怖くて逃げたくなる人の気持ちも理解できる。

 本来なら、逃げようしている人達の腕を取り無理やりにでも着席させるべきだが、4万人以上いる観客一人一人を説得するなんて不可能だ。

 群衆事故が起こらないことを祈りながら観客に呼びかけを続けていると、青い帽子をかぶった長身の野球選手が私の元に近づいてくる。


「お嬢さんはPHCアマハラの社員なの?」


 試合を中断したことに対して文句でも言いに来たのかと思ったら、彼は中腰になり私と目線を合わせて話しかけてくる。

 しかも、意外なことに彼が話す言葉は日本語だった。

 私は日本語で話しかけられて、ようやく目の前の野球選手が誰なのかに気づいた。


「みっ、宮本選手!? えっと、私はPHCアマハラの社員です」


 私に話しかけてきたのは、昨年度MLBでMVPを取った日本の国民的英雄、宮本選手だった。

 思いがけず超有名人に話しかけられて、私は狼狽してしまう。


「見たところ君達は英語に不慣れみたいだから、観客への呼びかけを手伝えないかなと思ってね。ニュースで君達が異世界から来た怪物と戦っている話は聞いていたけど、見たところ退治に成功したんだろ?」

「そうですッ! あそこに転がっているのは、この町で人を襲っていたトビサソリっていう蚊の怪物の死体です。化け物は殺したので、この場所は安全なんだけど観客が出口に殺到して押し合いになるとケガ人が出るかもしれないから……」

「わかった。君の言う通り化け物が死んだなら、群衆事故の方が心配だね。手伝うよ――ヘイ ポールッ! メガフォンッ!!」


 宮本選手はよく通る声でベンチに拡声器を要求すると、ボールボーイが大型の拡声器を持ってきてくれる。


“注目、皆さん私の話を聞いてくださいッ!”


 宮本選手の影響力は私が思っていたよりもはるかに大きかった。

 先ほどまで私の声を無視して球場から逃げようとしていた人達が一斉に足を止めた。


“先ほどデトロイトで50名以上を殺害した怪物トビサソリがコメリカパークに現れましたが、ここにいるPHCアマハラの方々が迎え撃ち見事駆除することに成功しました。

 トビサソリは死にました。この会場は安全ですッ!

 観客の方々はご自分の席に着席し、球場スタッフの指示があるまで待機してください。

 もう一度言います。観客の方々はご自分の席に着席し、球場スタッフの指示があるまで待機してください。

 これは皆さんの身の安全を守るために必要な措置です。

 不安だとは思いますが、ここにいる全員が笑って明日を迎えるために協力をお願いします”


