第20話 この人、恵子のファンなんだ。
――天原衛
4月12日。
ダニー博士に助言をもらってから二日経った。
俺達は、博士から助言をもらったあと。
デトロイトの前線基地でトビサソリを待ち伏せするための方法を思案していた。
作戦計画を作るために慣れないパソコンに向かっていろいろとアイディアを書き込んでいると、ピンポーンッ!とインターフォンの呼び出し音が鳴り響く。
気を紛らわせるために席を立ち部屋のドアを開けると、若い黒人男性が立っていた。
不審者ではない、俺達の昼食を運んできてくれたウーバーイーツの配達員だ。
自転車用のヘルメットをかぶっているので、自転車で食事を運んできてくれたようだ。
「オーッ! アベンジャーズ。ユーアー キャプテンジャパン?」
男は俺の顔を見た瞬間歓声をあげる。
おそらく俺達が暴動を鎮圧する現場にいたか動画を見て、PHCアマハラの存在を知ったのだろう。
あの時、真っ先に暴動なかに飛び込んだ俺の姿が印象的だったらしく。
SNS上で、俺のことをキャプテンジャパンと呼ぶ人がいるのを思い出す。
正直、キャプテンなんて柄じゃないので本当に勘弁して欲しい。
「ノー キャプテンジャパン アイアム マモル・アマハラ」
中学一年生レベルの英語で自分はキャプテンジャパンではないと反論したが、配達員は俺の言葉を無視してカバンの中からポストカードを取り出した。
「サイン プリーズ?」
配達員が取り出したのは恵子が州兵二人を地面に押さえつける様子が描かれたポストカードだった。
おそらく動画サイトに投稿されているPHCアマハラの活動シーンの一部を切り取ったものだろう。
噂には聞いていたが、PHCアマハラがデトロイト市街で発生した市民と警察&州兵との抗争を鎮圧した様子を撮影した動画を素材としてポストカード等のグッツが作られているという話は本当のようだ。
肖像権を思いっきり侵害されている状態だが、PHCアマハラというヒーローチームがデトロイトを守るために戦っていると広く認知されれば、市民の不安を和らげることができるので、俺達の顔と名前を使って楽しんでもらう分には構わない。
動画によってPHCアマハラの知名度は大きく向上したが、特に十代半ばの少女が大男を片手で制圧する姿のインパクトが強かったらしく、恵子、ミ・ミカ、ハ・マオ、ハ・ルオの4人はスーパーヒロインとしてカルト的な人気を獲得している。
彼もまたミステリアスなスーパーヒロインに魅せられたファンの一人なのだろう。
「おい恵子、ちょっとこっち来いッ!」
恵子が写った写真に自分がサインするのは、違うと思ったのでリビングにいる恵子を呼び寄せる。
「マモちゃんどうしたの?」
恵子がリビングのドアを開けてひょこんと顔を出す。
「オーッ! スーパーガールッ!!」
恵子の顔を見て配達員は歓声を上げる。
「この人、恵子のファンなんだ。悪いけどデトロイトの平和のためにファンサービスしてくれないか?」
「えっ、なにこれ?」
恵子は自分の姿が映ったポストカードを見て若干面食らった顔になる。
「この前、暴動を鎮圧するために暴れたところが動画撮影されていただろ。多分これは動画の一シーンをスクショして作った恵子のファングッツ」
事情を聞いた恵子は、すぐに笑顔を取り戻してポストカードにサインを入れる。
「アイアム ケイコ・アマハラ」
「サンキュー ケイコ・アマハラ」
恵子は笑顔で配達員と握手を交わし、チップを少し弾んでやると彼はニコニコ顔で帰っていった。
「今は出前の配達も命懸けだからファンサービスしてあげないとね」
恵子は軽快に自転車を飛ばす配達員の姿を見て、口を真一文字にする。
「多分、本人に命懸けで仕事してる自覚はないと思うけどな」
俺は恵子と握手して心底嬉しそうに笑っている配達員の姿を思い出して複雑な気分になった。
俺と恵子が、全員分の昼食を持ってリビングに戻ると、アイリスだけが資料とにらめっこをしていて、他のメンバーはテレビに映し出されたMLBの試合を観戦していた。
「ルーペ中尉……仕事している人もいるんだからテレビつけるならせめてニュースにしてくださいよ」
ルーペ中尉と牙門に至っては、片手に缶ビールを握っている。
