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第22話 魔力反応感知ッ! バックネット裏の右側

――ダニー・マルイ


 4月17日16:34。


“レッド、ブルー、イエローの3チームすべてが配置についたと連絡がありました。レッドチームと、ブルーチームからドローンで自分達の姿が確認できる問い合わせが来ています”


 私の真後ろにあるオペレーターシートに座ったミス・アイリスが、よく通る声で衛君達がコメリカパークでトビサソリの迎撃態勢を整えたことを教えてくれる。


“こちらエルフ。監視ドローンは正常に稼働中。問い合わせの件だが、空中からだとレッドチームが隠れているのはわかるな、まわりと同じ色でもシートを被っただけだと違和感がある。ブルーチームの方は、ドローンで見てもまったくわからない”


 上手く隠れられているか聞かれたルーペ中尉は、空中から見てもハ・ルオのギタイは見破れないと太鼓判を押す。


 “ダニー博士、今回は面倒な役目を引き受けてくれてありがとうございます”


 前線との連絡が一段落したところで、ミス・アイリスが私に向かって一礼する。


“いえ、研究者としてトビサソリが実際に動いているところを見られる最高の機会ですから、私の方がお礼を言いたいくらいですよ”


“博士に運転を頼むのはマモル達を迎えに行くときだけなんで、気を張らず大船に乗ったつもりでいてください”


 私は、PHCアマハラがトビサソリ駆除作戦の指揮通信用に使っている改造バスの運転席に座っている。

 バスはコメリカパークから8キロほど離れた広い道路脇の空き地に停車しており、必要なときにはすぐにバスを発車できるようスタンバイしている。

 コメリカパークでのトビサソリ迎撃作戦を実施するにあたって、戦える人間を全員前線に出したいと考えたPHCアマハラが、バスの運転手として手を貸してくれないかと打診してきたのは2日前の話だ。


“それでも、たくさんの人達の命がかかっていると思うと手が震えますね”


 ルーペ中尉が操縦する監視ドローンのカメラ映像を覗いてみると、今日のコメリカパークは日本から来た二刀流のメガスターを見たい野球ファンが大挙して押し寄せ、収容人数4万人を丸々満たす超満員となっていた。

 コメリカパークに詰めかけた4万人以上の観客を撒き餌にしてトビサソリを呼び寄せるなんて正気の沙汰とは思えなかったが、同時に4万人の観客が吐き出す二酸化炭素はトビサソリは確実に引き寄せると私は確信する。



 ――天原衛


 4月15日17:00


 現在、PMCアマハラの戦闘員は全員コメリカパークに潜伏している。

 配置は以下の通り。

①レッドチーム 狙撃手:牙門十字、観測員:天原衛、潜伏箇所:スコアボード右側の屋上。

 ②ブルーチーム 狙撃手:ハ・ルオ、観測員:ハ・マナ、潜伏場所:バックネット裏日除けの直上。

 ③イエローチーム バックアップ:天原恵子、ミ・ミカ、ヨ・タロ、潜伏場所:球場内の人気のないバックヤード。


 今日のコメリカパークは、収容人数限界の4万人以上の観客が来場している。

 狭い球場内にこれだけの人数が集まったせいで、球場内は気温も上がり、空気の匂いは、俺ですら判別可能なレベルで臭くなっている。

 とはいえ、宮本選手のおかげで待ち伏せの配置につくのにかなり苦労することになった。

 チケットが入手できれば、一般客としてノーリスクで球場に潜り込めたが、今日の試合には宮本選手という昨年度MPVを取った二刀流のメガスターが出場する。

 彼を目当てに全米、そして日本の観光客がチケットを買い求め。

 2か月前には売り切れるという状態になっていた。

 仕方ないので、俺達は人気のない昨晩深夜に球場のフェンスを飛び越えて侵入し、警備員から12時間以上逃げ隠れしながら過ごす羽目になってしまった。

 ちなみに配置についたのは、つい30分前。

 試合開始が近づき球場が満員になるまでは、目立つ行動はとれなかった。

 俺はカモフラージュのため上から被ったシートから顔を覗かせ、双眼鏡で上空を流し見る。

 持っている双眼鏡は普通の双眼鏡ではなくサーマルスコープ。

 物体の発する熱を画像に変換してくれる機能を持った双眼鏡だ。

 トビサソリが虫魔法≪ギタイ≫で、体色を空に同化させている状況では普通の光学双眼鏡では発見が難しいのでこういう特殊な装備が必要になる。

 付け加えると、野球場にトビサソリが来る可能性が高いことは対策本部には秘密にしているので、俺が持っているサーマルスコープは通販で取り寄せた市販品だ。

 ただし、今どきは市販品の性能もかなりのもので、観客、ビールの売り子、そして空を飛ぶ鳥もサーマルビジョンは熱源を感じ取って画像として表示してくれる。

 俺達とエルフの無線通信を中継してくれる監視ドローンにはもっと大型のサーマルビジョンを取り付けてあり。

 空中と地上から両方からトビサソリに対する警戒監視を行っている。


「天原、トビサソリは見つかりそうか?」

「今のところは見つからないな。恵子のからも、何の連絡も来ていない」


 今回トビサソリを捜索するにあたって、サーマルビジョンより重要なのが第六感を使った魔力探知だ。

 トビサソリで虫魔法≪ギタイ≫を使っている以上、見た目は誤魔化せてもトビサソリは常に体の周囲に魔法をまとった状態になっているので、魔力を感知する第六感があれば確実に居場所を感じ取れる。

