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第17話 トビサソリを討伐するのは無理です

――アイリス・オスカー


“どう考えても街を巡回して空き家を捜索していく方法では、トビサソリを討伐するのは無理です”


 デトロイト市庁舎に行われているマモノ災害対策チームのミーティングで私は高らかに宣言した。

 今日の議題は昨日行った夜間哨戒活動の結果報告。

 私は散々な結果に終わった昨日の哨戒活動の結果を対策チームのメンバーに報告した。


“報告内容を見る限りトビサソリと全く関係ない事件や事故の対応に追われたみたいですね。いっそ、マモノの捜索に関係ない事件や事故は対応せず無視してもいいのでは?”


 デトロイト市長が口から飛び出した無責任な発言を聞いて、私は反射的に彼をにらみつける。


“目の前で死にそうな人がいるのに任務じゃないから無視しろって――市長、本気で言ってるんですか!?”


“人命救助を優先する君達の姿勢は素晴らしいが、一刻も早くトビサソリを駆除し、有害鳥獣特別警戒指定を解除しなければデトロイトは経済的に深刻なダメージを負うことになる。だいたい、中心街に住んでいる住民は……”


 市長は言いかけていた言葉を途中で飲み込む。

 彼はきっと『中心街に住んでいる住民は生産性の低い貧乏人ばかりだから問題ない』と言おうとしたのだろう。

 デトロイト市長は、元ヘッジファンドの社員で、金融投資で莫大な富を築いた実業家だ。

 彼の価値観では、人の命よりお金の方が大切なのだ。


“何を言われようとPHCアマハラは、目の前に命の危機に瀕している人がいれば誰であろうと助けます。マモノ退治を人命救助より優先させることは絶対にありませんッ!!”


“しかし、街を巡回して空き家を捜索する方法ではトビサソリの討伐は出来ないといったのは君達だ。今の作戦を放棄する以上、なにか代案はあるのかな?”


 鷹のように鋭い目つきでトニー上級管理官が、私を詰問する。


“PHCアマハラとしては、昨日行った夜間における空き家の捜索をデトロイト市警に引き継ぐこと。同時に、デトロイト市内に在住する重症患者を市の補助で医療保護入院させることを提案します”


“おいおい、ミス・アイリスの提案はトビサソリの駆除とはなにも関係ないじゃないか!?”


 私が提案を聞いて市長が額にしわを寄せる。


“先日の夜間哨戒活動で、PMCアマハラは、殺人犯1名逮捕、暴行傷害の現行犯2名逮捕、ひき逃げの現行犯1名逮捕、違法薬物の使用者1名逮捕、犯罪被害者4名の救助。そして事件性のない死者の遺体を10名分発見しました。肝心のトビサソリは見つかりませんでしたが、無意味な活動ではなかったと思います”


“町の治安維持を考えると素晴らしい成果ですね。特に事件性のない死者を多数発見してくれたのが素晴らしい。孤独死した方の遺体は、人目につかないから長期間放置されることも珍しくないし、おまけに死体を放置し続ければそれが危険な感染症の発生源になる”


 トニー上級管理官が、PMCアマハラの働きを高く評価してくれる。

 彼は合衆国の公衆衛生を担当するHSSの職員なので、死体を放置するリスクをきちんと理解している。


“確かにPMCアマハラがあげた功績は素晴らしい。しかし、デトロイト市警に君達と同じことをやれと言われても対応できないよ”


“どうしてですか? 私達はトビサソリを駆除するための戦術を大きく見直すので、デトロイト市内の安全を守る活動はデトロイト市警が責任をもって行うべきです。必要なら、昨夜の作戦で使ったエルフや監視用ドローンを市警にお譲りしてもいいですよ”


“ミス・アイリスは大きな勘違いをしている。君達が昨日行った作戦行動は、捜索班の隊員が徒歩で車両に追随できる身体能力と、武装した犯罪者を単独で無力化出来る戦闘力を持っていなければ不可能だ”


 デトロイト市警察長官が、私たちのやった市内の夜間哨戒作戦を引き継ぐことに難色を示す。

 そして悔しいことに彼の言い分は正しい。

 昨夜、ミ・ミカ達は簡単に犯罪者の無力化や、遺体の発見をやってのけたが、あれは彼女達が超人的な能力を持っているから出来た芸当であり、普通の警官が同じ装備を使っても真似するのは難しい。


“ミス・アイリス。デトロイト市警はPHCアマハラのようなヒーローチームではないんだ。大半の警官は暗視装置だけを頼りに暗闇に飛び込んで犯罪者を捜索するスキルも、武装した犯罪者を素手で制圧するスキルも無い。私は部下に死んで来いと命令したくはないね”


“せめて、作戦参加者を増やすことで対応できませんか?”


