第15話 イエロー1。2234より、ビル内空室の確認を開始する
――ミ・ミカ
私とヨ・タロは、夜の闇を切り裂くようにビルの上を跳び移る。
夜の帳が下りて、月が空の中央に上がる時間になったが、この町の夜は明るい。
地球では夜になっても街は眠らない。
日が落ちても人は電灯を灯し、その明かりは窓から外に漏れる。
ここは55万人の人口を擁する大都市デトロイト。
一つ一つは窓から漏れる小さな光でも、沢山の人達が明かりを付けることで街明かりは煌々と夜の街を照らし出す。
アメリカ政府がニビルとマモノの存在を公表すると同時に、現在トビサソリの脅威にさらされているデトロイト市内は夜間外出制限が公布された。
当初は夜間外出の完全な禁止が検討されたが、夜間外出禁止令は経済への影響が大きすぎる上に、不満をためた市民が再び暴動を起こす可能性があるので、禁止ではなく制限。
具体的には、トビサソリに襲われても身を守れない徒歩、自転車、バイクによる移動は禁止。
車による移動に限り夜間外出を認めるという制限で話は落ちついた。
私の見立てだとよっぽどのことが無い限り、トビサソリが車という高速で走る鉄の塊を襲う可能性は低いので街の混乱を最低現に抑えるという観点では妥当な裁定だと思う。
【夜でも明るいから移動も楽だな】
ビルの屋上に着地した直後、ヨ・タロがグループチャットに呑気なメッセージを投下する。
【私は誰かに見られてる気がして不安だよ】
ヨ・タロに対する返答として胸の内抱えた不安な気持ちを告白する。
ビルの屋上から見渡せるポツポツと灯る明かりの向こうに人が居て、その中の誰かが私のことを見ているかもしれない。
昼間、私は衛さんと一緒に暴動を起こした人達を取り押さえるのに協力したが、そのあと誰が撮影したのかわからないが、暴徒を押し倒して首筋にスタンガンを押し付ける私の姿が動画サイトに投稿されていた。
自分の意志とは無関係に私を含む、PHCアマハラのメンバーは世界的な有名人になってしまった。
私たちの行動に対する評価は賛否両論で、誰一人殺さずに暴動を鎮圧したことを称賛する声が沢山ある一方、私や恵子が常人離れした怪力で大男を押し倒すのは見て『怪物』とか『異星人』と呼んで恐怖する声も少なくなかった。
いま、私とヨ・タロがビルとビルの間を跳び移る姿を撮影されていたら、それを見て恐怖する人も少なくないだろう。
【こちらエルフ。街中で活動する以上、身バレは防ぎようがない。俺達はこの街の人々を救うために戦うって決めたんだから周りの声なんて無視して胸を張れ】
不安を吐露する私に衛さんが励ましの言葉をくれる。
彼の言うとおりだ。
画面の向こうの顔も知らない誰かに何を言われようと、私はマモノを倒してこの街の人達を助けたい。
だから、逃げるわけにはいかない。
【このビルは5階から8階が賃貸住宅になっていて、うち空き家は五つ。俺は空き家にトビサソリがいないか確認してくるから。ミ・ミカは手筈通りここで周辺を監視してくれ】
ヨ・タロが捜索の手順を確認するように、これから自分がやる仕事をグループチャットに投下してくれる。
文面を見る限り、ヨ・タロは作戦の趣旨を正しく理解しているようだ。
【イエロー2。2234より、ビル屋上にて周辺監視及びイエロー1のバックアップを開始します】
私はヨ・タロに状況開始をうながすため、衛さんの元へコールサインで状況開始の報告を入れる。
【イエロー1。2234より、ビル内空室の確認を開始する】
ヨ・タロも衛さんに状況開始を告げると、器用に通用口の扉を開けてビルに侵入する。
私達はツーマンセル。
二人一組でチームを作ってトビサソリの捜索を行っているが、互いに役割が決められている。
私達の場合は、ヨ・タロが屋内に侵入して空き家にトビサソリが居ないか確認する役。
私は見晴らしのいい場所で待機して周辺を監視すると共に、ヨ・タロに追い立てられたトビサソリが屋外に飛び出して来たら攻撃する役だ。
そんな感じで役割を決めたものの、このビルにトビサソリが居なければ私は何もせず待機しているだけ。
手持無沙汰になった私は、バックパックに括り付けた太い鉄の筒を取り出してスタンドを立てて床に設置する。
この太い筒の中の入っているのは『スイッチブレード600』。
地球でカミカゼドローンと呼ばれている敵に体当たりすると同時に爆発する無人航空機だ。
市街戦のアドバイザーとして招いたルーペ中尉の提案で、トビサソリを攻撃するのは可能な限り屋内ではなく屋外。