 日本のテレビ放送では通訳越しに日本語でコメントするイメージしかなかったが、宮本選手はアメリカ人に負けない流暢な英語で観客に語り掛ける。


「こんな感じでいいかな?」

「はいッ! ありがとうございました」


 スーパースターってすごい。

 宮本選手が、英語で観客に落ち着いて着席するように呼び掛けると。

 球場から逃げようとした観客の大半が踵を返し、自分の席に戻っていく。


「君たちは、チームメイトや観客を守るために戦っているんだろ、僕の方がお礼を言いたいくらいだよ。お前もありがとな」


 宮本選手はしゃがみ込んでヨ・タロの頭を撫でる。

 警戒されないように、顔の前に立ってしゃがみ込んでから撫でに行くところを見ると、かなり犬の扱いに慣れているようだ。

 ただ、ヨ・タロは犬扱いされるのがイヤなようで、タッチペンを口にくわえて右前足に装着したニビルフォンにチョンチョンチョンとメッセージを打ち込んでいく。


『日本人の英雄、ありがとう』


 ヨ・タロがメッセージを打ち込んだニビルフォンの画面を見せると、宮本選手はさすがに驚いたのか、その場で尻もちをついた。


「なに!? この子、日本語がわかるの」


 宮本選手はヨ・タロが日本語で筆談したのを見て興奮気味に問いかけてくる。


「えっと、実は彼は犬じゃないんです。ウルディンというニビルから来た知的生命体で、名前はヨ・タロ。犬そっくりの外見ですが、知能は地球人と同等ですよ」

「そうなんだッ!! ニビルにいるのはトビサソリみたいな化け物だけだと思ってたけど、君みたいな素敵な人もいるんだね」

『そう言ってもらえると、俺もうれしい』


 そうやって、私達が宮本選手と談笑を楽しんでいると、マモちゃんと牙門さんが駆け寄ってくる。


「恵子ッ! お前のニビルフォンでエルフと連絡つかないか?」


 マモちゃんは開口一番にそう聞いてくる。

 どうやら、エルフと連絡がつかなくなったので私達に様子を聞きに来たのだろう。


「マモちゃん、エルフと連絡つかなくなってるの?」

「ああ会場の混乱が鎮まりそうなんで報告しようと思ったんだが、コールしても繋がらないし、メッセージも送信不能になってる」


 エルフは私達の作戦司令部で、今回の作戦ではルーペ中尉に指揮官になることをお願いしている。

 だから状況に変化があれば報告する義務があるし、連絡がつかなくなれば大問題だ。

 しかし、いくら慰安が悪いとはいえ戦地じゃないデトロイト市内でエルフに何かあったとは考えにくい。

 一番可能性が高いのは……。


「ルーペ中尉、スイッチブレードでに――ッ!!」


 私は下手なことを言いそうになって慌てて口をつぐむ。

 いくら会場の混乱を鎮めるのに協力してくれたとはいえ、宮本選手にトビサソリが一匹逃げたなんて知らせるわけにはいかない。


「逃げた化け物を追いかける相談をしたいなら僕は話を聞かない方がいいかな?」


 宮本選手に核心を突かれ私はギギギとブリキ人形のように振り返る。


「見てたんですか?」

「君達が戦ってるとき、僕はバーターボックスに立ってたからね。もう一体の化け物が矢をヒョイヒョイよけるのがよく見えたよ」


 宮本選手は呑気な口調でそう答える。

 球場全体を閃光が包み、高圧電流が空気を引き裂く音がバリバリ鳴り響いていたのに、冷静さを保っていられるなんて、やっぱりこの人はただ者ではない。


「見ていたなら悪いけど、トビサソリが一匹逃げたことは秘密にしといてください。いま俺の仲間が逃げた化け物を追跡しています。そいつも絶対に駆除するので大船に乗った気でいてください」


 マモちゃんが、トビサソリが逃げたことを秘密にして欲しいと頼むと宮本選手は無言でうなずいてくれる。


「そうそう連絡切れの件なんだけど、会場に突入する直前にスイッチブレードで逃げたトビサソリを追撃するってルーペ中尉から別命があったの。多分エルフは、トビサソリとスイッチブレードを追いかけて通信範囲の外に出ちゃったんだと思う」


 ニビルフォンは携帯基地局がなくても通信が出来るように独立した電波発信機能を備えているが出力が抑えめで単独で5キロ、中継機をつかっても通信距離は10キロが限界だ。

 トビサソリを追いかけるために走っているなら、エルフが通信圏外に出ていても不思議じゃない。


「そういうことか……とはいえ、球場の方は大丈夫そうだし、俺達も追撃に加わった方がいいか」

「追撃するって……トビサソリは全力出せば時速300キロ以上で飛ぶのよ。走って追いかけたって、追いつけるはずないでしょ!?」


 こうなってしまったら、ルーペ中尉が操縦するスイッチブレードにかけるしかない。


「何かないのか!? 俺の変身能力を生かせば何か……」

「天原、今持っている血液製剤はなんだ?」

「デンコ、グレンゴン、あと不完全なキュウベエの3種類だ」

「どれも強さは申し分ないけど飛べないわね」


 マモちゃんはカガミドロという非常に珍しいマモノの魔力器官を体内に取り込んでいる。

 その能力は他のマモノへの変身。

 マモちゃんは、マモノの血肉を食らうことでDNAデータを取り込んだマモノに変身できる。

 最初は新鮮な血肉の入手に苦労していたが、いろいろ研究した結果、変身したマモちゃんから血を抜いて、その血から血液製剤を作れば変身に必要なDNAサンプルを無限に増やせることが判明した。

 おかげで変身したいけど血肉が無いという事は無くなったが、血液製剤を作れるのはあくまでマモちゃんが変身したことがあるマモノだけだ。


「くそったれッ! どっかに飛べるマモノの死体とか落ちてないのか」

「いや、そんな都合よく――」


 苦笑いを浮かべる私の背中を宮本選手がトントンと突いた。


「なんか飛べるマモノの死体が欲しいって言ってたけど、あれじゃだめなの?」


 宮本選手が指さしたのは、牙門さんが撃ち落としたトビサソリの死体だった。


「ああああっ!!」


 宮本選手に指摘をうけた私とマモちゃんは大慌てで、トビサソリの死体に駆け寄る。

 牙門さんが殺したトビサソリは強烈な電撃を受けて即死していたが、黒焦げにはなっておらずまだ死体は新鮮な部位を残していた。


「いけるッ!」


 マモちゃんはそう叫んで、上着を脱ぎ棄てる。


「ちょっと、この場で変身するの!?」

「体裁を気にしている余裕はない。一刻も早く追いかけないと」


 そういってマモちゃんは、トビサソリの腹にかぶりつく。

 染み出した体液を咀嚼すると、マモちゃんの変身が始まる。

 人間の顔が巨大な複眼を持つ昆虫に変わり、背中から透明な4枚翅が背中から突き出してくる。

 ウエストが狭まり履いていたズボンがストンと地面に落ちると、下半身は楕円形に変形していた。

 何度もマモちゃんの変身を見た私は慣れてしまったが、人間が昆虫に変身していく姿は傍目にはホラー映画の1シーンとしか思えないだろう。

 実際、人がトビサソリに変身するのを目の当たりにして観客席から甲高い悲鳴があがる。

 でも、マモちゃんの言う通りいまはそんなことに気を遣う余裕はない。


「ちょっと待ってマモちゃんッ!」


 私はマモルの左上から滑り落ちたニビルフォンを拾って、マモちゃんの前足に装着する。


「私達はニビルフォンのGPSをたどって追いかける。絶対に追いつくからマモちゃん頼んだよ」


 マモちゃんは前足で私の頭を軽くポンポンと叩いてから、コメリカパークを飛び去った。


本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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