「どうせニュースなんて、ニューヨークかワシントンのセレブが何やったかしか報じてねえよ。メディアの連中はアメリカにあるのはニューヨークとワシントンだけだと思ってるからな」
アルコールが入ってるせいか、ルーペ中尉は堂々とアメリカ政府への不満をぶちまける。
「ニューヨークの事件よりも、俺達のタイガースの試合の方がよっぽど大事だね。元甲子園出場選手の解説聞きながら野球みられるなんてサイコーじゃねえか」
「俺は150キロ越えのツーシームなんて投げられないですよ」
ルーペ中尉は意外なことに野球ファンで、日本の全国高校野球大会のことも知っていたので、甲子園出場経験のある牙門とここ数日ですっかり仲良くなっていた。
「皆さん、報告したいことがあるので注目ッ!」
そんな感じで、やることがなくてすっかりダラケテしまった牙門とルーペ中尉に、アイリスが気を引き締めるように声をかける。
「ロサンゼルス市警から提供してもらった犠牲者54名の個人情報を確認したところ興味深い結果が出ました。
54名のうち、40名が工場勤務・土木工事・配達業務等に従事するブルーワーカー。
2名が学生。
8名が無職。
オフィス勤務のホワイトワーカーは4名だけ。
付け加えると、犠牲者のうち14名はホームレスでした」
アイリスが、ロサンゼルス市警に掛け合って開示してもらった犠牲者の経歴を教えてくれる。
「偏ってるな」
と、牙門がポツリとつぶやく。
「ええ偏っています。確かにデトロイトはGMの大きな工場があり、その工場に務めている労働者の多い街ですがこの偏りは異常です」
「だけど、ここまで露骨に偏っていると博士の仮説は立証されたような同然だな」
ダニー博士は頭を抱える俺達に、最後に以下のようなヒントをくれた。
①ガリ・ニッパーを含む大多数の蚊は、動物が呼吸によって発生する二酸化炭素をかぎつけて獲物を見つけている。
②蚊は感覚器官に高性能なガスセンサーを備えていて、大気中の二酸化炭素が0.01%変化しただけでも感知することが可能。
③蚊のガスセンサーは、汗に含まれる乳酸や二酸化炭素を感知することができるので、運動をして汗をかいている人。風呂に入っていなくて体臭が濃くなっている人は蚊に狙われやすい。
「で、汗臭い奴がトビサソリに狙われやすいってことが分かったわけだがこれからどうするんだ? まっとうなやり方ならこの事実を公表して注意喚起するところだが……」
ルーペ中尉がいうまっとうなやり方とは行政機関がマニュアルに沿って行う普通の対応のことだ。
普通の対応なら、この情報をマモノ災害対策チームに報告しデトロイト市内で条件に合致する人はトビサソリに襲われる可能性が高いから注意喚起することになる。
「俺は反対だな。注意喚起したところで本質的には意味がない」
俺は情報をマモノ災害対策チームに報告し注意喚起することに反対する。
「なんで? 襲われやすい人にあなた危ないですよって教えるのは大切なのでは」
注意喚起に反対する衛に、ミ・ミカが顔に疑問符を浮かべて質問してくる。
「襲われやすい人間を町から一掃しても、襲われる人間を減らすことできないんだよ。トビサソリの目的は自分の好みの獲物から血を吸うことじゃない。誰でもいいから血を吸って、胎内の卵を成長させるためのたんぱく質を確保することなんだよ」
俺がミ・ミカの問いに答えると、彼女はハッ顔になる。
「そうかッ! 町から汗臭い人がいなくなっても、トビサソリは汗臭くない誰かを狙って血を吸うのか」
”それに土木工事や工場の稼働を止めるとなると経済へのダメージも大きい。注意喚起の影響で職を失う人間も少なくないだろうな”
ルーペ中尉が注意喚起を行ったときの副作用について言及する。
「もしかして、さっきご飯を運んでくれた配達員の人も……」
恵子は、先ほど握手を交わした黒人男性のことを思い出しながらつぶやく。
“そうだな、フードデリバリーの宅配員なんてトビサソリに真っ先に狙われるターゲットだから間違いなく職を失う”
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。
そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。
如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。