 そして、第六感を使った捜索の要になるのが恵子だ。

 彼女はゴースト属性のマジンなので魔力探知の範囲が他のメンバーとは比べ物にならないくらい広い。

 恵子はいま使える魔力の大半を天眼の魔法に注ぎ込み、第6感の感知範囲を球場全体を包む大きさに広げている。

 カメラや双眼鏡をクルクル動かして居場所を探さないといけない俺達より、レーダーのようにトビサソリが探知範囲に入ったら即感知できる恵子の方がトビサソリを補足できる確率は高いだろう。


「こうなった以上、さっさと来てくれると助かるんだけどな」


 真夜中から12時間以上警備員から身を隠していた俺は思わず愚痴をこぼす。


「焦るな天原。確実にトビサソリが来るって決まったわけじゃない。あくまでここに来る確率が一番高いだけだ。俺は観客が何事もなく試合を楽しんで帰ってくれるのも悪くないと思うね」


 いつでも狙撃が行えるように膝立ちの姿勢で待機している牙門がそうつぶやく。

 確かに彼の言う通りだ。

 今日トビサソリが来なくて、俺達の頑張りが無駄になったとしても、コメリカパークに来た4万人の観客が試合を楽しんで気持ちよく帰ってくれるなら、それは決して悪い話じゃない。

 それから俺は、無駄口をたたくのをやめて上空の監視に集中する。

 しばらくすると、球場全体が夕暮れ特有のオレンジ色の光に包まれ、ファンファーレ―と共に出場選手の紹介が始まる。


“1番DH宮本”


 先攻するドジャースの打順が発表されると球場全体が大きな歓声に包まれる。

 日本の国民的英雄、そしてMLBの顔となったスーパースターをたたえる声だ。


 ピコーンッ!


 観客の大歓声に紛れるように右腕に装着したニビルフォンから呼び出し音が鳴り響いた。


【魔力反応感知ッ! バックネット裏の右側】


 予想通り、最初にトビサソリを見つけたのは恵子だった。

 球場全体に範囲を広げた彼女の第六感が、観客の吐き出した二酸化炭素に釣られてやってきたトビサソリを補足した。


「右側ってことは三塁側か……なんだ!?」


 恵子のメッセージを見て三塁側のバックネット裏にサーマルビジョンを向けた俺は信じられないものを目にすることになった。

 虫魔法≪ギタイ≫を使い、体色を空の色に同化させているトビサソリは2体いた。


「牙門、目標を発見した。目標は2体ッ! あいつらツガイで行動しているッ!!」


 優先的に排除しなければならないのは、人を襲うメスの個体。

 しかし、ここからではどちらがメスなのか判別できない。


「ブルー2に緊急入電ッ! 俺が先に撃つ。ハ・ルオは俺が仕留めそこなった敵を始末するよう伝えろ」


 カモフラージュシートを引っぺがし、魔力を充填しながら牙門が叫ぶ。

 俺は慌ててブルー2。

 ブルーチームの観測員をやっているハ・マナにコールする。


「こちらブルー2。衛さん、こんな時にいきなりなんですか?」

「今回の攻撃はレッド1が先に撃つ。ブルー1は、攻撃を遅らせて牙門が仕留めそこなった目標を撃てッ!」

「りょ、了解ッ!!」


 ハ・マナも予想外の事態。

 トビサソリが2体いたことに慌てていたらしく、声を震わせながら通信を切る。

 弓を引き絞りながら俺の交信に耳を傾けていた牙門に俺は叫ぶ。


「後詰はハ・ルオがやる。牙門、撃てッ!」


 その言葉の直後、限界まで引き絞った弓の弦を牙門は解放した。


 雷魔法≪ライソウ≫


 放たれた矢が光を放ちながらサーマルビジョンで真っ赤に投影されたトビサソリに向かって飛んでいく。

 雷魔法≪ライソウ≫は、矢に強力な電流をまとわせて電磁投射力で超加速させる魔法だ。

 わかりやすく言うと牙門が使っているのは携帯式のレールガンで、放たれた矢は高圧電流をまとったマッハ10遥かに超える超高速で射出される。

 狙撃手を悩ます空気抵抗や、横風の影響を全く受けず、ひたすら直進し続ける光の矢。

 そこに牙門の射撃技術が加われば、敵を絶対に逃がさない必中の一撃となる。


“プレイボール”


 空中を飛ぶトビサソリを捉えたのは、偶然にも審判が試合開始のコールをするのと全く同時のタイミングだった。


 ゴロゴロゴロゴロッ!!!!!