 私はダメもとで聞いてみる。

 昨夜、私達が対応した事件は普通の人間では手も足も出ないバケモノ相手ではなかった。

 PHCアマハラみたいに捜索隊が6人だけというのは無理だと思うが、ある程度人数をかければ夜間哨戒活動は可能な気がする。


“申し訳ないが、そもそもデトロイト市警は深刻な人員不足なんだ。通報があった事件、被害者の居る事件の解決だって十分に行えない状況で新たな事業を始めるなんて、市民にも職員にも理解を得られない”


 警察長官はそこまで言ってから、私ではなく市長の方に視線を向ける。

 彼はこう言いたいんだろう。

 デトロイト市警が人員不足に陥っている原因は、財政難を理由に警察にかかえる予算を削減した市長の失政だと。

 私も警察長官に倣って市長に視線を向ける。

 いくら財政難でも、犯罪発生率が全米平均の1.8倍の状況で警察に割く予算を削減するのは間違っている。


“おいおい、なんか二人とも私に言いたいことがあるみたいだが、私だって街の治安向上に無関心なわけじゃないぞ。ただ、闇雲に警察の予算を増やしてもPHCアマハラのようなスペシャルな作戦ができるわけじゃないだろ。警官の求人をかけてもあまり人気が無いし、一人前に育てるのに何年もかかるだろ。私だって優秀な人材を得られるなら多少無理してでも予算を付けるぞ”


”市長のいう優秀な人材なんて簡単に見つかりませんよ”


 彼のいう優秀な人材とは即戦力で一線級の警察官として働ける人物のことを言っているのだろう。

 軍の特殊部隊で訓練を受けた退役軍人なら可能かもしれないが、そんな人物が好き好んでデトロイト市のために働いてくれるとは思えない。

 理想が現実に跳ね返されため息を吐きそうになった矢先、ルーペ中尉が口を開いた。


”ダーク・ウォーカーの社員を使うのはどうですか?”


 ルーペ中尉の言葉を聞いて、対策会議の参加者は一様に息をのんだ。

 ダーク・ウォーカーは、ジュネーブ条約に違反して子供を兵隊にして戦場に送り出していたPMCだ。

 証拠隠滅を防ぐためにPHCアマハラにウインド・リバー訓練キャンプを強襲・制圧されたのは記憶に新しい。

 犯罪の証拠を押さえられたことでダーク・ウォーカーの役員と多くの社員が逮捕され、会社そのものも近いうちに解散するといわれている。


”ダーク・ウォーカーの社員は、ジュネーブ条約に違反して子供を兵隊にした罪で逮捕されたと聞いているぞ。ルーペ中尉は囚人に街の治安維持をやらせるつもりなのかね?”


“別にダーク・ウォーカーの社員全員が逮捕されたわけじゃありません。逮捕されたのは、人件費削減のために子供を兵隊にしようと考えた会社役員と、子供兵の訓練に関わっていた一部の社員だけです。それ以外の、子供兵と関りがなかった社員は犯罪者ではなく、会社が消滅することによって失業者になるだけです”


 ルーペ中尉はダーク・ウォーカーの役員と子供兵の訓練に関わっていた社員がFBIに逮捕されたことが報道されたニュースの写しを対策会議のメンバーに配る。

 資料には会社役員と子供兵の訓練に関わった社員500名以上が逮捕されたと記されているが、これはダーク・ウォーカーに所属しいる全社員の2割に満たない数だとルーペ中尉は説明してくれる。


”ダーク・ウォーカーの社員の大半は、デルタやグリーンベレーで訓練を受けた特殊部隊の隊員です。奴らは金儲けのために正規軍からPMCに鞍替えした金の亡者ですが腕は立ちます。そして、ダーク・ウォーカーが消滅して失業者になってしまった今のタイミングなら、そんな連中を安く買いたたけると思いますよ“


”そんな上手くいくものかね?”


 不敵な笑みを浮かべているルーペ中尉に市長は内心の不安を顔に出したまま問いただす。


”そこをなんとかするのが市長の仕事でしょう。デトロイト市の治安を良くすることができる優秀な人材を獲得できるチャンスがあるんだから、ビジネスマンらしくしっかり食らいついてくださいよ“


“ッ!!”


