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第16話 たった5キロ進んだだけで足止めか。

――天原衛


 慣れないバスの運転に神経を尖らせていた俺のもとにミ・ミカから予想外の報告が飛んで来た。


「こちらイエロー2。ビルの内部を探索中に、女性が暴漢に襲われているところに遭遇しました。現場判断で女性を救助すると共に、暴漢を無力化し拘束しました」

「えっと、これは……」

「どうやら、イエローチームはビルの探索中に犯罪の現場に遭遇してしまったみたいですね」

「そういうことか」


 ここは全米で犯罪率が最も高い都市デトロイト。

 犬も歩けば棒にあたるということわざがある。

 夜の市街を探索した時に2匹しかいないトビサソリと、一般の犯罪者、どちらに遭遇する確率が高いかは考えるまでもない。


“ルーペ中尉。イエローチームが、ビルの探索中に婦女暴行の現場に遭遇、犯人を拘束し被害者を保護したみたいです。これから、どうしたらいいですか?”


 アイリスからアドバイスを求められるとルーペ中尉は深々とため息を吐いた。


“デトロイト市警に緊急入電。イエローチームの元に急行するよう伝えてくれ。警官が到着して現場を引き継ぐまでイエローチームは、その場で待機だ”


 ルーペ中尉の指示を俺はそのままミ・ミカに伝える。

 俺達の本来の任務はトビサソリの駆除なので、犯罪の現場に遭遇しても無視しても許されると思うが、任務を優先して目の前で起こっている犯罪を無視するドライな神経あったら俺達はアメリカまで来ていない。


「車を止める。アイリス、レッドチームとブルーチームにエルフが足を止めるからニビルフォンの通信圏外に出ないように伝えてくれ」


 ニビルフォンには電波出力の調整機能があり、単体でも半径5キロ圏内にいるニビルフォンに対して通信が可能だ。

 今回は無線中継器を装備したドローンが上空を飛んでいるので通信距離は10キロまで伸びでいるが、逆に言うとそれが限界だ。

 エルフを中心に半径10キロの範囲に捜索隊を派遣して、通信圏内の空き家をしらみつぶしに探していくというのがトビサソリ駆除作戦の基本方針だった。

 指令部と捜索隊が密に連絡を取り合うことで、個人の暴走を防ぐ、アクシデントが起こった時に外のユニットを迅速に救援に向かわせることができるのは大きなメリットだが、今回のように3つの捜索隊のどれかがトビサソリと関係のないアクシデントで動きが取れなくなると、全てのユニットが足を止めることを強いられる。


「たった5キロ進んだだけで足止めか。歯がゆいな」


 山の中の狩りは、獲物の痕跡を求めて常に動き続けるのがセオリーだ。

 だから作戦行動中に足を止めていると、焦燥感で背中がむずがゆくなってくる。


“これでいい。市街地はどこに敵が潜んでいるかわからないから、目に見えない仲間と連携して安全地帯を確保するのが最優先だ。俺からすれば先の状況がわからないのに、ホイホイ前に進めるお前の神経の方が信じられねえよ”


 足止めを食らったことにイラ立つ俺の肩を、ルーペ中尉は落ち着けと言わんばかりポンポンと叩く。

 ルーペ中尉は足止めを食らったことを全く気に留めていない。

 きっと彼が過ごした戦場では、こういう予期せぬアクシデントで足止めを食らうのが日常茶飯事だったのだろう。

 デトロイト市警がイエローチームと合流するのを悶々とした気分で待っていた俺達に、牙門から緊急連絡が入ってくる。


「こちらブルー2。すまないが悪い知らせだ。恵子が路地裏で死体を見つけた。ガイシャは40代前後の黒人男性。俺も死体を確認したが、背中に二つ、後頭部に一つ銃創がある。犯人はまず間違いなく人間だ」

「こちらエルフ。デトロイト市警に出動を要請するから警察官に現場を引き継ぐまで、その場で待機してくれ」


 俺は、ルーペ中尉に確認を取るまでもなくイエローチームと同じ対応を牙門に指示する。


「アイリスッ!」

「わかっています。いま、デトロイト市警に出動を要請しました。20分もあれば、現場に警察官が到着するはずよ」


 イエローチームに続き、ブルーチームも犯罪に巻き込まれて足止めを食らってしまった。

 本当に、この街の治安はどうなっているんだ?

 婦女暴行と、殺人、半径10キロ圏内でこんな重犯罪が二つも同時に起こるなんて日本では考えられない。

 そんな俺のいら立ちを助長するように、ハ・マナから緊急入電が入って来た。


「こちらレッド1。集合住宅の捜索中に近隣住民から502号室から腐臭がするって相談を受けたので、502号室を捜索したところ死体を発見しました。死体の痛みがひどいので断定はできないけど、たぶんベッドで寝たまま病気で死んだものと思われます」


 ハ・マナから死体の発見報告を聞いた俺は、全身の力が抜けパタンと車のハンドルに額を打ち付けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 長い、とても長い夜が終わった。