 雷が至近距離に落ちた時と同じだ。

 ライソウがトビサソリの身体を焼き、同時に奴の身体から飛び出した強力な電流が空気の絶縁抵抗を突き破って球場全体を白い光が包み込む。

 光から1テンポ遅れて、高圧電流に焼かれた空気がゴロゴロと雷特有の低い爆音を鳴り響かせた。

 そして……。


 ドサリッ!


 体長90センチ、体重5キロの巨大蚊がマウンドとバッターボックスの間に鈍い音を立てて落下した。


「ギャアアアアア!!!!!」


 まさに青天の霹靂。

 野球の試合を楽しむために集まった観客の前に突然訪れた、爆発音とマモノの出現。

 観客席のそこら中から悲鳴があがり、コメリカパークは阿鼻叫喚の渦に包まれる。

 しかし、まだ戦いは終わっていない。

 牙門が仕留めたトビサソリは一匹だけ。

 もう一匹のトビサソリがギタイを解いて、コメリカパークの上空で悠々と空を飛んでいる。


 虫魔法≪クモノイト≫


 牙門が攻撃できなかったもう一匹のトビサソリにハ・ルオが矢を放つ。

 ハ・ルオのクモノイトは矢に亜光速に加速することはできないが、彼女と矢の間に結ばれた魔法の糸を手繰ることで、矢にミサイルを超える誘導性を与えることができる。

 放たれた矢は右旋回で弧を描くように旋回し、トビサソリの胴体目指して突き進む。


 毒魔法≪ヘドロノヨロイ≫


 矢が突き刺さる直前、トビサソリの全身から紫色の液体が噴出した。

 紫色液体は水飴のように粘度が高いらしく、したたり落ちることはなくトビサソリの全身を包み込む。


 トプッ!


 ハ・ルオの放った矢は命中したものの、紫色の粘液が衝撃を吸収し矢はトビサソリに刺さらない。


「なんだ、あれ!?」

「多分、毒を使った防御魔法だ。牙門、すぐ撃て! 逃がすなッ!」

「応ッ!!」


 トビサソリの属性は虫・毒属性のマモノだ。

 当たり前の話だが、トビサソリは毒属性の魔法を使うことができる。

 ハ・ルオの攻撃を防いだトビサソリは身の危険を感じたのか、飛行速度を上げコメリカパークから飛び去ろうとする。

 それを逃がすまいと、牙門は矢を番える。


 雷魔法≪ライソウ≫


 牙門が使うライソウは、矢をミサイルのように誘導することはできないが威力はハ・ルオのクモノイトより遥かに高い。

 命中すれば毒の鎧も貫けるはずだ。

 しかし、北に向けて飛び去ろうとするトビサソリをライソウで攻撃すると、信じられないことが起こった。

 トビサソリは羽ばたきを止めて垂直落下した。

 飛行の軌道が直角に変化するなんて、いくら牙門でも読めるはずがない。

 彼の放ったライソウは、目標の上空を通過し空のかなたに消え去っていく。


「くそがあッ! あいつ俺が撃つのを見ていやがった」


 牙門が毒を吐く。

 彼の言う通り、トビサソリは何らかの方法で自分を攻撃する牙門の動きを監視しながら逃げていた。

 そうでなければ、あんな完璧なタイミングで回避行動が取れるはずがない。


「天原ッ! 追撃するぞ」


 牙門が弓と矢筒を担いでトビサソリを追いかけようとした矢先、右腕のニビルフォンからプルプルプルと呼び出し音が鳴り響く。

 スピーカーをオンにして応答すると、アイリスが話しかけてくる。


「こちらエルフ。レッドチームは現時刻持ってトビサソリへの攻撃を中止。グラウンドに突入して球場スタッフと観客に、この場所は安全なので着席して待機するよう呼びかけてください」


 アイリスが伝えてきたのは無情な攻撃中止命令だった。


「ちょっと待てッ! トビサソリが1匹球場の外に逃走した。そいつを追跡しないと」

「このままでは群衆事故が起こりますッ!!」


 トビサソリの追撃を主張する牙門をアイリスが一喝する。


「パニックに陥った観客が球場出口に殺到すれば確実に死傷者が出ます。トビサソリの追跡は私達が行うので、あなた方は早急に観客にこの場は安全だということを伝えて落ち着かせてください」


 トビサソリを一匹逃がしたのは俺達のふがいなさが引き起こした事態だ。

 そして、群衆事故を防ぐことが優先というアイリスの言葉はぐうの音も出ないほど正論だった。


本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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