 ルーペ中尉にはしごを外されて、市長の顔は露骨に不機嫌な顔を見せる。

 市長は利益を生まない治安維持に予算を投じるのは本意ではないかもしれないが、“優秀な人材を得られるなら多少無理してでも予算を付けるぞ”と言ってしまった手前、逃げられなくなってしまった。


“もう一点、ミス・アイリスが主張する重症患者を医療保護入院させることは不可能だと答えておこう”


 そう答えたのはトニー管理官だった。


“いま、デトロイト市はトビサソリの脅威に脅かされています。緊急事態であることを考慮して、連邦政府から支援していただくことは出来ませんか?”


“連邦政府の判断で不可能だと言っているんだ。医療難民はデトロイト市だけでなく、アメリカ全体の問題だ。デトロイト市だけを特別扱いすることは他の都市に住む納税者の理解を得られない”


 トニー管理官は苦々しい表情を浮かべながら無情な言葉を紡ぐ。


“じゃあ、トニーはこの街の重病患者に自分の家で野たれ死ねと言うつもりなんですか!?”


 私は自分の感情を抑えきれず、強い言葉をぶつけてしまった。

 理性ではわかっている。

 アメリカの医療システムに大きな欠陥があることは、トニー管理官も十分に自覚しているはずだ。

 しかし、連邦政府の職員である以上、すべての国民に平等な対応を取らざる得ない。


“全員を救えるとは思えないが、ワシントンからケースワーカーを派遣するよう本部に要請しよう”


“ケースワーカーですか?”


 ケースワーカーとは、長期的な治療を必要とする病人の治療プランを作成や、加入する医療保険の種別についてアドバイスを行う専門家のことだ。


“ミス・アイリスの話を聞く限りデトロイト市の中心部に住む住民は低所得者が多いみたいだからな。ケースワーカーが事情を聴けばメディケアやオバマ・ケアへの加入資格がある者も多いだろう”


“そうか、メディケアとオバマ・ケアがあるか!?”


 メディケアは主に高齢者や特定難病にかかっている人を対象とした公的医療保険。

 オバマ・ケアはメディケアへの加入資格がない低所得者が加入できるように数年前に整備された医療保険制度だ。

 どちらも民間の医療保険に比べて格段に安い保険料で加入できる低所得者向けの救済制度だが、全ての対象者が加入しているわけではない。


“自分がメディケアやオバマ・ケアの加入資格があることを知らない国民も多いからな。ケースワーカーが加入資格についてレクチャーすれば救われる人間もいるだろう”


“現状ではそれが精いっぱいですね”


 メディケアや、オバマ・ケアは法制で定められた救済制度なので特別扱いをしていると言われて非難されることはない。


“全員は救えないがやれるだけのことはやってみるさ。私はヒーローにはなれないけど……ミス・アイリス、この街の人達を救ってくれ”


 トニー管理官は乾いた笑みを浮かべながらそうつぶやいた。


“この街の住環境を良くして欲しいという君達の主張はわかった。それはそうと、君達はトビサソリをどうやって駆除するのか、そのプランを教えてくれ?”


 デトロイト市長が最後に私達のこれから何をするのかを聞いてくる。

 当然の質問だろう。

 私達の本来の役目は、デトロイト市の治安と医療体制の向上ではなくマモノ退治だ。


「トビサソリの駆除ですが、やみくもに探し回るんじゃなく罠を張って待ち構える作戦に切り替えます」


 トビサソリを駆除するため今後なにをするか語るのは衛だ。

 私は彼の言葉を、マモノ災害対策チームのメンバーに通訳する。


“トビサソリを捕まえるために有効な罠を思いついたんですか?”


「どんな罠を作るかは今のところ見当もつきません。俺は北海道の山奥で、シカやイノシシを罠で捕まえていました。虫相手の罠としてパッと思いつくのは虫が光に寄って来る性質を利用して焼き殺す誘蛾灯ですが、体長の90センチ越えのバケモノが誘蛾灯で殺せるとは思えません」


“なら君達はどうやってトビサソリを駆除するつもりなのかねッ!?”


 トビサソリを駆除する方法についてノープランだと言い切る衛の態度に、市長が思わず声を荒げる。


「俺はトビサソリの原種となったガリニッパーの生態について詳しくありません。だから教えてもらうんですよ。アメリカならいるでしょ、ガリニッパーの生態に鬼のように詳しい昆虫オタクの偉い先生が」

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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