 当初の予定ではトビサソリによる被害が集中しているデトロイト市内の中心部を、グルリと一周する予定だった。

 しかし、捜索隊は行く先々で犯罪の現場に遭遇することになり、人命救助や犯罪者の拘束、現場の確保に時間を取られ予定の三分の一しか進むことができなかった。

 キラキラと太陽が昇るころ、駐車場を間借りしているデトロイト市の警察署にエルフを停めた俺はゲッソリとした気分で車を降りた。


“天原君、いい仕事だった。昨夜の仕事に市警は大喜びで、お前らを表彰したいって言ってたぞ”


「そら、警察の人は喜ぶでしょうね」


 デトロイト市街でトビサソリを探し回って得られた成果は、想像を超えるものだった。

 殺人犯1名逮捕、暴行傷害の現行犯2名逮捕、ひき逃げの現行犯1名逮捕、違法薬物の使用者1名逮捕、犯罪被害者4名の救助。

 昨夜、俺達が関わったのは全てマモノとは全く関係ない人間が起こした犯罪だった。


「まあ、捜索の途中で犯罪者逮捕するのはいいですよ。この街の治安が終わっているのは知っていたし、人助けするのは俺達も望むところです」


 デトロイト市の中心部の犯罪の発生率は、全米平均の1.8倍。

 捜索中に人の起こした犯罪に巻き込まれる可能性が高いのは俺も覚悟していた。

 だが、犯罪以上にはるかに多かったものがある。


 事件性のない死者の遺体10人分の回収。


 最初にハ・マナが自室で寝たまま死んでいる人の遺体を発見したが、その後も自室や路上で病気や薬物中毒が原因で死んでいる人をたくさん発見した。

 一晩のうちに遭遇した犯罪の件数が5件だから。

 事件性のない死者の遺体を見つける確率は、単純計算で犯罪に遭遇する確率の2倍だ。

 日本でも独居老人の孤独死が社会問題になっているが、昨夜デトロイト市街をパトロールして見つけた孤独死をした人の数は日本の都市部と比べても圧倒的に多かった。

 実際に遺体を発見した恵子達は意気消沈し、力なく床に座り込んで白む空を見上げている。


「恵子、おつかれさま。とりあえず部屋に帰って休もうぜ。飯は食えるか」

「無理……今は、お肉を見たくない」


 恵子は、力のない言葉でそうつぶやく。

 無理もない。

 彼女は、死後何週間もたってドロドロに腐敗した死体を何度も目撃したんだ。

 精神的疲労は相当のものだろう。


「クソッーッ!!」


 恵子は、数秒間、ブツブツと何かをつぶやきながら瞼を強く閉じて考えを巡らせると、ピョンとバネ仕掛けの人形のように立ち上がった。


「アイリスさん、教えてください。あの、自室でのたれ死にしていた人達は何者ですか? 私達が見つけたのは老人ばかりじゃなかった。40代とか、50代、中には30代くらいの人もいた。なんで、あんな若い人が自分の家で病死してるんですか?」

「確かに、普通は病気になったら病院行って、重症なら入院するよな」


 日本なら命に係わるほどの重い病気にかかったら、間違いなく入院させる。

 少なくとも治療もせずに放置して、自室で誰にも看取られることなく死ぬなんてありえない。


「それは……恵子が見つけた人達は、お金がないので病院で治療を受けることができなかったんです」

「なんなのそれッ!?」


 アイリスの口から発せられた衝撃の真実に、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオの3人も反射的に立ち上がる。


「お金が無いから治療を受けられないなんて、そんなのありえないでしょッ!」

「ストップ! ストップッ! ミ・ミカ、アイリスを問い詰める前にまずはウルクの病院について教えてくれ」


 俺はアイリスに詰め寄ろうとするミ・ミカの前に立ちふさがって、ウルクの医療制度について聞いてみる。


「病院についてですか? ウルクでは病院での治療は無料ですよ。イナンナ法典で『不幸にも病にかかってしまった者に、救いの対価を求めてはならない』と定められているし、そもそも病院を運営するための税金を全ての国民が払っているんだから改めて治療費を請求するのは対価の二重取りになります」


 そうか、国によって医療システムは千差万別だが、ウルクでは病院は全て国営で運営にかかる費用は全額税金、そして実際に治療を受けるときは無料で治療してもらえるようだ。

 ちなみにイナンナ法典というのはミ・ミカ達クサリクを知的生命体に導いたといわれる伝説のマモノ『イナンナ』が、眷属であるクサリクとかわした約束の内容を記した書物だ。

 地球にあるものだと聖書やコーランに近い性質の代物で、クサリクが住む国の大多数がイナンナ法典を憲法として採用しているらしい。


「『不幸にも病にかかってしまった者に、救いの対価を求めてはならない』ですか……イナンナ様は、優しい神様なんですね」


 ウルクの医療システムの話を聞いて、アイリスは泣きそうな顔で目を伏せた。


「アメリカの病院は全て民間企業。いろいろと複雑な事情があるんですが、悲しいことにアメリカでは病気を治療することでお金儲けをするのが当たり前なんです」


 アイリスから、アメリカの医療システムが抱えるドス黒い真実を聞かされた俺達は口を半開きにして黙り込むことしかできなかった。

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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