できれば空を飛んでいるところで攻撃し撃墜するというのが、今回の作戦の基本方針となった。
飛行しているところを撃墜すれば、周囲にある人や建物を攻撃に巻き込んで傷つけずに済む。
言われてみたら簡単なことだが、普段好き勝手に暴れている私達には絶対に思いつかない目からウロコの発想だ。
ただ問題が無いわけではない。
飛んでいる敵を攻撃する想定だと、攻撃の主体を強力な飛び道具を持っている牙門さんとハ・ルオに大きく依存することになる。
捜索隊は、レッド、ブルー、イエローのコードネームを与えられているが、トビサソリ討伐の本命戦力は牙門さんとハ・ルオの居る、レッドチームとブルーチーム。
悔しい話だが、私達イエローチームはハッキリ言ってオマケだ。
とはいえ、私達がトビサソリを発見する可能性も十分に考えらえるので、その時の備えとしてカミカゼドローンを渡されている。
ヨ・タロが室内でトビサソリを見つけた場合、彼がマモノを屋外に追い立て、飛んで逃げようとするところを私の持っているカミカゼドローンで攻撃する。
ドローンの操縦はルーペ中尉がやってくれるが、ドローンが離陸するためのセッティングは私がやらなくてはならないので、いざというときに慌てないように練習しておいた方がいい。
私が何度か、カミカゼドローンをバックパックから取り出しスタンドを立てて床に設置する作業の練習をしていると、不意にニビルフォンにヨ・タロからのメッセージが届いた。
【いま5階にある空き家を捜索しているんだが、上の階から女性の悲鳴が聞こえてくる。6階603号室の窓から室内の様子を確認してくれ】
ヨ・タロから不穏な連絡を入れてくる。
603号室にトビサソリが居る確証はないが、そこにいる女性が危険にさらされているのは確かだ。
私は603号室の窓がある壁際から飛び降り、排水管やベランダの手すりをつかんで適度にブレーキをかけながら目的の窓を目指す。
「ノー! ヘルプッ! ヘルプミーッ!!」
窓際にたどり着くとヨ・タロの言ったとおり女性の悲鳴が聞こえてくる。
ガシャーンッ!!
ただ事ではないと感じた私は迷わず窓を蹴破り603号室に突入した。
室内に突入した私が目にしたのは、床に押し倒されている若い女性と、ナイフ片手に女性に馬乗りになっている太った男だった。
ここに探し求めるトビサソリの気配はない。
だけど、今やるべき事は――。
「とにかく人命救助ッ!」
獣魔法≪ケモノノチカラ≫
私は男の元に飛び込んで胸元に手を当て、最低出力で魔力の噴射を男に浴びせる。
魔力の噴射によって吹き飛ばされた男は、コロコロとボーリングの玉のように転がって壁に叩きつけられた。
このまま逃げてくれると幸いだと思ったが、男は起き上がると握りしめたナイフを私に向ける。
大ケガさせないように細心の注意を払って攻撃したのが裏目に出てしまった。
私が一歩進み出て女性を守るために立ちはだかると、ほぼ同時に玄関からヨ・タロが部屋の中に飛び込んできた。
火魔法≪アカノヤイバ≫
ヨ・タロはナイフを構える男の姿を見て、迷わず男の太ももに短刀型の魔道具≪グレンゴン≫の刃を突き刺した。
刃は男の太ももの筋肉と脂肪を切り裂くと同時に、ジュゥゥゥ!と血と体液が蒸発する音を奏でて切断面を焼き焦がす。
「アゲエエエエッ!!」
太ももの肉を大きく切り裂かれた男の絶叫が室内に響き渡る。
太ももを切り裂くときにアカノヤイバで切り裂くのは上手いやり方だ。
人間の太ももは太い血管が走っているので下手に傷つけると出血多量で死なせてしまうリスクがある。
しかし、アカノヤイバで太ももを切り裂くと同時に傷口を焼き潰してしまえば、相手により大きなダメージを与えられることに加えて、出血量が少なくなるので失血死を防ぐことができる。
男は太ももに受けた裂傷と火傷の二つの傷の痛みに耐えきれず、ナイフを捨ててその場で水からあげられた魚のようにのたうちまわった。
痛みに震え叫び続ける男の首筋にスタンガンを当てて気絶させた私は、周囲をグルリと見まわして危機が去ったことを確認する。
幸い暴漢に仲間はいなかったので、辺りが静まり返ったのを確認してから私は衛さんに連絡を入れた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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